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知ってほしい、農業高校のこと。動植物の命や地域の文化・つながりの中で生き生きと働く、農業科教員の挑戦

学校教育において重視されるようになった探究学習。令和の時代の新たな教育トレンドのように語られ、さまざまな実践が行われるようになった。

そんな中、子どもたちが主体的・探究的に学ぶプロジェクト学習が昔から根づいているのが農業高校だ。地域と連携して地域の課題解決に向かって取り組む授業や、農畜産物の命と共にある日々の中で、生徒も必死になって考え、学び、導き出したことを実践している。

そんな農業高校を「学びのテーマパーク」と表現し、生徒はもとより、教員が働く場としても魅力的だと語るのは、長野県にある佐久平総合技術高等学校で農業科の教諭を務める小林将樹さんだ。

農業高校とはどんな学校なのか、農業科の学びとはどのようなものなのか。ご自身のこれまでの道のりとあわせて、小林さんのストーリーを聞いた。


憧れだった教員の仕事と、世界を広げてくれた体操競技

――小林さんが現在働かれている佐久平総合技術高等学校は、どんな学校なのでしょうか?

佐久平総合技術高等学校(以下、佐総高)は、2015年に3つの学校が統合して生まれた公立高校で、農業科、工業科がある浅間キャンパスと、総合学科がある臼田キャンパスの2カ所に拠点があります。私は農業科の所属なので、浅間キャンパスが職場です。

――農業科では具体的に何を担当されているのですか?

農業科の中に、地域食材を活用した新たな商品開発や、環境共生型農業についての知識や技術を習得する「食農クリエイト科」という学科があります。私はその学科の「食品開発コース」を担当しています。

食品開発コースでは、学校で育てたものや地域の食材を加工して新たな価値を生み出すことをテーマにしながら、食品の加工原理や栄養・機能性、成分分析などの知識・技能を身につけたり、製造した商品を販売したりするところまでを実践的に学びます。

また、校務分掌としては、高等学校で農業を学ぶ生徒により組織されている「日本学校農業クラブ連盟」(以下、農業クラブ)という全国組織の学校窓口のような役割も担当しています。

農業クラブの活動は、都道府県・ブロック・全国単位で行われる行事や発表会、競技会、地域貢献活動などさまざまです。この活動の活性化に向けて、参与という立場で農業クラブ会長の補佐や指導・助言をしているのと、2023年度から始まった探究授業の主任もやっています。

――そもそも小林さんがなぜ学校の先生になったのか、お聞きしたいです。

私の祖父と叔父が教員をしていた影響が大きいです。幼い頃から彼らの働く姿を見ていて、学校の先生というのは人の人生に関わり、未来をつくっていく誇らしい仕事だな、自分もそうなりたいなと感じていました。

もう一つのきっかけは、体操です。幼稚園の年長の頃から体操競技を始め、選手としてオリンピック出場を目指していたくらい打ち込んできました。なので、引退後も引き続き学校の部活動などを通して体操競技と関わっていきたいという思いがありました。

また、体操の全国大会の場では、本当にさまざまな軸や専門性を持つ多種多様な人たちがいて、そんな人たちと話すといろいろな発見があり、自分の視野や世界が大きく広がっていくような経験をしました。

子どもたちにも、もっといろいろな世界や生き方があることを伝えられたらいいなという思いもあって、憧れていた祖父や叔父の姿を目指して教員になりました。

――ではもう早い段階から学校の先生になろうという思いと、体操という軸が小林さんの中にあったのですね。

そうですね。私は高校は農業高校に、大学も農学部に進学したのですが、いずれも農業に興味があったからではなく、体操ができる環境があっての選択でした。教員になってからも、体操で世界に出て頑張れる選手を育てたいと、運動部に全力を注ぐくらい体操一筋でしたね。

でも今は、とある転機があって農業科の教員として頑張りたいことができたため、プロジェクト学習に注力しています。とはいえ、まだ体操の道も諦めてはいないんですけどね。選手としては叶わなかったので、今度は審判としてオリンピックに行くことが今の私の目標です。

佐総高では、教員をやりながら体操競技の大会運営などにも携わる複業的な働き方をさせてもらっているので、とてもありがたく、楽しみながら挑戦を続けていきたいなと思っています。

命の尊さに触れ、地域とのつながりも育む農業教育の魅力

――農業教育にはたくさんの魅力があるとのこと。小林さんが感じる、農業高校や佐久平総合技術高校の魅力はどんなところですか?

