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【駄愛倶楽部】ローリング・ストーンズ/『サタニック・マジェスティーズ』

 さぁ、はじまりました。

 おなじみ、「駄愛倶楽部」の日ですよ!!

 え、知らないって??だって今日が初回ですもの。


 「駄愛倶楽部」とは、「駄作を愛そう倶楽部」の略。音楽でも映画でも「駄作」と称されているものがあるじゃないですか。それは世間一般からの場合もあれば、ファンからの場合もあれば、製作者自身の場合もある。

 駄作と呼ばれるくらいだから、中身が酷いんだろうと、外部の人は思いがちである。見ようと思っていた映画が「それ駄作だよ!」なんて言われていた暁には、見たくなくなるだろう。

 しかし、駄作と呼ばれているものが必ずしも最低なものだとは限らない。高い水準を出せるはずのアーティストが出してしまった微妙なものもあれば、本当に聴く・見るに堪えないようなものもあるはずだ。この駄愛倶楽部ではそのどちらも扱おうと思う。どのような作品にせよ、大の大人たちが一生懸命作ったものなのだ。いいところは必ずあるはずである。もしなかったとしたら、それはそれで面白いからヨシ!!!

 この駄愛倶楽部は必ずしも、それらの作品を褒めちぎるようなことはしない。僕だって嘘はつきたくないからね。

 なので、駄作について触れて、「たしかに存在するその作品を風化させたくない」という意図もある。というかそれが一番大きい。駄作もありつつも、その後のこの大傑作があるんだよ、といった「駄作=架け橋」説も提唱したいなんて思っている次第だ。ではいこう。


 そんな駄愛倶楽部、初回は僕も大好きなロックバンド、ローリング・ストーンズが1967年にリリースしたアルバム、『サタニック・マジェスティーズ(原題:Their Satanic Majesties Request)』である。

https://music.apple.com/jp/album/their-satanic-majesties-request/1440773836

 このアルバム、なんと制作者であるローリング・ストーンズのメンバー全員からかなり嫌われている。不憫すぎる。フランケンシュタインのようなこのアルバムについて、ボーカルのミック・ジャガーは1995年にこのような回想をしている。

I probably started to take too many drugs... It's not very good. It had interesting things on it, but I don't think any of the songs are very good. It's a bit like Between The Buttons. It's a sound experience, really, rather than a song experience. There's two good songs on it: She's A Rainbow, which we didn't do on the last tour, although we almost did, and 2000 Light Years from Home, which we did do. The rest of them are nonsense...

たぶんドラッグをやりすぎたんだろうね…そんなにいいアルバムじゃないよな。まぁ何個か良さげなのもあるけど、全体的に見たらどの曲も別に大したことないよな。なんか"Between The Buttons"(前作)に似てるよ。『サタニック~』ってさ、「曲の体験」というよりかは「音の体験」なんだよな。まぁ2曲ぐらいはいい曲かな。"She's A Rainbow"は前のツアーでやろうと思ったんだけどやめちゃったし、あと"2000 Light Years From Home"は前のツアーでやったな。その他の曲はほんとどうしようもないね…

http://www.timeisonourside.com/lpMajesties.html

 自分で作っといて「どうしようもない」とか言うんじゃないよ!とか、思ったりもするが、彼らの当時の境遇を思えば、あまりきつい批評もできないような気もする。


 このアルバムの制作が開始されたのは1967年2月9日。前作の"Between The Buttons"がリリースされたのが1967年2月6日なので、発売から3日でもう次の作品に取り掛かっていたのだ。すごすぎ。もっと休んでもいいんだよ!

 しかし彼らには休んでいられない理由があった。なぜなら、1967年という年はロックが大きく変わろうとしていた年だったからだ。前年の1966年5月16日には、アメリカ出身のモンスターバンドである、ビーチ・ボーイズ"Pet Sounds"を発表。このアルバムは音楽の歴史を変えた。より実験的で先鋭的な音楽が評価(アメリカではややコケしたが、イギリスまで大ヒット。その年にNMEが発表したランキングではビートルズよりもビーチ・ボーイズが評価された)されることを世界中が思い知った。

 その後を追いかけるように1966年8月5日にビートルズ"Revolver"を発表。このアルバムは今まで各所に散見されていたサイケデリック・ロックの一つの到達点をついに導き出した大傑作だった。『ペット・サウンズ』とはまた違った形で、前衛性をアプローチした結果は大成功。もちろんビートルズ・ブランドもあってか、リリースと評価は共に最高だった。


