見出し画像

それは本当に「運」の問題でしょうか。

 つい先日「開運」について記事を書いておきながら、本日はそれに反駁する内容です。
 進行期非小細胞肺癌の一部に特効薬として使われるEGFR-TKIという種類の薬があります。このグループの中で最初に薬事承認された「Gefitinb」という薬には興味深い逸話があります。

 2002年に世界に先駆けて日本で発売されたGefitinibは、当初「抗がん剤が無効な非小細胞肺癌に対する内服治療」として承認されました。分子標的薬という新しい薬でした。1日1回の内服をするだけで劇的な効果が現れる人たちがいたのです。これは肺がん診療において画期的なことでした。

 しかし、効くかどうかは「運」でした。

 迅速な承認の根拠になった臨床試験では病勢コントロール率(進行をとめる)が54.4%、奏功率(病変が小さくなる)が18.4%という数字で、これは通常の抗がん剤による初回治療が効かなかった場合の二次治療としては、当時としては画期的な好成績でした。

 しかし、効くかどうかは「運」でした。

 肺がんになって抗がん剤が効かなくなったときに、飲み薬で、しかも54.4%の人に効きますと言われたら、試してみたくなりますよね?

 この薬が効く人たちの特徴というものが、次第に明らかになっていきました。曰く、女性で、非喫煙者で、比較的若年者。
 だからそういう人たちには医師がこぞってGefitinbを勧めたんですね。本来がん診療をしないような開業医さんの中にも、内服薬だからと簡単に処方した先生方もいたようです。

 ところが、副作用の問題が起きました。あまり恣意的になったり詳しく書いたりすると製薬会社さんが怖いので(マジで)、それについては適宜検索いただくとして、しかし事実として致命的な副作用がかなり問題になったんですね。

 さらに後年になって、がん細胞のEGFR遺伝子に特定の異常が生じている場合にのみ、この薬が効くのだということが証明されました。

 今ではこの遺伝子変異がある人にだけ、この薬を使うのが常識です。EGFR exon19delおよびEGFR L858Rのいずれかの異常の場合、奏功率が70%程度と報告されました。病勢コントロール率ではなく奏功率ですから、先の試験結果では18.4%しか効かなかったものが、「効く人たち」にセレクションをかけると70%程度まで成績が上がったのです。その後、肺がん領域のEGFR-TKIは新薬がいくつも誕生し、今ではさらに治療戦略も複雑化して、治療成績も飛躍的に向上しています。(期間を区切った奏功率どころか、無増悪生存期間PFSや全生存期間OSを指標として従来より極めて良好な成績が報告されています。)

 たしかに「運」といえば「運」ですが、それはコントロールしうる「科学」と「情報」の領域でした。

 医学の常識はどんどん変わります。

 5年前の教科書を読みながらでは、最善の診療はできません。もっといえば「教科書」になった時点で、それはもう古い情報です。

 薬の話はひとつの具体例に過ぎませんが、運や偶然にみえたことに、実は理由が隠されていたというのはよくあることです。

 運の良し悪しで物事を判断する前、即ち形而上学に理由を求める前に、形而下学で問題が解決できないかどうか、常に考えなければなりません。
 どちらか片方に傾倒し過ぎることは危険です。何事もほどほどがよい。「中道」ですね。

 祈る力は絶大です。しかし、祈り方を間違えてはいけない。天命を待つ前に深呼吸。

 本当に、人事を尽くしたと言えるでしょうか?

 
 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。浮き足立つ新年、まやかしも多く溢れています。願わくは貴方が怪しい疑似科学に惑わされずに、正しい道を進めますように。


#2021年の出会い
#習慣にしていること #眠れない夜に
#エッセイ #医師 #運 #開運 #肺癌 #肺腺癌 #がん #EGFR -TKI #Gefitinib #臨床試験 #研究 #統計学 #副作用 #有害事象 #薬害 #exon19del #L858R #奏功率 #無増悪生存期間 #全生存期間 #常識 #形而上 #形而下 #中道 #人事を尽くして天命を待つ

この記事が参加している募集

#習慣にしていること

131,254件

#眠れない夜に

69,944件

ご支援いただいたものは全て人の幸せに還元いたします。