ファイアズ(炎)
読むのに2か月かかった。仕事について力を入れたり研究したり、また帰郷したり海水浴に何度か行ったり…と小説からやや遠ざかっていた2か月。久々の投稿です。
【出版社Webより紹介文】
訳者が初めて出会ったカーヴァー作品「足もとに流れる深い川」等、より成熟したヴァージョンを含む七短篇と詩、作家としての来し方を記す秀逸なエッセイ。多彩な魅力を凝縮する自選作品集。
*****
レイモンド・カーヴァーの発表時系列だと本作は「愛について語るときに我々の語ること」と「大聖堂」という大作の間に位置づけられ、エッセイと詩と短篇で構成されている。訳者(村上春樹さん)が最後に書いているように「落穂拾い」的な位置づけがあるかもしれないが、「愛について~」の編集者(ゴードン・リッシュ)との確執等による落胆から再起してやるぞという熱量(それこそファイアズ、炎)も感じられる。
エッセイ「書くことについて」は、締め切りに追われ「もっと時間があればなぁ」などとぬかす作家に対して、他にも向いている仕事があるのでは、や、弁明するな言い訳するな自己正当化するな、などと強い言葉で迫っている。決して体育会系的な迫り方ではない。訳者もこの姿勢に実に共感したのではないか…と思う。
そしてそれは「ファイアズ(炎)」にもつながる。ここでの炎とは「創作の炎」を指している。カーヴァーの創作の師が放った言葉だ。子どもたちがいることで忙しすぎて集中して書けない、長篇小説はだから僕には書けない…彼らのことを恨むようになり彼らからも恨まれるようになり…と、当時の気持ちを吐露している。子どもたちの「影響下にいる」と書いている(それで得られる静けさもある、と)。訳者は巻末の解題のところで「悲痛といえば確かに悲痛な文章だが、自己憐憫に沈んでいかない率直な潔さのようなものが文章をしっかり支えている」と書いている。僕(=誠心)も同感。
「書き直しが本当に楽しみだったのだろうか?」というのは編集者とのかつてのあれこれに対して内省している様子もうかがえる。
そしてさらに「ジョン・ガードナー、教師としての作家」にもつながる。カーヴァーの書き直しはガードナーの指導の影響が大きいようにみえる。カーヴァーは「キャリア」という言葉を使って失敗や挫折についても説いている。失敗や挫折は我々にありふれたことであり、壁にぶちあたる感覚は青春期の終わりか中年期の初めに訪れるという。
「新たなるキャリアに取り組みたい、天職を追求したいと思っている人間なら、障害やら失敗やらをも進んで受け入れようとするはずだ」というのも一貫した姿勢に感じられる。
これら3つのエッセイ(「父の肖像」というのを含め4つ収録されている)は物静かなカーヴァーさんが放つ、まさに「蒼い炎」という感じがする。とても勇気づけられた。そして春樹さん(訳者)も本当にこういう方、好きなんだなぁと改めて実感。
詩と短篇については特に感想は述べず、と思ったけれど「ハリーの死」という短篇がおもしろかった。ハリーの死を皆で悼み、多くが深く悲しんでいるということが語り手から伝わってくるが、どうやらこの語り手の動きがあやしくなってくる。重いのやら、軽いのやら。最後の1行が開いたページの右側1行(意味、伝わりますよね)に出現したということもあって、思わず吹いてしまった。コミカルでおもしろかった。
*****
カーヴァーさんがあとがきに(あとがきなんてものは極力書きたくない、なぜならそんなものを書くと…なんかも春樹さんと姿勢が似ている)「書き直しを好む理由」について、それは、書き直すことで自分が何を書こうとしていたのかという核心にちょっとずつ近づいていけるからだろう、と述べている。
僕(誠心)が比較的「読み直しを好む」理由については、「何を読もうとしていた(している)のかの核心」に近づくということなのかもしれない。
新しい本は際限なく登場し、まだ読んだことのない良書も際限なく目にすることになる…ということを考えると、読書という静かな行いは「読み直し」こそがその滋味を最大限に味わえる方法なのかもしれない。
僕はこれからも好きな本を好きなペースで読んでいこう。
常に僕の本棚は完成されている。あるいは10冊ぐらいあれば十分なんじゃないか。
…というわけでまた1冊、僕らしく読み、僕らしく綴った。
誰かにこの本をお勧めすることがあればまたこれを読み返すのだと思う(最近、ジャック・ロンドンのマーティン・イーデンをお勧めする機会があり、自分の読書感想を読み直した)。
小説を読むことは僕の人生において「主」にはならないけれど、小説から受けた恩恵はとても大きい。僕という人間の多くを形づくっている。
*****
といいつつ2年ほど前からはじまっている「村上春樹翻訳小説を全部読む」は、まだまだ続いていきます。
長くなってしまいましたが、ここ半年ぐらいで「天職」に出会えたような気がしているので、今ここで僕の「ファイアズ(炎)」について記しておこうと思いました。