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ひとりぼっちは寂しいから怖いんだよ

 息子はトイレに行く度に「大人について来てほしい」と言って私を呼びます。それは外出先のみならず、自宅でも私か妻に必ず声をかけます。準備から全て自分で出来るにも関わらず、です。

 ちょうど手が離せない瞬間に息子に声をかけられて、自分で行ってごらんよ、と返事をしました。息子はしばらくモジモジしてから居間を離れて、しかしすぐに戻ってきて、険しい顔で地団駄を踏んでいます。いったいどうしたことかと近寄ると、ついには泣き出して盛大に漏らしてしまいました。

 後片付けをする間、息子は口を噤み怒りに身を震わせているように見えました。話しかけても唸るばかりで会話になりません。しばらく様子を見守ることにした私は、息子の内面世界を想像します。

 すぐに来てくれなかったのが嫌だったのだろうか。僅か数分、しかしトイレを我慢している状況なら、たしかに切迫する思いがあったのかもしれない。漏らしたことがショックだったのだろうか。それはそうだろう。排泄が間に合わないという事象は自尊心をひどく傷つけるものに相違ない。ところが息子に近寄ってもトイレに行こうとせずに怒りを表出していたのは何故か。怒り。そう、怒りだ。彼の感情は怒りの占める割合が大きかったように感じた。怒りとは期待と現実の差から生まれるものだから、そこに満たされない何かがあったのかもしれない。現実は先の通りだ。彼の主観的事実を考える必要はあるものの、今回は私の主観的事実との乖離は大きくないように思う。すると期待のほうか。ならば、そこに焦点をあてて問いかけねばなるまい。

4歳児の内面を想像する図
HUNTER×HUNTERのモノローグみたい


 数刻を経て十分に落ち着いてから、私は世間話でもするかのように息子に話しかけました。

「なぁ、ちょっと気になることがあるんだけど、いいかな。」

「なに?」

「トイレに行くとき、大人を呼ぶのはどうして?」

「んー、こわいから。」

「怖いから?」

「そう。だから、大人にきてほしいんだよ。」

「それで、大人に来て欲しいんだね。何が怖いんだろう。どうして怖いの?…って分かんないかもしれないけどさ。理由なんかなくたって、怖いもんは怖いよなぁ。」

「ひとりぼっちはさみしいから、こわいんだよ。」

 息子は恐怖の理由を明確に説明しました。彼はトイレそのものに恐怖していたのではなくて、皆のいる部屋を離れて一人になることを寂しく感じて恐怖したのです。私は怒りの感情の裏側にある彼の恐怖にそのとき初めて気付きました。恐怖の理由はシンプルで普遍的なものでした。

 経験上、孤独耐性の高い人など殆どいません

 対人耐性が低いために孤独の方がマシだという人はたくさん見てきましたが、孤独そのものを愛するような変態は希少種です。それはヒトが本能的に群れる生物であって、先史時代から続く生存戦略の中に間柄的存在であることが組み込まれているからだろうと私は考えます。

 然らば、私のすることはひとつ。

 呼ばれる度、息子のトイレに付き合いましょう。

 ほんの一手間が彼の孤独を癒せるとしたら、それは世界平和への第一歩かもしれません。



 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方の抱える孤独の色が、空に溶けて癒えますように。




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