見出し画像

森に雪の雨の降る

2022.1.6

目を覚ますとどんよりと暗い。一日雪予報なのでそのうち降るだろうと思っていると、ぱらぱらと降り始める。今日はあるもので粕汁だ、と思い立ち準備をしていると雪は本格的になっている。大根と人参を下茹でする。さつまいも、ねぎを切る。こんにゃくと鮭を入れたかったのでスーパーまで歩く。まだ本降りではないけど傘をさして。帆立も買って入れてみる。酒粕は粒状のものが家にあったのでそれを使う。最近は出汁パックで済ませてしまうことが多かったけど、久しぶりに昆布と干し椎茸でとった出汁はやっぱり美味しさが違う気がする。

母がお正月に送ってくれたあんこが少し残っているので、鍋で温める。よもぎ餅を焼いて熱いあんこを流し入れ、ぜんざい風にする。粕汁もぜんざいも芯から温まるので今日みたいな日にはもってこい。いつのまにか夕方の鐘がなる。雪はすっかり積もっている。暗くなる前に雪の降る砂浜をみようと短い散歩にでかける。雨用の靴とニット帽とレインウェアで精一杯の防備。いつもの山は雪をかぶって心なしか縮こまっている。夏の鎌倉が嘘のよう。まるで一瞬で北国に来てしまったかのような光景。鎌倉時代なんかの冬にはこうして沢山降っていたんだろうか。どこもかしこもそっと雪に覆い被され、じっと沈黙している。

長い信号を待ち、こんもり雪をかぶった砂浜を踏むと、ふしぎな心地。いつもはあんなにはっきりしている地平線も富士山もみえず、今どこにいるのかわからない。海と雪のあいだが少しだけぽっかり空いている。そこに小さく波が寄せて返っていく。そこだけいつもと変わらない。



2022.1.7

人日の節句。朝、七草粥の材料を買いに、散歩がてらとおくのスーパーまで歩く。昨日の雪は溶けず、まだ凍っている。森に入るといつもと違ってあちこち騒がしい。何かと耳をすませると、森じゅうの枝という枝から、葉という葉から、溶けおちた雪がいっせいに地面に帰っていく音。ずっと歩きつづけているのに、鳴り止むことがない。ここは夏はいつも虫たちが、冬はたまの雪たちが、音のシャワーを無限に降らせる。雪の森にはきたことがないから、知らなかった。陽の当たらないところはまだまだ凍っている。人とすれ違うほうがめずらしい場所でだれかとすれ違うとき、今のは熊が化けてやしないよな、と考えてしまうのがくせになっている。今日は長靴に帽子姿のおじさんとすれ違う。手に何か、雪をかきわけられそうな何かの道具を持っている。こんにちは、と言うと、抑揚はないけど無機質でもない声で、あ、こんにちは、と返される。

七草粥のセットがよくスーパーに売られているが、プラスチックのパックの中に申し訳程度にそれぞれ放り込まれたものが七百円も八百円もする。産地をみてみると京都だったり、あとは忘れてしまったけど、遠くから来ている。なんだかよくわからない気持ちになって店をあとにする。別のお店で有機栽培のせりを買う。あんまり元気がなさそうだけど、これしかないから、仕方ない。あとは家にある大根やカブ、青菜を使えば良い。

ちょうどお昼だったのでおむすびを二つと高野豆腐のけんちん煮を買って、公園のようなスペースで鳩に囲まれながら食べる。ベンチはまだどこも濡れていて、かろうじて一番陽の当たっているところが少しだけ乾いていた。先客は、紙に何かを書き続けている女の人と、小さな椅子にちょこと座りスケッチブックを広げているおじさん。それとわたし。膝と膝をくっつけて、そこにテーブル代わりのリュックをのせ、その上に買ってきたお惣菜を置いてこぼさないように小さくまとまって食べる私を、ほぼ真上から冬の太陽がためらうことなく真っ直ぐ照らす。この巨大な熱で、今ごろ昨日積もった雪をそこここで溶かしている。みんな水になる。

帰りも歩く。川沿い、海沿いをいく。粕汁の次はけんちん汁にしようと思って、何度か寄ったことのあるローカルスーパーでめずらしく置いてあった有機栽培の泥付きごぼうを買う。弓のようにしなるほど長い。レジのおばさんが「切りますか?」おもむろに菜切り包丁を取り出し、ぶっつり切ってくれる。砂浜におりて、裸足で歩く。溶けたあとの雪や、吹きつけた風を足裏に感じる。太陽と地熱も感じる。一年じゅう砂浜を裸足で歩いても寒くない土地に住むことを考える。

帰ったら、だいぶ前に山梨からいただいた大量の里芋を腐るまえに洗って、ひとつひとつ剥くだろう。いくつかやるうちに包丁を持つ手も里芋を握る手もぬるぬるになってすべってしまうから、まるで今日の日陰の路面のように、そのたびにいったん作業をやめて、手を洗って、また次の里芋を剥くだろう。泥付きの人参やごぼうを一本づつ丁寧に洗って、ひたすら切るだろう。うちで一番大きな金のアルミ鍋いっぱいに三日や四日はもちそうなくらい大量のけんちん汁を作るのだ。出汁パックで簡単に済ませてもいいのに昆布と干し椎茸で出汁をとって、そのあいだに洗濯物を取り込んでたたんだり、作業のつづきを少ししたり、見たかったテレビ番組を予約したりして、いつもと変わらないように過ごすだろう。




この記事が参加している募集

#振り返りnote

85,757件

#この街がすき

43,827件

お読みいただきありがとうございました。 日記やエッセイの内容をまとめて書籍化する予定です。 サポートいただいた金額はそのための費用にさせていただきます。