佐総高は、職場の雰囲気がとてもいいです。いろいろな世代や専門分野を持った方がいますが、新しいことを柔軟に取り入れたり、言いたいことを言い合って議論できる雰囲気があります。

農業教育の魅力という点では、体験が学びのベースにあるところかなと思います。教室を飛び出して、知識を活用し、実践する場がある。これは佐総高に限らず、農業高校ではプロジェクト学習をベースに教育課程が組まれており、プロジェクト学習を通して、実社会の課題をテーマに地域と協働しながら課題解決の力を育む学びができます。

私が担当している農業科の生徒たちも、地域とつながって、地域の課題をどう解決するかを地元の方々と一緒に取り組んだり、農畜産物の世話を通して農業に必要な知識や技能を学んだりと、多種多様な学びをしています。特に農畜産物は少し手を抜いただけで失われてしまう命があるので、その分生徒も必死になって考えたり、学んだり、導き出したことを実行したりという日々です。

そんな自ら学ぶ種が身近にたくさんある農業高校の環境は、生徒たちが主体的に学ぶ動機づけにつながっていて、皆とても生き生きと学んでいる姿が見られるんですよ。そんな生徒たちの姿から、教員である私も農業教育の魅力を感じながら生き生きと働かせてもらっています。

――先生の学校のYouTube「となりの学校見学」でも、圃場や動物の世話をする生徒さんたちの表情がとても生き生きしていて印象的でした。

そうですね。中学の頃は学校に行けなかったという生徒も、自分がいないと枯れてしまう植物があるとか、お腹を空かせてしまう生き物たちがいるんだという環境に身を置くうちに、自分の役割を自覚していきます。そうして自分の存在価値を改めて認識することで、自然と学校に足が向くようになったという生徒もいます。

また、地域に飛び出して学習するような場面では、人と関わる楽しさであったり、必要とされるうれしさといったことを感じて、それが学ぶ動機づけにつながっているようです。苦手だった勉強がなんだか楽しくなってきたと言う子どもたちの姿を見られることが、農業を一つの教材とする楽しさかなとも感じています。

地域とのWin-Winを生み出すプロジェクト学習

――プロジェクト学習をベースとした教育課程ということで、具体的にどんな学びが行われているのでしょうか?

例えば「課題研究」という科目の授業では、ESDの視点を取り入れたプロジェクト学習を行っています。

グループごとに「地域課題」をSDGsの視点で見つめ直し、その解決方法を模索し、実践する過程を通して、持続可能な社会の創り手の育成を行っています。未利用資源の活用、地域の食文化の普及、食を通した地域振興など、グループごと多種多様な探究活動を実践しています。

日々の学習から問いを見出し、マーケティング的な思考で商品開発を行うことをテーマにおいて探究活動をする生徒たちもいます。

食品開発コースでは、味噌やジャム、福神漬けなどの加工品を作り、販売しています。しかし、供給過剰な現代、どんなにこだわって作っても、実社会では買い手がその商品に価値を感じないと買ってはくれません。価格を安くして買ってもらうことは簡単だけど、少し割高に映ったとしても、そこに価値を感じて適正価格で買ってもらえる商品を作るにはどうすればいいか、という考え方が、社会に出たときにはとても重要になってきます。

これまで開発した商品の数々

「自分たちが頑張って作った加工品を、どうプロデュースすれば、それ相応の、あるいはそれ以上の価値を感じて買ってもらえるだろうか」、そこに課題意識をもってプロジェクトを実践しています。

実際に、地元のパン屋さんとコラボして学校のジャムや福神漬けを使った牛乳パンやカレーパンなどを商品化した子たちがいれば、商品のPRのためにポップを作ったりホームページを制作したりした子たちもいます。

――そのまま社会に出てもやっていけそうな学びですね。

そうですね。農業科の授業をする中で、地域の方から「こういうことをやりたいんだけど」と相談をいただくことも結構あって。地域の方のそうしたニーズに、学校としても協働できれば、生徒たちは実際に社会で働いているプロの人たちから専門的なことを教われるし、失敗したとしても学びになるし、成功したらお互いにとってWin-Winです。

地域の人たちにとっても、佐総高が実験の場であってほしいなと思っています。経営をしているとなかなか失敗できませんが、佐総高の学びの場を使っていろいろ試してもらえれば、それが生徒たちの学びとしても還元されます。なので、地域の方々にも「こういうことをやってみませんか?」と積極的に働きかけたりしていて、楽しいですね。

――印象的だった地域の方との協働プロジェクトはありますか?

