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希望を隠してしまっていたこと

ある人と出会った。
どっしりとした優しい肝っ玉母さんのような人。
自分が嫌やなと思うことをしいやと。
食べていける資格取りやと。
介護とか嫌やろと。
過去の辛かった経験が同じような苦しみの人の希望になる。
でもこれくらいの今の僕くらいのものでは、なんだかなぁと自分思ってたやろと。
この程度のことをやったら、こんな程度のものしか得られないと、わかってしまうやろ、賢い人やから。
自分では気づいてへんかもしれへんけどな、しゅうさんは、本当は自分のことが嫌いやねん。
仕事が嫌、でもその嫌なことをしてたら、辛いけど自分が満たされる。
平々凡々が嫌か?
でも、同じような苦しみをしてきた人達に語れるようになったら、、
それはしゅうさんの残りの人生でやることや。
同じ苦しみの人には、同じ苦しみを味わったことの無いものにしか、わからへん。

フタをして、見えなくなっていた、ぼくの本心をえぐられて、切なくて泣いた。


占いは好きで、仕事にしたいと思っていたけれど、現実的に仕事として可能性のある介護の仕事をアドバイスいただいて思った。働こうと思います。
自分のためにも誰かのためにも。
ぼくの過去の投稿を読んでいてくださった方には、右往左往する私で、苛立たせてしまっていたら、すみませんでした。

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