一人称単数

およそ1か月半をかけて、村上春樹さんの短篇集13冊(ブルータス年譜の定義による)を出版された順に全て再読した。
読むのはだいたいが3回目で、たまに4回目や2回目というのもあった。

続けて読んでいると、似たような話が多くいささか混乱することも多かった。
その語りぶりから「どこまでが本当なのだろう」と常に考えながら読んだせいかもしれない。
一方、プロの小説家であるわけだから、実際の出来事をフィクショナルに語りなおしているのかもしれない。いや、まぁ普通に考えてそうだろう。

今回の最新短篇集『一人称単数』(2020年7月)では、(仮に語り手or主人公≒筆者として)おおむね学生時代の振り返り、その当時出会った、もしくは付き合っていた女性との思い出、弔い、記憶の燃料化といったものが描かれており、そういったことを「清算」していくような話が多かったように思う。

とにかく人の死を通じて語られることがあまりにも多い…。
死は生の対極ではなくその一部…。

奇妙な体験を書き記すことで「こんな人たちがいたんだよ」と、光をあてているようにも見える。

なるほど単行本の帯に「短篇小説は、ひとつの世界のたくさんの切り口だ」とあるように。感じ方は実に人それぞれとなる。

「人それぞれ」というと、「クリーム」や「ウィズ・ザ・ビートルズ」の中で、学校教育への批判や、現代国語教育への批判も垣間見られる。そういうのも著者の過去回想の一部なのかもしれない。

「ウィズ・ザ・ビートルズ」で、主人公はガールフレンドの兄からお願いされて芥川龍之介の「歯車」という小説の一部を朗読する。たまたまカバンに入っていた「現代国語」の中の一節だ。
これは芥川の遺作で「僕はもうこの先を書きつづける力を持っていない」などと朗読する。(そのあと芥川は自殺する)
ガールフレンドの兄は、その朗読を褒める。
ちょうどこの短篇が文藝春秋に載るのが2018年8月号で、奇しくも村上Radioの第一回放送と年月が合致している…と書きたかったけれど、文藝春秋掲載は2019年8月号でした…。
いずれにせよ、小説を書くことよりもラジオをしたり朗読をしたりする方にシフトチェンジしたかったのかな…と感じた。

「「ヤクルト・スワローズ詩集」」の最後に、球場で「これ、黒ビールなんですがいいですか?」と申し訳なさそうにする売り子が出てきて、語り手は自分と重ね合わせる。
僕の小説も黒ビールなんですが…と。世界中の人々に向かって片端から謝りたくなる、とある。

最後の表題作「一人称単数」(これも例に漏れず「巻末」の「書き下ろし」の「短い話」だ。ところがこれは今まで通り短篇集を象徴する作品と捉えていいのだろうか)でも上記と同じように、「懺悔」のようなものが見える。

「一人称単数」はこんなふうに始まる。

 普段スーツを身に纏う機会はほとんどない。あってせいぜい年に二度か三度というところだ。
(中略)
私が自分のために選択したのは、あくまで結果的にではあるが、そのような種類の人生だった。

著者が一人称に「私」を選ぶのは極めて珍しいことだと思う。(『アンダーグラウンド』などのノンフィクション系の印象がある)
さらに、「人生だった」と過去形であることも気になる。

*****

著者の最新長篇小説は『騎士団長殺し』(2017年)で、これはフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』へのオマージュであると言われており、今までのいろんなことの「全部盛り」みたいな印象を持ったけれど、こうして短篇小説を時系列で読み返しても「小説的終活」という印象は否めなかったし、悲しい気持ちにもなりながら、あぁ僕もそろそろ村上春樹卒業なのかなぁ、ともしみじみと感じた。

以前のような感動はもうそこにはなかった、というのが率直な感想です。

とはいえ、やはり大好きな作家が老いてゆき、いつかいなくなるというのはとても悲しい。

ラジオやら朗読やらコンサートやらで元気に楽しくされているなら、それが僕にとっても嬉しいことです。

また新しい小説が出たら買って読もう。

【著書紹介文】
6年ぶりに放たれる、8作からなる短篇小説集

「一人称単数」とは世界のひとかけらを切り取る「単眼」のことだ。しかしその切り口が増えていけばいくほど、「単眼」はきりなく絡み合った「複眼」となる。そしてそこでは、私はもう私でなくなり、僕はもう僕でなくなっていく。そして、そう、あなたはもうあなたでなくなっていく。そこで何が起こり、何が起こらなかったのか? 「一人称単数」の世界にようこそ。

収録作
「石のまくらに」「クリーム」「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」「『ヤクルト・スワローズ詩集』」「謝肉祭(Carnaval)」「品川猿の告白」(以上、「文學界」に随時発表)「一人称単数」(書き下ろし)

(書影と著書紹介文は https://www.bunshun.co.jp/ より拝借いたしました)

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