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勝手に桃太郎 4

本校の「表現プログラム」のエッセイクラスの生徒の作品です。桃太郎をベースにした創作小説を、全4回の連載形式でお届けします。(作:E子)

★第1話はこちら

<4>

 そこで桃川は俺に話し始めた。 昨日、俺の首元の傷を見たことを。
「オレ、鬼島の首元の傷を見た時に・・・。 頭が真っ白になってさ」
「うん」
「それで、その真っ白から戻ってくる間に、オレ、思い出したんだよ。 多分前世でのこと」

 そこまで聞いて、俺は桃川が急によそよそしくなった理由がわかった。 黙っている俺を見つめながら桃川は続けた。
「オレは桃太郎って奴だったんだよな。 鬼島達の住む島に行って、鬼島達を、ただ鬼だから、という理由で殺したんだ。 その時、最後に俺に切りかかってきた鬼がいた。 俺はその鬼の首元をもう切っていたけれど、その鬼は最後の力を振り絞って、オレの額に刀傷をつけたんだよ。 その顔は忘れられない。 だって悲しそうだったから。 それが鬼島の前世じゃないのか?」

「・・・そうだよ。俺はお前に会った時から、気付いてたけどな」

「鬼島、今さら謝ってもどうしようもないってわかってる。 だけど、本当にすまなかった。 オレは鬼島の家族も、友達も、全員殺したんだ。 何も話し合わずに、わかりあうこともしないで殺したんだ。 本当にすまなかった。 オレ、聞いたんだ。 鬼島がずっと子どもの頃から格闘技で身体を鍛えてること。 それはオレと出会ったら、オレを倒そうと思っていたからじゃないのか?」

 そうだよ。その通りだよ。 俺は心の中で呟いた。 だけど実際に会った桃太郎の生まれ変わりは桃川、お前だった。 面倒見がよくて、きさくで、俺にも優しくて。 どうしてお前を憎める? 俺だって最初の頃、お前を憎もうとした。 だけどできなかったんだよ。 こうした思いを胸にしながら俺は桃川に言った。
「前世のことは、前世のこと。 確かにあの時はお前が憎かった。 許せなかった。 でも今のお前は桃太郎じゃない。 桃川だ。 桃川を憎んではいないよ」

「それでいいのか、鬼島は?」

「いいも何も・・・。『最高の文化祭にしよう』ってお前が言い続けてたんじゃなかったっけ? 明日なんだぜ、文化祭は!」
 俺の答えに、桃川はキョトンとしていた。 

「オレ、これを言ったら、お前が恨みを晴らすために、さぞかし殴ったり蹴ったりされると思ってた。 されても仕方がないと思ってたんだ」

 そう言ってしょんぼりする桃川に俺は言った。
「ドンマイ!桃川!」

 文化祭の2日間はもうお祭り騒ぎだった。まあ文化「祭」だから、それが本来の姿なんだろうけどね。 我がクラスの金魚吊りは、来場者に大好評だった。 俺が覚えているのは、とにかく俺と桃川で必死になって風船を膨らまして輪ゴムで縛り続けたことだけだ。

 そして文化祭が終わった。 2日間の夢の国を片付けて、夕方からは後夜祭に入った。 軽音部が校庭でライブをする中、全校生徒が満足げに笑ったり踊ったりしていた。 俺は桃川とその様子をぼんやりと見ていた。 なにしろ2日間、座り込んで風船だけを見ていたので、後夜祭でたくさんの生徒が楽しそうにしているのがまぶしかった。 そしてちらりと前世、鬼ヶ島でもこうやって踊ったなあ、と思い出した。 でもそれはもう悲しい思い出ではなく、懐かしい思い出になっていた。

「あのさ、鬼島」
「ん?」
「何で、オレのことを許してくれたの?」

 俺は軽音部のボーカルの素敵なお姉さまを見ながら言った。
「んー、本当のことを言うとさ、『桃太郎』って奴のことは許せないんだ。今でもね。 ただ、今のお前は桃川で、昔の『桃太郎』じゃない。 それが一緒に文化祭のことを真剣に話し合ったりしていくうちに、よくわかったんだ」

「それだけで?」

「大きな理由だよ。第一印象だけで相手を決めつけるのは良くないって分かったし。 それに桃川、お前、良い奴じゃん!」

「……オレ、そんなに良い奴じゃないよ」

「いや、俺は知ってるから。 それにさ、俺、俺達鬼も良くなかったって思うんだ。 人を傷つけて、宝を奪うのを当たり前だと思っていた。 でもそれは間違っていたんだ。 『桃太郎』に切られて、初めて『痛い』ってことを知ったんだよ、俺。 でも俺はその痛みを、それまでずっと村人に与えていたことに気づかなかったんだ」

「そっか・・・」

「だからさ、俺は今生では誰も傷つけずに、できれば大事にしたいんだ」

「うん、俺も『鬼だから』って思い込みだけで、鬼島達と話すこともしないで切りつけた。 あれはいけないことだった、と思うよ。 お互いに話し合っていたら、もしかして鬼と人が一緒に生きられる道もあったのかもしれないって、今は真剣に思っている」

「じゃあ、俺達、結構似ているかもな。 デコボココンビだけど、太郎と次郎だし。 それに前世から学んだこと、たくさん持って今生を生きるんだから」

 俺が見上げると、桃川の目にうっすらと光るものがあった。 それだけで、俺も鼻の奥がツンとしてしまい、軽音部のボーカル、憧れのお姉さまの声が遠くに聞こえた。


 文化祭が終わってから、俺と桃川はいい友達になった。 お互い、前世のことには極力触れない。 だけど心の中で2人とも、前世の経験を恨みではなく、人を大事にする、とにかく話し合ってみるって方向に持っていこうとしていることを感じる。

 ところで今日、おかんに頼まれて下校途中の買い物でスーパーに入ったら、桃が目に入った。 でも俺はもう桃を見ても嫌な気持ちにならなかった。 だって俺には「桃川」という親友がいるからだ。 それに気づくと、じゃあ試しに桃を買ってみようかな、なんて考えが浮かんだ。 悪い気分じゃなかった。

(おしまい)


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