 この両作品の影響もあり、ロックの時代は、「前衛性」「革新性」、そして「サイケデリック」といういくつかのキーワードによって一律に彩られていくようになる。この時流に乗り遅れるなと言わんばかりにいくつものバンドがサイケデリックや前衛音楽に挑戦し、そのいくつかは成功した。

 当然、イギリスではビートルズの次に人気だったローリング・ストーンズがこの波を無視するはずはない。しかし、ストーンズはブルースバンド出身。そのプライドにも決断を揺さぶられた。結局、彼らはその流行に乗ることを決心した。時代の寵児になるために、バンドの運命を賭けた大勝負に出たのである


 しかし、その彼らの挑戦を阻むかのようにある大きな事件が起きた。

 レコーディング開始からわずか3日後の2月12日

 ボーカルのミック・ジャガーと、ギターのキース・リチャーズが、違法薬物所持の疑いで同時に逮捕されてしまう。後に二人に出された判決は、ミックが3か月、そしてキースが1年の禁固刑であった。罪状はミックがアンフェタミン(覚せい剤の一種)の所持・使用、そしてキースは大麻の所持・使用であった。しかし彼らは当然、控訴。結局執行猶予付きで釈放されることになった。

 さらに、同じくギターのブライアン・ジョーンズが5月10日に逮捕。同じく大麻の所持・使用であった。9か月の禁固刑が科されたものの、控訴の結果、罰金と3年間の執行猶予で済むことになった。これでよかったかと思いきや、収監されることを恐れたブライアンはこの事件で急激に精神を疲弊させ、同時に処方薬をこれ以降大量に摂取するようになってしまう。結果、薬物の過剰摂取によって1969年7月3日に自宅のプールで遺体となって見つかる。これはまた別の話…

 このような一連の事件の後、8月にようやくアルバムの制作を再開させることができた。そして9月7日にすべての作業を終了させた。(ここまでの情報の出典1出典2


 以上が『サタニック・マジェスティーズ』の制作風景だ。どうだろうか?逮捕されて裁判にかけられて、メディアに悪目立ちして、非難されて…こんな状況でもアルバムを作り上げたというのが素直に見事だと言いたい。そもそも裁判の時期にはロクに曲を作る時間も精神的余裕もなかったろうに、これほどの曲たちを作り上げたことは称賛に値すると思う。

 しかしいざ発表してみると、売り上げは低調。イギリスとアメリカ共にチャートには乗ったが、それでいざ売れているかというと決してそうではなかった。ChartMastersの統計によると、『サタニック・マジェスティーズ』の売り上げは2016年時点で245万枚。数字だけで見ると爆売れしているように見えるが、これはストーンズが今まで発表したアルバムの中では6番目に低い数字。前々作の"Aftermath"の方が1.6倍ぐらい売れているし、次作の"Beggars Banquet"の方が同じく1.6倍ぐらい売れている。

 さらに発売当時の評価も酷かった。以下は1968年に『ローリング・ストーン』誌でJon Landau氏によって評されたものだ。

Unfortunately they have been caught up in the familiar dilemma of mistaking the new for the advanced. In the process they have sacrificed most of the virtues which made their music so powerful in the first place: the tightness, the franticness, the directness, and the primitiveness. It is largely a question of intent.

残念なことに、彼らは新しいものと革新的なものを同じものであると考える、一種のジレンマを抱えてしまっているようだ。その過程で彼らがそれまで築いてきた、「自分たちの音楽を力強くさせる美徳」のほとんど、緊張、張り詰めた雰囲気、率直さ、そして原始的なイメージを犠牲にしてしまった。これは彼らの持つ意図性の問題が大きい。

The old Stones had the unstated motto of We play rock. And there was always an overriding aura of competence which they tried to generate. They knew they did their thing better than anyone else around, and, in fact, they did. The new Stones have been too infused with the pretentions of their musical inferiors. Hence they have adopted as their motto We make art.

かつてのストーンズは「俺らはロックをやるんだ」というモットーを掲げていた。そして彼らが生み出そうとしていたのは、圧倒的な実力から成る「オーラ」だ。彼らは自分たちが誰よりもそれをうまくやれることを知っていたし、実際きちんとできていた。だが新しいストーンズは、自分たちよりも劣った音楽家たち(!)の気取った態度をモロに吹き込まれすぎている。それによって彼らは「俺らはアートを作る」というモットーを新たに樹立したというわけだ。

Unfortunately, in rock there seems to be an inverse ratio between the amount of striving there is to make art and the quality of the art that results. For there was more art in the Rolling Stones who were just trying to make rock than there is in the Rolling Stones who are trying to create art. It is an identity crisis of the first order and it is one that will have to be resolved more satisfactorily than it has been on Their Satanic Majesties Request if their music is to continue to grow.

