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倒錯の正体〜「Saltburn」【映画感想】

上の令和ロマンのインタビューで高比良くるまが松井ケムリを「お金持ちの息子さん」「でも甘やかされておらず、正しい金銭感覚を持ち、そして、おおらかな精神もあわせ持つという日本最強の男」と評していたのは微笑ましかった。そしてケムリもくるまを「彼の面白さを伝えるのが役割」とM-1アナザーストーリーで話しており更に胸が熱い。大学で出会った彼らの関係性に、階級や格差を前提としたルサンチマンが見えてこなかったのは互いへのリスペクトがあったからなのだと分かる。なんと理想的な結びつきだろう。

しかし、これはやはりレアケースに思えてしまう。特に学友という近しい関係性にこそ、様々な要因による階級や格差を意識してしまうだろう。

さて、映画「Saltburn」である。オックスフォード大学に入学したが、カースト最下層に位置付けられたオリバー(バリー・コーガン)。ふとしたきっかけで貴族階級の同級生・フェリックス(ジェイコブ・エロルディ)と知り合い、次第に仲を深めていく。オリバーは夏の休暇中、フェリックスに誘われ、彼の実家である広大な豪邸ソルトバーンで過ごすことになる、というあらすじである。しかしこれは導入部。映画は次第に不穏なムードを纏う。

本作の中心には"倒錯"としか形容しえない感情がある。階級と友情、支配と愛情が混ざるこの物語を生んでしまった精神構造について、考えてみたい。



(以下、ネタバレ濃いめ)

君になりたい

結論から言えば、オリバーがフィリックスの豪邸で遂行したのはソルトバーンを手にするということだった。なぜこうなったか。フィリックスを愛していたからだ。一見繋がりようのないこの大きな論理が、真の意味で倒錯したこのラブストーリーを形成している。

オリバーがフィリックスに抱いた感情は簡潔には言い表せない。オリバーの口から「愛していた」と放たれ、そこに愛情が溢れていたと同時に、「憎んでいた」とも語られ、羨望の眼差しも伺える。抗いがたい両価感情にオリバーは苛まれ、そして「君になりたい」という想いに至ったのだ。

この「君になりたい」という思いは、同一化願望として恋心が転化されている文言としてよく用いられる。しかし、同時に“羨望”の向かう先でもある。

羨望とは自分以外の誰かが望ましい“良いもの”をわがものにしており、それを楽しんでいることに対する怒りの感情だ。オリバーの思う「よいもの」とはフィリックスにまつわる全てで、ソルトバーンの地に根ざしている。羨望は原始的な破壊衝動でもあることから、オリバーはフィリックスの全てを壊していき、最終的にそのポジションを奪い取る。そう、まさしく「君になりたい」という願望を果たしたのだ。



愛情と支配、羨望と破壊

羨望の先に支配欲求が行動化されるこの展開。これこそが『Saltburn』を真の意味で“倒錯”の物語にしている。

倒錯とは例えば異常とされる性行動を行う「多形倒錯」や、異性装や露出狂などを意味する「性的倒錯」に一般的に用いられるが、「真の倒錯」はそうではない。アメリカの精神科医・R.ケイパーによれば「真の倒錯」とは破壊的なものであり、現実の対象との関係や現実の性的関係を破壊するものであると主張している。

オリバーはまさしく、この破壊的な倒錯をフィリックスと彼の家族、そして所有するソルトバーンの地に及ぼした。オリバーの行為は羨望を動機とする手段を選ばぬ支配行動であるが、同時にねじ曲がった愛情表現でもあるという恐ろしい両立を果たしてしまった。これこそが、この映画を覆い尽くす複雑な倒錯の正体である。

この倒錯の根底にはオリバーの自己愛もあるだろう。大学で圧倒的な格差を実感して膨れ上がった自己愛と、フィリックスへの愛がせめぎ合い混濁したのだ。憎むべき階層の上位に、愛したい存在がいるということ。“良い”ものと“悪い”ものを都合よく分ける未熟な心が、愛情を支配に、羨望を破壊に結びつけたのだ。

こうした自己愛的なパーソナリティは本来は幼児特有のものだが、そうした分裂が統合されないまま成長していけばオリバーのような行動に至る可能性もあるのだ。ラストシーン、支配の限りを尽くしたオリバーは豪邸を全裸で踊りな周遊する。生まれたての赤子と同じ姿で、その未熟な心を謳歌する。邪悪な無垢さだ。

自分を自分として認め、相手を相手として知る。ただその一歩を阻む劣等感や一方的な恋心は不可逆的に心を蝕む。分け隔てなく繋がり合う難しさに茫然とする1作だった。



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