現在も注力している活動で、「佐久酒粕(サクサケ)プロジェクト」があります。

2019年度に、当時一緒に働いていた商業科の先生による発案で、せっかく佐総高がある長野県佐久市は11もの蔵元がある日本酒作りが盛んな町なのだから、学校で酒米(日本酒を醸造する原料として使われるお米)を作り、地元の酒蔵と連携しながら発酵や地域の文化について学べる活動にしてはどうかということで、地元の酒造会社さんと一緒に日本酒を作るプロジェクトが始まりました。

さっそく、その年にオリジナルラベルも作って商品化し、お披露目会も行って地域で話題になり、たくさんの方に買っていただきました。「喜んでもらえる商品をつくれた」という達成感を得たその数カ月後のことです。

酒蔵を見学させていただく機会があり、生徒たちとお邪魔したところ、日本酒を搾る機械の近くに山積みにされた大量の酒粕がふと目に留まりました。「これどうするんですか?」と聞いたところ、「最近は食べてくれる人が少なくなってきちゃってて、廃棄するしかないんだよね」とのことでした。

私たちは、日本酒を作るプロジェクトで地域活性のために頑張ったけれど、一方でゴミも生み出していた。SDGsで言う「つくる責任」のようなものを感じて、なんだか複雑な気持ちになりました。生徒たちから「それなら酒粕も何かに活用できるような仕組みにしていきたい」という提案があり、今度はそれをテーマにしたプロジェクト学習が始まりました。これが「佐久酒粕(サクサケ)プロジェクト」です。

「食品製造」や「食品化学」といった製造実習や食品分析をする授業の中で、酒粕を使ってパンやクッキーを作ったらどうなるかを考えたり、そもそも酒粕にはどんな栄養素が含まれているのかという成分分析の実験材料にしたりしながら、酒粕をキーワードに教科横断的な授業を展開しました。

そして最終的には、地元のパン屋さんと協働して、酒粕メロンパンや酒粕食パン、サクサケクッキーという商品が生まれました。地域資源を使って日本酒を作り、その過程で出る酒粕もしっかり使い切る循環型のサイクルを作れたことはすごく印象的でした。現在も地域全体を巻き込んで続けている活動になっています。

ちなみにそのプロジェクトは、その後、部活動としても取り組むようになり、ラーメン屋さんともコラボし、酒粕を使ったラーメンも商品化しています。それがいろいろなラーメン屋さんや酒蔵さんに好評で、「うちでもやりたい」と話が広がり、2022年には佐久酒造協会に所属している13の酒蔵と、ラーメン店13店がタッグを組んだ「ラーメン食べて酒蔵応援企画」が実施されました。今年もラーメン店が17に増えて開催されたんですよ。

なんだか一大ムーブメントを起こせたようで、自分たちにも社会を動かす力があるんだ、社会を変えていく力の一端になれるんだという実感を、生徒たちも私たち教員も持つことができました。

生命を育む幸福感と地域活性のやりがいに溢れた素敵な仕事

――小林さんは、日頃どんなことを大事にしながら生徒さんたちと関わっていますか?

私は、大学は農学部卒業といっても専攻が作物だったので、今担当している食品開発コースに必要な食品化学といった知識を学んできたわけではないんです。授業の中で行う味噌づくりや醤油づくりも、それまで一度もしたことがなかったので、とにかく生徒たちと一緒に学びながら進んできました。

そのスタンスは今も変わっていません。自分が全部を教えよう、というスタンスではなく、周りには自分よりもっと詳しい専門家がいるし、そういう人たちから語っていただく方が腑に落ちる点もたくさんあるだろう。自分一人で抱え込まないで、他力本願でいろいろな人の手を借りてやっていこう、というのが自分のスタイルです。

教員としてはあるまじき姿勢かもしれませんが、今の時代、分からないことはネットで調べればすぐに情報が出てきますし、YouTubeにも優れた教材がたくさんあります。

そんな時代に、私たち教員や学校にできることは何だろうかと考えていった結果、自分がやるべきことは、生徒たちにいろいろな出会いを作り出したり、協働して何かに取り組む機会を用意したりすることなんじゃないか。だったら、自分が1から10を教えるのではなくて、いろいろな人を巻き込んで、そこから何か得られるものを渡してあげたい。そう考えるようになりました。

