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生活を面白がるためのシニカル/バカリズム作品としての『ブラッシュアップライフ』

来世でアリクイになりたくないから同じ人生をやり直して徳を積むというかなりドライで現実的な願望から始まったドラマ『ブラッシュアップライフ』。最終話で辿り着いたのは今を生きることへの目一杯の人生讃歌で、思わず涙してしまった。

バカリズム作品として『ブラッシュアップライフ』を観てみると様々な発見があった。ドラマらしいドラマを拒否し、メタ的な構成で遊んだり、誰も描いてこない題材を用いたりしてきた過去のバカリズムらしい作品の延長上で、このらしくない優しい物語が生まれたことがよく分かった。


『ブラッシュアップライフ』の源流

『ブラッシュアップライフ』は突然変異的に生まれた作品ではない。意外にもその源流はバカリズムが毎年行なっている単独ライブの中にあった。バカリズムといえば屈折した目線と独特のワードセンス、時に冷笑的で時に倫理の外にも出るドライでシニカルなネタが特徴的だが、ここ数年のバカリズムライブのラスト飾ったコントたちには『ブラッシュアップライフ』に繋がる要素が散りばめられ始めていた。


2019年のライブ『image』で上演された「松沼省三の生涯」では、“来世のために徳を積んできた老人”による、来世に期待することのプレゼンが繰り広げられる。その内容は欲にまみれており、『ブラッシュアップライフ』と距離があるが最終的には“今”へと向かう構成に笑みが溢れる。オチ台詞には特にグッときてしまうネタだ。


2021年の無観客ライブ『◯◯』で上演された「1◯◯」は、なんと”人生100周目の男性“の独り語りを中心とするコントであり、『ブラッシュアップライフ』の直接的なルーツと言えるだろう。こちらも欲まみれなコントであるがトゥルーエンドを目指す、という展開に向かう点は非常にドラマチックだ。ただオチはやや冷酷だった。


2022年のライブ『信用』で上演された「終末の約束」は、タイムリープをモチーフにしたコントだ。地球滅亡も絡んだストーリーが展開していくが、ネタの笑いどころは非常に小さな要素。それがどんどん地球の命運を左右していくという壮大なスケール感と、ちっぽけな生活感の対比は『ブラッシュアップライフ』らしさに繋がっている。


初の連ドラ脚本となった「素敵な選TAXI」における“選ぶ”ということが物語を分岐させていく構造や、「世にも奇妙な物語」の1本だった「来世不動産」における”来世がどうなるか大喜利“も当然、『ブラッシュアップライフ』の構成要素であるし、もちろんベースには「架空OL日記」の他愛もないおしゃべりが通奏している。バカリズムの歴史における、作劇の集大成として『ブラッシュアップライフ』が仕上がったのだ。

シニカルさの微調整

着眼点こそバカリズムらしさが全開だが『ブラッシュアップライフ』はバカリズム特有のシニカルさは少なめなように見える。随所に絶妙な皮肉やムカつく相手への鋭い目線はあるのだが、それもまた日常の中にある気分として表出している。過度にデフォルメし、対象を攻撃し尽くすようなバカリズムの作風はかなり控えられているのだ。にも関わらずバカリズムらしさを強く感じるのは、そのシニカルさを日常用に微調整できているからだろう。

バカリズムのシニカルさは、ある意味で目に映る全てを面白がることができる精神性の現れだ。そこに悪意を含もうが含むまいが、どんな風景にもおかしみを見出せる。2020年に脚本を手がけたドラマ『殺意の道程』では殺人計画を立てる過程にさえ、くだらない面白さを見出していた。登場人物がバカリズムの精神で描かれ続ける限り、1人コントであれ、ドラマであれ、物語に宿る視点は目に映る全てを常に面白がるものになっていく。


『ブラッシュアップライフ』はあーちん(安藤サクラ)が同じ人格と精神を保って人生をやり直す。あーちんを維持したまま違う仕事や生活リズムを選ぶことによって同じ思考回路のまま並行世界へとタッチし続けるような作劇が可能となった。つまり1つのドラマの中で同一性ゆえの笑いにこだわることもできれば、異世界に触れた時の笑いに繋げることもできる。バカリズムらしい視点を複数の形で示すことができる画期的なシステムなのだ。

バカリズムの視点を持った上で小さなやり直し劇を重ねていく序盤。当然、日常を面白がり続けるあーちんは、最優先事項が”友達“になっていく。次第に「まどマギ」に通ずるエモーショナルなループに至ることになるが、あくまで「生活を保ち周りの人を守る」という小さな願いを大きな物語の根幹にしたのがバカリズムらしさだ。この視点を持つ人物であればこの道を選ぶだろうという淡々とした誠実な描写力がこの優しい物語に結実したのだ。


『ブラッシュアップライフ』は程よいシニカルさと日常性の延長に小さくて大きな物語を描き出す娯楽作だ。社会問題を扱ったり、イデオロギーを表明したりするだけがフィクションの役割ではない。生活の中に笑いを見出すことを促すのも、創作物の存在意義だろう。バカリズムのこの作風はイシューを扱うことが優先事項になりがちな昨今の映像界隈へのささやかな反抗のようにも見える。日常用にシニカルを微調整して大ヒットした結果、別方向には特大級のシニカルをぶちまけていた、とも言えそう。


今の生活を面白がるということ

上の記事にも書いたが本作は今を生きるためのノスタルジーを描くドラマだった。お馴染みのノリだったり、飽きもせず繰り返す無駄話だったり、感想を語り合ったドラマだったり、その主題歌だったり。そんな生活の中の懐かしい面白さ/面白い懐かしさを見事な手さばきで笑いに変えた結果、そのノスタルジーは印象深く胸に残った。


こうしたノスタルジーに触れると、見ている側は心がタイムリープするような気分になる。同じ思考を保ったまま、違う時間を行き来するという点ではあーちんと同じだ。この擬似的なタイムリープによって、我々もまた擬似的に並行世界に思いを馳せてしまう。あの時こうだったら、と別の時間軸を思い浮かべてしまうはずだ。

このような並行世界への眼差しというのはアカデミー賞7冠映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」や、マーベル映画「アントマン&ワスプ クアントマニア」とも共通しており、世界全体が抱えるテーマなのかもしれない。バカリズムはそれを平熱かつドライなままコメディの範疇でそっと描いてみせた。


1人コントで複数の人間を演じ、己の願望やシニカルな目線を見せることそれ自体がパラレルワールドの自分と繋がろうとする行為とも解釈できるだろう。そういう意味では『ブラッシュアップライフ』はバカリズム作品の根源にあるものが表出した、“らしくない”どころか極めて純度の高いバカリズム作品と言えるかもしれない。


来世へ期待も勿論最高だけれど今の生活を面白がることの大事さがこのドラマのメッセージだとするならば、それは意識する間もなく届いている。なぜなら既にガストだってラウンドワンだって何だか面白い場所に思えているじゃないか。『ブラッシュアップライフ』を見た世界線だからこそ面白く思える場所やモノがきっと沢山ある。程よいシニカルは生活を面白がるためにあるのだ。時に自分の中に芽生える皮肉も誤魔化さず持っておくことが、今を生きる力になるかもしれない。



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