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先人の智慧を継承する話

 長引く咳に困り果てたその男性は、苛立ちと焦燥感を抱えながら診察室にいらっしゃいました。幾度も病院を受診して検査や処方を受けたが一向に良くならないといいます。もっと強い薬はないのか、と彼は前のめりに訴えます。

 咳は医療機関を受診するきっかけとして非常に多い症状で、その原因も多岐にわたります。
 たとえ呼吸器を専門の医師であっても原因の特定と治療は存外難しいものです。

 既に他施設で精密検査を受けているとはいえ、まず西洋医学的な異常がないかどうか調べる必要があります。「レントゲンをみたら癌と結核を疑え」という格言があるように、見逃すと致命的な疾患は極力早期に診断する努力をしなければなりません。
 漢方医学を崇拝するあまり西洋医学を蔑ろにして、専門外来を受診した頃には悪性疾患が致命的に進行していることも時折経験します。

 さて、その男性は画像や血液検査等でも異常はみつからず、喘息などの機能的疾患もみられませんでした。西洋医学的には「異常なし」ということになります。では咳は何かというと、感染後咳嗽とか咳喘息かもしれないとか、適当な診断名をつけられて咳止め薬を出されるのが関の山です。処方歴をみますと、これまでに幾つもの処方を受けてきて、そのどれも効果が乏しかったようでした。

 これ以上に「強い薬」となると、医療用麻薬しかありません。

 そこで漢方医学の視点に切り替えます。

 苛立ちと焦燥感。これも重要な症状です。
 脈はげんさく、上焦浮で中下焦は沈、肺実と脾虚があって肝は実しています。これは太陽病位より病邪が深く侵入して少陽病位に至っている状態です。腹部を診察しますと、やはり胸脇苦満きょうきょうくまんが目立ちます。

 これは圧倒的に竹筎温胆湯ちくじょうんたんとうがよいでしょう。
 オマケに幾つかの生薬を足して、特効薬オリジナルブレンドの完成です。

 1週間後の再診日。
 すっかり治りました、と彼は笑顔でした。

「先生の薬は良く効きますね。最新の治療ですか」

 そう問われて私は困惑します。
 最新どころか、漢方医学は2千年前の医療をベースにして、江戸時代にはほぼ完成していた医療です。とはいえ真の漢方医は絶滅危惧種ですから、失われた技術ロストテクノロジーが目新しく見えるのも無理はありません。

 中医学と同じ起源を持ちながらも鎖国状態の日本という島国でガラパゴス的な進化を遂げた漢方医学は、極めて特殊な診断法と治療戦略によって真の能力を発揮する医術です。

「実はコレ、江戸時代の医療技術です。」

 私はそう応えながら、師匠の言葉を思い出しました。

真の漢方医学を理解する人が増えて、
国民全体がより良い医療を求めるようになれば、
医学界は変わる。国も変わる。
それは未来を照らす希望の灯になるんだ。

難病も次々と治す師匠の言葉
現存する天才の一人


 拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございます。願わくは、貴方と貴方の大切な人の苦しみが、やわらかく癒えていきますように。



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