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デジタル教科書を用いた授業に対する満足度〜fsQCAを用いた探索的研究〜:横山斉理先生(法政大学)


これまでデジタル教科書を用いた授業実践を紹介してきました。では、学生はデジタル化した授業のどんなところに満足しているのでしょうか?「fsQCA」という新しい分析方法を用いて、法政大学の横山先生が、とても興味深い分析結果を紹介してくれました。

はじめに

 大学における授業のオンライン化・デジタル化をコロナ前から実施していた教員はごく少数で、ほとんどはコロナを機に急遽対応を迫られ四苦八苦しながら授業を提供しました。この時期の大学内部がどれほどバタバタしていたかが明るみに出ることはないと思いますが、それはもう大変でした(思い出したくありません)。この騒動で体調を悪くされた方も多いと思います。   
 わたしが所属する法政大学も同様で、コロナ対応のために急遽、授業のオンライン化が進められ、2020年4月以降、ほぼ全ての授業が順次、オンラインでの実施に切り替えられていきました。それから2年2ヶ月経った2022年6月時点では、授業形態は、基本的には履修者の数に応じて、3つが並存する形になっています。履修者が少ない授業は対面、多い場合はオンライン、すごく多い場合はオンデマンドで授業が提供されています。受講者数が多い授業ではどうしても教室で学生同士の接触が密になりがちなので、リスク回避の観点から、教室の広さと履修者数を考慮して上記の3形態となっています。
 そのため、法政大学の学生はさまざまな授業形態を体験しています。教員は自分が担当する授業のオンライン化・デジタル化を手探りで進めていますが、学生はそうした教員の工夫を横断的に体験しているということです。ですので、今回の原稿では、さまざまな授業形態を横断的に体験済みの学生が、デジタル教科書を使った授業をどのように評価しているのかについて考えてみたいと思います。これまでのnoteの記事にあったような個別学生の感想をピックアップして紹介するのではなく(そもそもわたしはデジタル教科書を使った授業を担当していません)、十数人の学生の感想を、fsQCAという解析手法を駆使して集約的に捉えてみたいと思います。

方法

 上述の課題を解くために、デジタル教科書を使った授業に関するアンケート調査を学生に対して実施し、そこから得られたデータをfsQCA(ファジィ集合に基づく質的比較分析)という手法を用いて解析しました(fsQCAは、社会科学のトップジャーナル掲載論文でも用いられている解析手法で、まだマイナーな存在ですが、学術界で十分に市民権を得ています)。調査対象はわたしのゼミに所属する3、4年生の学生です。2022年度の3、4年生は、コロナ騒動の大混乱とそれが徐々に収まっていく時期に授業を受けてきた世代で、さまざまな授業形態を体験してきたことから、デジタル教科書を使った授業を相対的に評価できると考えられます。
 アンケートは2022年6月13日のゼミ時に、デジタル教科書を使った授業を受けたことがある学生に手渡しされ、記入後、教員が直接回収しました。教員が配布・回収するので甘い評価にならないよう無記名で実施しました。回収数は14で、3年生が9名(64.3%)、4年生が5名(35.7%)でした。成績分布は、累積GPAが3以上=8名(57.1%)、2.5から2.99=3名(21.4%)と、成績上位者が78.6%を占めていることに注意してください。つまり、今回のデータは成績優秀者の傾向を反映しているということです。
 あと、回収数が14と少ないので大丈夫かなと思われた方、大丈夫です。fsQCAは集合論とブール代数に基づくため、サンプリングにより母集団の状況を推定する統計学とは異なり、データの分布に偏りがあっても妥当な解析結果が得られます。ただし、解析結果に基づいて母集団の傾向を推測することはできません(詳細が気になる方はググってみてください)。
 アンケートの項目はシンプルです。デジタル教科書を使った授業に対する満足度、その授業に関する7項目の感想(理解できたか、楽しかったか、やる気が出たか、孤独感があったか、準備や操作にストレスがあったか、時間を余分に取られたか、金銭負担が気になったか)を、それぞれ6点尺度で回答してもらいました。すべて、感想がポジティブであるほどスコアが高くなるように設定しました(例えば、理解できた=6点、理解できなかった=1点)。ちなみに7項目の感想は、碩学舎noteの過去の記事を全て読んでピックアップしました。
 fsQCAでは、7項目の感想がどのような組み合わせのときに授業への満足が生じるかを析出します。ちなみに、統計学では7項目それぞれを独立した変数とみなして、そのパラメーターが変動した際に満足がどう変動するのかを確認するのですが、QCAでは7項目を独立した要因とはみなさず、全てが相互に関わり合って結果を生み出していると考えます。あくまでも、要因の組み合わせと成果の関係に関心があるのです。解析にあたっては、キャリブレーション(較正)という手続きが必要となりますが、紙幅の関係で割愛します。

結果と考察

 分析の結果、授業に対する満足(評点6)を生み出す要因の組み合わせは以下の3つあることがわかりました。

「理解できて、おもしろくて、やる気がでて、孤独感がなくて、ストレスがあって、時間を取られた」という組み合わせ
「理解できて、やる気が出て、孤独感がなくて、ストレスがあって、時間を取られて、金銭負担が気になった」という組み合わせ
「理解できて、おもしろくて、やる気が出て、孤独感がなくて、ストレスがなくて、時間節約できて、金銭負担が気にならない」という組み合わせ

 これら3つの組み合わせで満足(=評点6)という結果の67.2%を説明できます。個別の組み合わせそれぞれの説明力は、①が12.2%、②が4.9%、③が17.4%です。これらの数値を足しても67.2%にならないのは、それぞれの組み合わせが相互に重なり合っているからです。これは以下のようなベン図で表現できますが、紙幅の関係で詳細は割愛します。

デジタル教科書を用いた授業への満足のベン図

 3つの組み合わせすべてに登場する要因は必要条件です。つまり、この要因が存在しない場合には満足は生じないということです。今回の解析では、「理解できた、やる気が出た、孤独感がなかった」という3つが必要条件でした。なんとなくそんな感じがします。一見重要そうな「楽しかった」は必要条件ではなく、他の条件との組み合わせ次第では楽しさとは関係なく満足する場合があるということです。
 「準備や操作にストレスがあったか、時間を余分に取られたか、金銭負担が気になったか」といった学生側の負担に関する要因は、満足を生じさせる3つの要因組み合わせの中で興味深い役割を演じています。具体的には、1つ目の要因の組み合わせでは、準備や操作にストレスがあること、時間を取られることを許容しますが、3つ目の組み合わせでは、これらは許容されず、加えて金銭負担が気にならないことも、満足を生じさせるための条件となっています。
 簡単にまとめると、デジタル教科書を使った授業に対する満足を生み出すには、理解できる、やる気が出る、孤独感がない、ことが重要で、操作や準備のストレス、時間を節約できるか、金銭負担が気になるかという学生側の負担は、他の要因との組み合わせ次第で、許容する場合もあればそうでない場合もあるということです。まだまだ議論したいことはありますが、紙幅の関係で(←この言葉、3度目の登場)、今回はこれくらいで終わりにしたいと思います。


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