見出し画像

手紙に託す大切な人への想い/小川糸『ツバキ文具店』

小説や漫画、ドラマに映画。親しい人や信頼する人がおすすめしてくれた作品には、できる限り触れてみるようにしている。そうした人たちがお気に入りとして推薦してくれる作品は、好みの違いはあれど面白い可能性が高いし、もし自分の好みに合う作品に出合えたなら幸せなことだ。

『ツバキ文具店』(小川糸)は年上の読書家がおすすめしてくれた小説。購入してしばらく積んでいたが、ふと読み始めたところ、物語世界が心地よくあっという間に読み終えてしまった。小川糸さんの作品は初めて読んだが、とてもよかった。これから著作を追いかけていきたい。

文具店主兼代書屋・鳩子の、数々の手紙をめぐる物語

舞台は鎌倉。主人公の雨宮鳩子は、山のふもとにある小さな一軒家で「ツバキ文具店」を営む。鳩子は亡くなった先代(鳩子にとっては祖母にあたる)の跡を継ぎ、文具店と代書屋の仕事を始めてしばらく経つ。鳩子は代書屋の仕事を通じて、依頼者たちが手紙に託す様々な想いに触れていく。

鳩子は両親ではなく、先代に育てられた。先代いわく、雨宮家は江戸時代から続く由緒正しき代書屋で、鳩子も幼少時から先代に書道を学んできた。小学生のころはろくに遊びもせず毎日書道の修練に励んでいた鳩子だが、成長するにつれ自らの不自由な生活や先代の厳しい指導に疑問を抱くようになり、高校生になったある日、反抗期に突入する。

代書屋なんてインチキだ!とたてついた高校時代の鳩子に、先代は次のように諭す。

"インチキと思うなら、インチキで結構だよ。だけどね、手紙を書きたくても書けない人もいるんだよ。代書屋っていうのは、昔から影武者みたいなもので、決して陽の目は見ない。だけど、誰かの幸せの役に立つ、感謝される商売なんだ。
(中略)
自分でお菓子を作って持っていかなくても、きちんと、お菓子屋さんで一生懸命選んで買ったお菓子にだって、気持ちは込められるんだ。
代書屋だって、同じことなの。
自分で自分の気持ちをすらすら表現できる人は問題ないけど、そうできない人のために代書をする。その方が、より気持ちが伝わる、ってことだってあるんだから。”(『ツバキ文具店』p56)

高校時代の反抗期と先代の死、そしてその後数年間の海外放浪を経て帰国しツバキ文具店を継いだ鳩子は「一時は先代に反抗し、代書屋としての運命を呪ったりしたけれど、結局私に身についているのはそれだけなのだ」と思うようになる。代書屋としての自負を胸に、お悔やみ文や借金のお断り、かつての恋人への手紙、絶縁状など様々な代書に取り組んでいく。

自分で書かず(あるいは、書けず)、あえてプロの手に託す手紙には、依頼人の特別な想いが込められている。鳩子は依頼人の想いに向き合い、そして手紙を贈られる人に想いを巡らせる。どんな関係だったのか、どのような時間を過ごしてきたのか、その手紙がどんな意味を持つのか、そして手紙が届くことでどんな変化が起こるのかーー。

手紙の種類やそこに込められる想いによって、鳩子は筆記用具や紙の種類、果ては切手までも工夫する。毛筆にボールペン、万年筆にガラスペン。場合によっては自ら筆やペンを取らず、印刷所を通じて活字でつづることもある。文字の筆致も手紙によって変わる。実際にしたためる文章の内容も、依頼者の想いを丁寧にくみ取り、時には本人でさえ言葉にできなかったような文章に置き換えていく。そして多くの依頼者と向き合ううち、鳩子は心の溝が埋まらぬまま彼岸へ渡った先代への想いを自覚していく。

この本であっと驚かされたのは、作中で書かれた手書きの手紙が実際に掲載されていることだ。文中での引用などではなく、あくまでも手紙の体裁で掲載されている。作中で依頼人が打ち明け、鳩子が受け止めた想いはこんな手紙になったのか、としみじみ味わいながら読ませてもらった。

画像1

鎌倉の彩り鮮やかな四季と、個性的なご近所さんたち

『ツバキ文具店』は鳩子が代書屋の仕事に目覚めていく「お仕事もの」としても読めるが、鳩子が鎌倉という街での暮らしを楽しむ「日常もの」としても読める。歴史があり、自然も豊かで、そして素敵な飲食店がたくさんある。有名な観光地としての鎌倉ではなく、そこに根付いた人々が穏やかに暮らす「生活する街」としての鎌倉の魅力が描かれている。

作中には季節ごとに全部で4つの中編が収められている。鳩子や登場人物たちは冬には七草粥を食べたり旧暦のお正月にあわせた鎌倉の七福神めぐりをしたり、春にはご近所の友人同士で誘い合わせて花見をしたりする。日常の生活者目線の鎌倉、という街の描写がとても好ましい。鳩子や登場人物たちが訪れる地元の飲食店も、素敵なお店ばかりで惹きつけられる。食事シーンの美味しそうな描きぶりも、この作品の魅力のひとつだ。

もうひとつの魅力は、個性豊かなご近所さんたち。鳩子の隣の家にはバーバラ婦人と呼ばれるユーモアたっぷりの老婦人(見た目は100パーセント日本人らしいが、なぜかこのニックネームで呼ばれている)が1人で暮らしている。夫人は鳩子のことを親しみを込めて「ポッポちゃん」と呼び、対等の友人として付き合っている。

2人は誘い合ってともにお茶をしたり、外食に出かけたり、除夜の鐘を突きに出かけたり、友人を集めて花見をしたりする。このほかにも年齢・性別が異なる何人かのユニークなご近所さんが登場し、鳩子とともに鎌倉での日々を過ごしていく。登場人物たちの優しさや穏やかさ、そして互いに関わり合い交流していこうとする前向きな姿勢が、読んでいてとても心地よい。

この小説を読み終えて思ったことは大きく4つ。ひとつめは「鎌倉に遊びに行きたい」、2つめは「たまには手書きの手紙を書こうか」、3つめは「現在の居住地で新しい友人知人をもっと作りたい」、最後に「いまある幸せを大事にしよう」。

ともに焚火を囲みながら、鳩子はバーバラ婦人に「今までの人生でもっとも幸せだったのって、いつですか?」と問いかける。婦人は何の迷いもないかのように「今に決まってるじゃない!」と即答する(『ツバキ文具店』p252)。

「いまが一番幸せだ」と即答できる生活をずっと続けていけたとしたならば、それ以上に幸せなことはないだろう。




この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?