残念なことに、ロックでは、芸術を作るための熱量とそこから生まれる芸術の質の間に反比例の関係があるようだ。なぜなら芸術を作ろうとしていたストーンズよりも、ロックをしようとしていたストーンズの方が最高に芸術的であるから。この作品はまさにアイデンティティの危機の代表と断言できるようなもので、彼らが音楽的に成長していくには、本作以上に満足させるような質のものを作らなければならない

http://www.timeisonourside.com/lpMajesties.html

 キ、キビシー、、、

 もし自分の作品(note)にこんなケチをつけられたら、もう立ち直れないかもしれない。泣いて泣いて、泣くだろう。

 たしかにストーンズは迷走していたと思う。ビートルズやビーチ・ボーイズなどといった、明らかに自分たちよりも「先」にいる、ほとんど同期のバンドたちに置いて行かれてはいけないという強迫感情がグループ全体にあったに違いない


 ではようやく作品の内容を見てみよう。

 批評家の意見として、というかロックファンだったら誰でも気づくと思うのだけれど、明らかにこれは1967年6月1日にリリースされたビートルズの『サージェント・ペパーズ』に、音楽性からジャケットからコンセプトから、何から何まで影響されまくっている。 

 それでは比較してみよう。まずはジャケット。

 いや、あんた、パロッたでしょ??と問い詰めたくなるほど似ている。

 ちなみにこの写真ではわかりづらいが、ビートルズの方(右)の右端にいる人形の服に『WELCOME TO ROLLING STONES』と記載されていて、そのアンサーとして、ストーンズの方にはビートルズ4人の顔が印刷されている。


 そしてタイトルもかなり寄せられている。ストーンズ側の"Their Satanic Majesties Request"は日本語訳すると『両陛下のご要望』になり、ビートルズ側は"Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band"で日本語訳すると『ペパー軍曹のロンリーハーツクラブバンド』になる。「偉い人」をタイトルに持ってくるのが酷使している。

 次にコンセプト。『両陛下のご要望』という割には、両陛下への言及はない。そもそもこれはコンセプト・アルバムと言ってもいいのだろうか?という疑問も残る。『サージェント・ペパーズ』は世界初のコンセプト・アルバムと言われていながらも、実際にはコンセプトがちゃんとしっかり根底にあるのは数曲という感じだった。ただコンセプトは確かにあった。だが『サタニック・マジェスティーズ』にはそのコンセプトが見当たらないのだ。

 しかし歌詞を見てみると、『サージェント・ペパーズ』よりももっと真摯にサイケをやっていることがわかる。というのも、ビートルズがやったような「麻薬の言及」というよりかは、麻薬を使ったことによって見える情景や幻覚を巧みに表現している。その点では明らかに『サージェント・ペパーズ』を越えていると思うのだ。


 例えば、1曲目の"Sing This All Together"の歌詞を引用しよう。

Why don't we sing this song all together
Open our heads let the pictures come
And if we close all our eyes together
Then we will see where we all come from

さぁ一緒にこの曲を歌おう
頭を開けて、映像を流し込むんだ
そしてみんなが一斉に目を閉じたなら
きっとみんながどこから来たかがわかるはずだ

 まさにサイケ!!という歌詞だ。「みんなで集まって、同じ何かを一斉に取り込み、同じものを見る」という体験自体、麻薬の使用風景を彷彿とさせるし、それを楽しく合唱しよう!みたいなイメージにまで持ち込んだのはすごいと思う。

 ただ曲後半のインスト部分が退屈なのは事実だ。意外な展開もないし、同じことを繰り返しているだけ。インスト曲としての魅力はあまりない。


 そして!!僕が特に推したいポイント!!それは「SFの世界」を表現したことである。これ以外に知られてないんじゃないかな。

 9曲目の"2000 Light Years From Home"という曲。規則的でありながらも力強いチャーリー・ワッツ(RIP)のドラミングは見事であるし、キースのファズの効いたベースラインも最高だ。なによりブライアン・ジョーンズのメロトロンの音色が心地よすぎて、耳溶けてまうわ!!!