――お話の冒頭で、ある転機を経てプロジェクト学習に注力するようになったとおっしゃっていました。どんな転機だったのか気になります。

農業クラブで行われる競技会に参加したときのことです。当時の私は講師になって2年目で、体操選手を引退した直後だったこともあり、「スポーツを通して社会に必要とされる人財を育てたい!」という熱意で運動部に全エネルギーを注いでいました。

そんな中で大阪で開催された農業クラブの全国大会の引率を偶然任される機会があり、そこで目にした他校の生徒たちの姿に衝撃を受けました。

農業クラブは、生徒の自主性を大事にしている組織で、全国大会自体も生徒が運営しています。開式挨拶も代表生徒が行うのですが、その全国大会には大臣をはじめ、要人が多く列席していました。そんな場で挨拶をしたその代表生徒は、高校生とは思えないようなスピーチを堂々としており、そんな姿にまず驚きました。

さらに、各校のプロジェクト発表の表彰の場で、最優秀賞に選ばれた学校の発表を初めて聞いたときに、同じ農業高校生でこんなにすごいことをする子たちがいるんだ!ということに衝撃を受けました。

大学と連携し、とても高度な分析実験に取り組んでいるそのレベルの高さと、たくさんの人を巻き込み課題解決に取り組む行動力、そして人に伝える力の高さに圧倒されてしまって。なによりも、主体的に学びに向かう生徒の姿に感動しました。自分も農業科の教員であるなら、こういう学びをしながら生徒たちを育てていきたいと強く感じました。

あのとき感じた衝撃が、プロジェクトを軸にした授業をやっていきたいという思いにつながり、今に至っています。

――体操に加えて、教員として情熱を注げることに出会えたのですね。小林さんは、今後どんなことにチャレンジしていきたいですか?

短期の目標としては、社会教育士を取得したいと考えています。より専門的な立場からプロジェクト学習を推進し、社会を担う人材を育て、学校から地域を盛り上げていきたいです。

大きなビジョンとしては、農業を再定義したいと思っています。農業は、単に食料を作る産業なのではなくて、人の幸せに関わる素敵な仕事なのだということを伝えて、農業の魅力を広げていきたいですね。

というのも以前、農業経済学博士の静岡県立大学・岩崎邦彦教授から「なるほどそういう考え方もあるんだ」という素敵なお話を聞いたからです。

岩崎先生が農業が盛んな国と幸福度が高い国のデータを調査した際、農業の地位が高い国ほど幸福度も高い傾向にあるというデータが得られたそうです。また、「おいしい」が意味することについても調査したところ、「おいしい=○○」にどんな言葉が入るかとの質問に、圧倒的に多くの人が「おいしい=幸せ」と回答したそうです。

農業離れが進む日本においても、幸福度が高い人と低い人の違いは何かを調査したところ、農業を身近に感じている人ほど幸福度が高いという結果が得られたということでした。つまり、農業の先には「おいしい」があって、「おいしい」の先には「幸せ」がある。そう考えると、なぜ山の幸・海の幸という言い方をするのかが分かる気がする、というお話で、素敵だなと思いました。

農業は、単に農産物を生産するだけの仕事ではなく、人々の幸福の基盤となる仕事でもあり、農業や農村が活性化することは、人々の幸福にもつながってくることなんだ。そう考えると、農業は素敵な産業だな、農業に携わる人を増やしたいなと思うのです。

――最後に、教育分野に関心を持つ方へメッセージをお願いします。

こんなにやりがいを持てる仕事はないですよ、とお伝えしたいですね。特に農業高校における教員の仕事は、農業に携わる幸福感の上に、人を育むとか地域を盛り上げるというやりがいが乗っかってくるので、教育の中でも素敵な分野だなと思います。

ちなみに、農業科の教員免許を持っていなくても、高卒であっても「実習助手」という立場で農業科の教員になることができます。実務経験と必要単位数を取得すると、実習担当教諭という形で主任や担任を持てるんです。
そんな働き方もあるので、興味がある方はぜひ挑戦していただいて、一緒に働ける仲間が増えるとうれしいです。

取材・文:栗﨑 恵実 | 写真:ご本人提供