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ハンバーグ弁当と、たわわな椿



2023.3.5

休日の昼前、五十代くらいのどこにでもいそうな女の人が、中央線の車内でハンバーグ弁当を食べていた。立っている人もいるくらいまあまあ混んでいる車内で、体と荷物で二席分を占め、周囲には目もくれずひたすらゆっくり食べている。ハンバーグ弁当はデパ地下で売っていそうな、サイズの大きいちょっとよさそうなもので、時間の経った肉汁の匂いがマスクをしていてもこちらまでぷんぷんしてくる。まるで家のリビングか会社の休憩室でそうしているように、いっさいまわりを気にせず黙々とマイペースに食べ続けるその姿に、鋼のメンタルを通り越して若干の狂気を感じてしまった。

乗り込んできた人たちは初めこそ「なんなんだ、この人…」という目でじっとり見ているが、すぐに飽きてスマホに没頭するかうたたねを始めていく。
私は、興味しんしんである。どうして、今なのか。なぜがまんできなかったのか。今食べないと倒れそうなくらいお腹が空いていて、でも次の行き先には早く向かわなければならないのでそうなったのか。なぜ立派なハンバーグ弁当なのか。おにぎりやパンのほうが、どうしても車内で食べたいのならまだ都合よかったんじゃないか。

久しぶりにある人に会って、エネルギーを吸い取る人というのがいるんだなということを改めてよく分かった。相手の奥底の精神まで疲弊させる力をもつ人はいる。私は受けやすい体質なので、そういう人にはもう会わないほうがいいだろうと思う。好きだったものをずっと好きでいる必要はない。


2023.3.6

先日古本で買った小田嶋隆さんの「東京四次元紀行」の216ページに、いかのトマト煮のレシピと材料が書かれた黄色い付箋が貼られていた。「1個」を「1ヶ」と書いているあたり、ご年配の人だと思われる。いか輪切り、玉ねぎ炒める。マスタード大さじ1。塩小さじ2分の1。コショー入れ、2cupミニトマト。弱火10分。+パン。なんと生々しい字。本の内容が一気に飛んでしまった。

午前は仕事のミーティング。昼は野菜とますを土鍋で蒸して、味噌汁を用意。久々に土鍋でお米を炊いた。さっぱりめに炊けて美味しい。関野くんと展示について話し合い。鎌倉のギャラリーまで歩く。二度目の内見を二箇所。和泉式部の話で盛り上がりすぎて疲れてしまう。どこも空いてないので、妥協案で駅そばの居酒屋で夕飯を食べる。隣の隣にいたカップルではない年配の男女(女がかなり酔っている、男はやけに芝居がかっている)の会話が面白すぎてまた笑い疲れてしまう。女は見せかけとは裏腹に男を利用しているだけといった調子で、男はそうとは気づかず淡々とした調子ではあるもののあわよくば感が避けてみえる。その永遠に食い違うのであろう雰囲気が、はたから見てるとめちゃくちゃおかしい。

世の中にはほんとうにいろんな人がいて、それぞれがいろんな思いを持っている。その思いを見せたり見せなかったり見えてしまっていたりしながら生きている。そう考えると心底うんざりする気持ちと、もうなにがどうなってもいいしどうにもなるものでもないという気持ちと、そしてやっぱり人は面白いなあという気持ちがごちゃ混ぜになる。


2023.3.7

庭の椿が満開になった。大人の手のひらより大きくて今にもこぼれ落ちそうになっているたわわな花を、きれいな色をした春の鳥がすばやく咥えて飛んでいった。今日は一日書くことにしているので、ほかのことはなにもしないと決めているので、すがすがしい気持ち。太陽がまぶしい。風もない。

昨日鎌倉山のある家の前で無農薬野菜をたくさん並べていた。みると無料です、持っていってくださいとある。以前にも大根をいただいた家だ。あのときは無人だったが、今日は作った人がたまたま立っていて、朝採ってきたばかりなんですという。心ばかりのお金を箱にいれて、ありがたくいただく。その野菜たちでお昼を作る。しゃきしゃきの春菊とレタスは黒胡麻や塩、海苔であえてシンプルなサラダに。壬生菜はトマトと豆腐をくずしたものを入れてあんかけにした。あとはお米とキャベツの味噌汁、さわらを焼いたもの。庭で食べる。午後もひたすら書く。書いて、食べて、散歩して、読書して、眠る。今日は体幹トレーニングも。こういう日をひたすら繰り返していたい。


2023.3.8

湿度がちょうどいい。一年中このくらいだといい。森を散歩。長袖のスウェットだと汗ばむ。ほんといい陽気。今日も庭で食べる朝ごはんが美味しい。午前中はミーティングふたつ。昼は久しぶりに偕楽。中華丼肉抜き、ライスは少なめにしてもらった。ホールをやっていらっしゃる方が、丁寧に拭いたれんげをタオルの上に並べているのがいい。A4の重たそうなノートで注文を取りに来てくれて、そこには過去の、いろんな日の、いろんな人たちの注文がびっしり書き込まれていて、注文表が使い捨ての紙切れじゃなくてノートっていうのもすごくいい。このお店が数えきれないほど沢山の人のお腹を満たしてきた証。

夕方、炊き立てごはんでおむすびを作る。具は細切り昆布と塩。映画のお供に持っていくつもりなのに、炊き立ての誘惑に勝てなくてつまんでしまう。残りのおむすびとクーラボックスを持ってテラスモールに行く。魚と牡蠣を買ってクーラーボックスに入れ、焼き芋とお惣菜を買って、ベンチで急いで頬張って、「EVERYTHING EVERYWHERE ALL AT ONCE」を観る。前半は怒涛のアクションづくしだったり生理的にオエってなる瞬間があって疲れてしまったけど、後半みごとに落とし所がやってきて、ちょっと泣いた。いいタイトルだ。


2023.3.9

レミオロメンの「三月九日」を聴く。やっぱりこの日になると聴いちゃう。聴くときいつも同じ人を思う。ミュージックビデオもすごく好き。靴下を履いている足がむれるようになってきた。素足だとまだ肌寒い。朝の森はほんとうに気持ちがいい。春になって鳥の鳴き声もバリエーションがたくさんあって楽しい。鎌倉の生活にだいぶ慣れて新鮮さも減ってきているけど、朝の森散歩をしていると越してきてよかったと今も思う。コットンの長袖シャツ一枚で、自転車に乗って美容院へ。えりあしやサイドがすっきり。夕方、稲村ヶ崎の温泉へ。内湯の窓の外はデッキになっていて、外へでないでください、何かあっても自己責任です、みたいなことが書いてあるんだけど(出たらすぐ下の国道を走る車や歩行者から裸が丸見え)、ここに通い出してはじめて堂々と出て行った人を今日見た。足取りはなんだかふらついている。そのままデッキの柵にもたれながら、夕暮れの風にあたって黄昏れていた。大丈夫かいな、と思ったが、何もできないのでそっとしておいた。






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