日記を書くということについて
1944年3月7日火曜日に、14歳のアンネが書いた日記だ。
2年に及ぶ潜伏生活の末にナチスに連行され収容所に入れられてしまうその5ヶ月前であり、また亡くなるおよそ1年前である。
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今年の冬、「日記」をテーマにした二人展を計画している。
そのため、古今東西あらゆる日記を読んでみようと試みている。
今まで読んだ中で面白いなあ、なんだこれ!と思ったのは「和泉式部日記」だったが、日記の本質のようなものを問うきっかけになった意味でもっともすばらしいと思ったのが「アンネの日記」だった。
彼女が想像に絶する境遇でこれを書いたこと。
そのとき、わずか14歳だったこと。
そしてこの日記が、ジャーナリストか作家になりたかった書くことが大好きだった少女が生涯で遺したたったひとつの作品であること。
その事実だけでも目の前がくらくらしてきそうなのに、最初から最後まで、鋭い洞察と批判精神、そしてどんな境遇下においても強く生きるという揺るぎない意志と希望に満ちている。
書かれている内容がもはや単なる個人の日記の範疇に収まらないくらい読みものとしてすばらしくて(じっさいアンネは戦争が終わったら出版するつもりで、読まれることを前提に書いているのだけれど)、新鮮な気持ちでわくわくしながらページをめくった数日間はとても幸せだった。
彼女が確かに存在したことも、その証をこのように書いて残したことも、それが広く世界中のひとびとに読み継がれていることも、もうすべてが奇跡としかいえないような気がして、日記とはいったいなんなのかという問いについて深く考える充分すぎる機会を与えてもらったと思う。
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日記って、いったいなんなんだろう?
そんな大きすぎる問いにあたるとき、まず最初に浮かぶことがある。
それは「言葉は、世界が自分を通して現れた姿である」ということ。
日記にはその日の行為だけでなく、自分がどのように世界を感じ、また解釈したかが記されている。
逆にいえば、行為は感じ方や解釈の仕方によって成されているとも言える。
自分自身が日記を書くときのことを振り返ると、書いているのは「今日この世界がどう美しかったか」ということな気がする。
このとき、美しさというのはもちろん、きれいなもの、いいもの、すてきなものなど、いいもののことじゃない。
生きているあいだの、あらゆること。
それが、美になりうる可能性としてあるということ。
なぜなら、美しさの居場所は自分の中だから。
美は、自分の外側には存在しない。
たとえば今日の夕日が美しかった、と思う。
でもじっさいは夕日そのものが美しいわけではなくて、夕日を見た人の心が美しさをそこに見出しただけだ。
つまり、世界が美しいのではなく美しいと感じる自分の心があるということ。
世界って、きっと自分の心があらわになったものの姿だ。
引用した文でアンネも書いたように、生きて心ある限り、美しさというものは常に自分の中にこそある。
自分がそれを探す気さえあればいつでも、どこでも見つけることができる。
その、生きている間にしか持つことのできない心というものの軌跡を記したものが、日記なのかもしれない。
世界が美しかったということと、自分が確かに存在したということは、同じものの別の顔なのだと思う。
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いっぽうで、同じような問いだがなぜ私たちは日記を書くのだろう?
言い換えれば、日記とは一日や二日書いたものをそう呼ぶことはなく継続性、連続性のあるもののことで、つまりなぜ書きつづけるのだろう?という問いだ。
日記を書いていくということは、今まさに失われようとするもの、あるいは失われたものに、居場所を与えつづける行為でもあると思う。
放っておいたらどこかへ泡のように消えてしまうものに、この世での居場所をあてがうこと。
居場所といっても、イメージはもともとあった場所へ「還す」感じだ。
なにせ、もともとなにもなかったところから、ゼロから、今日一日が生まれた。
だから今日が終わればもとあったところへ還すことが自然だ、というふうに。
今まさに消えようとしているもののしっぽをそっとつかまえてやさしく文字に落とすことで、それができるような感覚がある。
還しつづけることで生きていくことができるし、同時にいつか訪れる死への準備をしようとしているのかもしれない。
あるいは、自由になるために書いている、とも言えるのかもしれない。
過ぎゆこうとするその一日を、自分からちゃんと切り離すために、そこから永遠に自由になるために、書いているような気もする。
自分自身を、世界を、更新しつづけるために。
そうするのは、その日が大切だったからだ。
もう二度と会えないからこそ、大切だからだ。
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