 なんか90年代の曲ぽくないか?ストーン・ローゼズあたり、90年代のサイケバンドがやってそうな曲だと個人的に思っている。

 この曲、まず歌詞の一部を読んでほしい。

Sun turning around with graceful motion
We're setting off with soft explosion
Bound for a star with fiery oceans
It's so very lonely, you're a hundred light years from home

太陽が優雅な動きを以て回転している
我々は穏やかな爆発を伴って出発する
燃える海に浮かぶ星を目指して
それはひどく孤独だ、君は故郷から100光年先にいるのだ

 これを読んで『2001年宇宙の旅』っぽいと思ったそこの君!その予想は当たってるぞ!

 しかしこの映画が公開されたのは翌年の1968年であるし、アポロ11号が月に行ったのはさらにその翌年の1969年だ。「宇宙ブーム」が起きる1年も前からこんな歌詞を書いていたとは、その先見の明に驚きを隠せない。

 ほかにも"2000 man"という曲もSFチックなディストピアを描いた傑作だ。

 

 しかし、これほど褒めておいて言うのは難だが、音作りはそれほど魅力的とは言えない。やはりサイケ向きではないストーンズの限界が見える。

 やっぱりアートに走りすぎて、ちょっとやりすぎだと思う曲も多い。まず曲が長い。もう終われよ!!というところで終わらないので聴いていてイラつくものも多い。これはおそらく前衛的な表現を目指していたブライアン・ジョーンズの熱量に他のメンバーがついていけてなかったのではないかな、と勝手に思っている。もしも他のメンバーが献身的に取り組んでいたら、ブライアンももっとバンドの中に居場所を見つけられたのかな…と。


 そんな中でも僕が好きなのは、2曲目の"Citadel"。この曲はキースのヘビーなギタープレイが見事だ。もちろんチャーリーのドラミングも相変わらず最高だ。これはオアシスなんかにカッコよくカバーしてもらいたい。

 あと、"The Lantern"前半2分ぐらいまでが好き。ちょっとこの曲は長すぎる。せっかくいい曲なんだからもっと短くすればいいのにといつも思う。ブライアン・ジョーンズのメロトロンが相変わらず最高だ。心臓の琴線にまで響き渡るメロトロンの音色。最高だ。最高だ。

 あとは、さっき挙げた"2000 Light Years From Home"も好き。当然、"She's A Rainbow"も好きだ。このアルバムを酷評していたミックとキースも気に入っていたように、この曲だけは別格に出来がいい。何なら葬式で流してほしいとすら思っているぐらいだ


 世間からも批評家からもストーンズ自身からも、悪い印象を持たれている『サタニック・マジェスティーズ』の良さ、少しでも伝わっただろうか?

 当然、ストーンズの全アルバムの中で最高傑作なんて口が裂けても言えない"Sticky Fingers (1971)"を聴いた後でこのアルバムを聴いたら、3曲目あたりで寝落ちするに違いない。

 しかし、その中にはいくつかの良曲が眠っていたことは確かだ。良曲と言っても、ただの良曲ではない。あまりに先進的過ぎたのかもしれない。ディストピア的な世界観を売りにした曲たちや、90年代の雰囲気を感じる曲たちは、60年代の耳にはまだ早すぎたのかもしれない

 さらに、この失敗があったからこそ、「自分たちのルーツに立ち返ろう」という思いにつながり、次作の制作に至ったと考えることもできる。そう、未曽有の傑作、"Beggars Banquet"である。サイケデリックではなく、アフリカンミュージックやブルースなどといった、自分たちの起源に戻る姿勢は大成功し、ストーンズのベストに挙げる人も多いようなアルバムに仕上がった。

https://okmusic.jp/news/252781

 この記事の冒頭に僕はこんなことを述べた。

駄作もありつつも、その後のこの大傑作があるんだよ、
といった「駄作=架け橋」説も提唱したいなんて思っている

 この指摘の意図が少しでも伝わっていたら嬉しい。決して単に『サタニック・マジェスティーズ』が『ベガーズ・バンケット』のための助走台と言っているわけではなくて、このアルバムがストーンズにとって、自分たちのスタンスを見つめなおすきっかけになったと思うのだ。その意味ではこのアルバムは世間やロック史ではなく、ストーンズ自身にとって非常に大きな意味を持つアルバムだったということができるだろう。


 今回の駄愛倶楽部、『サタニック・マジェスティーズ』回、いかがだっただろうか。すんごい長くなってしまって自分でも引いているのだが、このアルバムの印象が変わった、または聴いてみようと少しでも思ってくれたら嬉しい。次は何やろうかな~

 また明日!

 エンディングテーマは、次作『ベガーズ・バンケット』に収録された大傑作、『悪魔を憐れむ歌』でお別れです!


小金持ちの皆さん!恵んで恵んで!