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-2021年5月22日/日本/二子玉川-『世界時々フィクション』

日曜日だった。休日の気分転換に二子玉川へ向かって電車に乗っていた。ガタゴト揺られる、電車の外は晴れている。多摩川は煌いていて、白い雲に青い空は見事な太平洋側の気候だ。長身美人の長澤からLINEでチームの懇親会の場所の候補が来ていた。私は神楽坂のカフェに一票投じた。

「先行研究に使えないからさー」

大学生の会話が聞こえる。どうやら大学院に行くかどうかを話し合っているらしい。大学院に行って、役に立つかどうか何十年もわからない研究に精を出すより、さっさと働いたらどうだろう?実体経済の方が、よっぽど刺激的で、よっぽど学問だよ。

ニューヨークタイムズ紙をチェックした。AT&T の買収の話は気になっていた。その買収劇の舞台裏に触れている記事があったのでチェックした。舞台はニューヨーク、調べるとグリニッチビレッジは、芸術家の天国と呼ばれているらしい。ニューヨークマンハッタン、この記事に出てくるディスカバリーの有名経営者はそこに住んでいるらしい。

"artisanal doughnuts"
"emoji-speckled email"

記事の中で、こんな英単語を見つけた。ひとつ目の単語は、「(デコレーションされた)ドーナツ」二つ目の単語は「絵文字」だ。アメリカじゃ交渉ごとをやる時も、絵文字を使ったり、甘ったるいデコレーションされたドーナツを食べながらやるらしい。
ポップカルチャーを生み出したニューヨークらしい取引の舞台裏だと言いたいのだろう。ネクタイ締めて、決められた時間に集まって恭しく取引したのではなく、絵文字でメールして始まり、ドーナツ食べながら、巨額買収は決まったらしい。日本語の絵文字という言葉がそのままニューヨークタイムズで使われている。日本もそれなりに世界に影響を持っているらしい。

二子玉駅を降りるとすぐに12個のテレビが天井から吊り下がっているのが目に入る。若い。学生が多い。男女ともに、色気はないが、清潔感のあるタイプが多い。ロレックスにカルティエに高島屋。とにかく、みんな清潔感のある雰囲気だ。可もなく不可もない、テレビドラマに出てきそうな、小綺麗な中産階級家庭で暮らす人々の街だ。

「有名なつけ麺やに行こうとしてたら迷ったんだ。」

学生らしきひょろっとした学生が横切った。その日は晴れていた。素晴らしいほど晴れていた。歩くのも気持ちが良い。

AT&T といえば、高配当株銘柄だ。キャピタルゲイン狙いではなく、インカムゲイン狙いの投資家が投資している銘柄だ。メディア企業だ。テレビも多様化している。スマホでもいいし、インターネットでも見ることができる、テレビそのものを購入しなくても視聴できるようになった。

メディア関連の英単語も多い。ただ、テレビと一言で済んだ時代が、動画、youtube、TVer、wowow、ケーブルテレビ、AppleTV、Amazon prime、Netflix 、各種のメディアが様々なコンテンツを作り、それらが溢れる時代になった。供給過多、そんな時代だ。英単語も豊富だ。

"Discovery’s cable"
"broadcast holdings"
"streaming video"
"media companies"

テレビ放送とか、衛星放送とかストリーミング配信とか、最近じゃ何が何だかわからない。テレビ放送という単語だけじゃ、この業界は捉えられない。それに、メディア、インターネット、テレビ、マスコミ、業界にいない人間にとっては、それほど違いがわからない。

実際、目立つのは芸能人や作品そのものだが、当然、それを映し出すハードウェアを作っている企業もいれば、コンテンツをプロモーションする企業もいれば、作品を生み出す人もいる。電気に例えれば、当然、電信柱をメンテナンスしたり、新しく設置したりする仕事もあるのだ。

水道にしても、電気にしても、テレビにしても、高速道路にしても、このインフラそのものの保有や管理をしている担当というのは、それほど経済的な浮き沈みは激しくない。目立たないが手堅い商売だ。当たり外れがないがゆえに、高配当になるわけだ。日本で言えば、NTTやKDDI、ソフトバンクだろう。経営の先行きが予測しやすく、収益もあげやすいので、高配当株になる。

「通信関係者は現代の貴族ですからね」

昔、会社の先輩がそんなことを言っていた。は?サラリーマンが貴族かね。毒のある、気の利いたセリフのひとつも吐けないじゃないか。

「Amazonプライムで海外ドラマ見まくってるよ」

大学の後輩がそんなことを言っていた。任天堂にしてもSONYにしても、ハードウェアをつくり、供給網を抑え、顧客を食い止め、収益を得るのに腐心している。その中に、合併という選択肢も入ってくるのだろう。本体に才能がなくても、子会社やグループ会社、あるいは独立系の会社からセンスあふれる作品が出てくれば、あるいは出てくる創作体制ができているのならば、彼らに作らせるのが良いからだ。大企業の連中は、夢みがちな人間がつくった作品の権利を買い取って大いに商売する。食物連鎖の頂点で、夢を買いたたき、アガリをいただくのが彼らの生態だ。

「休みの日はずっとYouTube見てるのよ。ねえ、この前面白いの見つけてさ」

そう言えば、昨日、長澤がそんなことを言っていた。星野を巻き込んで、楽しそうにランチの会話をしていた。

「Tverで見れなかったテレビは見ればいいんだよ」

「えー、私やってないんですー」

「ウッソ―、結構、面白いよー!」

家族連れの会話が聞こえる。二子玉川には、従順に飼い慣らされた人々が幸せそうに歩いている。私もそのうちの一人だ。今回のディスカバリー社のお偉いさんと、AT&T のお偉いさんの会合は自宅で行われたらしい。また、どうやらこの買収案件にはコードネームがついていて、社内でも極秘になっていたらしい。日本の企業でもそうなのだろうか。買収案件に関わるなんて、今後もなさそうなので、関係ない話だ。

”These assets aren’t just better together,” he said. “We think it’s going to be the best media company in the world.”

「ねぇ、夜ご飯何にする?」

二子玉川の高島屋にあるカフェでレモンケーキを食べている妻が尋ねてくる。娘は妻の横で大人しく座っている。家では可愛らしい声で呻いていることがほとんどの娘だが、外に出ると静かで、お利口さんといって話しかけられることが多い。

「マグロアボガド丼かな?」

さて、それにしても。この後、何を食べますかね?AT&T とDiscoveryが合併??開発能力を失った老舗企業の悪あがきだ。新しいものを生み出す力を持った者が、社内にいないことの表明とも言える。そうやって、人も企業も老いていくのだ。

戸田から電話が入る。休日などお構いなしだ。私が席を立つと、妻は呆れたような顔つきをした。私は店を出て、高島屋のトイレへ向かった。ここなら、話を聞かれることもない。

「処分内容が固まった。本人は諭旨解雇だ。来週に通知を行う。場所と時間が決まったら、また知らせる」
「今回の事件なんですが・・」
「通知人のルールその3だ。事案は詮索しない」
しばらく、間があった。戸田は冷たい声だ。
「この決定ですが・・」
私が言うと、戸田は言葉を遮る。
「ルールその4だ。会社の決定に口を挟まない」
「・・わかりました」

そうやって、戸田からの電話は冷たく切れた。

(続く)

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-2021年5月22日/日本/二子玉川-『世界時々フィクション』

参考記事:By John Koblin, Michael M. Grynbaum, Edmund Lee and Lauren Hirsch, "Inside the Discovery-AT&T Deal: Cute Emails, a Big Loan and Now, a Media Giant", “The New York Times”, May 21, 2021

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