ノヴェル・イレブン、ブック・エイティーン

書影

前から気になっていた小説。ノルウェイ語から英語に訳されたものが、日本語に訳されたもの。いわゆる「重訳」されたもの。

それはともかく、かなり不思議な話だったという印象が残る。あとやたら( )や -●●- といった補足説明が多くて詰まるところも多かった。訳者も大変だったようだ。

「冒険しなくては」と、2歳の息子と妻を捨て、仕事のキャリアも捨て、ある女性のもとへと発つ。
この物語は始終、「なぜそうしたのか」というより「つまりはそうしたのだ」という羅列が多いように感じられた。

主人公であるビョーン・ハンセンは前半で「後戻りできないことをしたい」と語る。その時点では、それは謎のまま。
そのあと、青年になった実の息子が大学の下宿代わりとして、父のもとに住み込みにくる。
ここの描写は長く、「謎はどこにいった?」と感じ始める頃に急にシーンが変わり、そこからクライマックスへ一直線でかけのぼってゆく(あるいはかけおりてゆく)。

思いのほか、後半の「解説」なるものが細かい。論証、という感じもある。
いったいどうなるの!?というぐあいにぐいぐい読み進めるが、僕としては、最後はなかなか意外な結末だった。ちょっとくすっと笑えるようでもある。

この小説を通して読んでいると、ここ最近よんだいろんな作家の小説が随所によぎるようでもあった。

サマセット・モームの「月と六ペンス」みたいにスタートして、ポール・セローの「ワールズ・エンド」みたいに旅をする。
謎めいていく感じはカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」みたいで、後半の方はレイモンド・カーヴァーの「大聖堂」みたい。
いや、カーヴァーの「でぶ」とか「ささやかだけれど、役にたつこと」みたいな暖かさもあるし、マーク・ストランドの「犬の人生」みたいな型破り感もある。

確かに、あんまりここまでいろんなものが飛んでくることはない。

なにかとなにかがあまりつながっている感じがなかった。

やっぱり最後は何か、おかしかった。

人生って、演じてみるのが楽しいのかもしれない。ちょっとやってみよう、って気にもなる。

(最後にまたもや余談)ところで、前回noteの「vはヴ?ブ?問題」の「コンサヴァティブ」に続き、こちらもなぜ「ノヴェル・イレヴン」にならないのだろう。

【著書紹介文】
この企みは予測不可能―ノルウェイ文学界で最も刺激的な作家ソールスター。巧妙なストーリーテリング、型破りな展開、オリジナリティ際だつその小説世界を、村上春樹が初めて日本に紹介する。

(書影と著書紹介文は https://www.chuko.co.jp より拝借いたしました)

【翌日談】
昨日(7/17)に読み終え、上記レビューを書いて、本日(7/18)の朝に感じたこととして。
このビョーン・ハンセンという人は何だったんだろう?というのをじわじわとずっと考えてしまう…。ツーリー・ラッメルスの勧めで劇団に入り、そこで難度の高いイプセンを演じようと提案すること、そしてラッメルスとの駆け引き、息子との共同生活で「もう少しいろいろ応えてあげたらよかったのかな…」と気づくポイント、息子にどう思われているのだろう…という細かい描写…。そもそも、やはり、なぜビョーンは「後戻りできないこと」をしたかったのだ?いや、考える必要はあるまい。そして今、じわじわとこのビョーン・ハンセンが想起され続け、ずっと記憶に残る人物になりそうな予感がする…。
という意味では、レビューは読んだ直後に書かないほうがいいのかもしれない…。
いやぁ不思議で魅力的なお話だった。ということで★2つ分ぐらい、評価がアップいたしました。

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