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心象風景の足跡

 主観の在り方は千差万別で、それぞれの認知する世界にはひとつとして同じものは存在しません。それほど不確かな世界を私たちは生きています。

 科学的に数値で観測しうるものを客観と定義しても、それを認識する私たち人間の主観は交わることのない独立機構ですから、科学の発展に必要なのは前者ですが、日常生活において重要なのは、やはり主観変換後の情報であるように思います。

 一年ほど前には、綱渡りのような生活でした。

 半年ほど前には、鉄骨渡りのような生活でした。

 今は、狭い歩道を進むような生活です。

 すぐ隣の車道を乗用車が通り過ぎると、恐怖を感じる瞬間もありますが、綱や鉄骨に比べたら俄然歩きやすい環境です。時々危険運転をする車もあるし、サイレンやクラクションに驚くこともありますが、自分のタイミングで立ち止まることもできますから、大きな問題には至りません。

 うっかり走り始めると思わぬ横道から自転車が飛び出してくることもありますので、努めて焦らず、ゆっくり散歩するように進みます。

 美しい情景に心奪われたら立ち止まり、また進みたくなったら歩きます。スポーツカーに乗ってハイスピードで通り抜ける人を見送りながら、道端の雑草に咲いた小さな花を綺麗だなぁと感じます。

 一本道に見えていた道路が、そんなことはなかったのだと知りました。走っていたら見落としそうな横道が、数え切れないほどありました。自動車では通れないような細道も、歩いて進むと思わぬ景色に出会います。

 舗装されていない獣道を進むときがあってもいいし、道のないところを慎重に進むときがあってもいい。かえってそのほうが、心地良く感じます。


 私の探しものは、この道の先にあるような気がしていて、早く其処に辿り着こうと必死になっていたようです。目的地のある旅で、到着して初めて本番が始まるような、そんな錯覚に囚われていたのでしょう。

 はやく。もっとはやく。

 焦る心を推進力に変換して、加速を求めました。

 今は大変だけど此処を頑張れば楽になる。そう言い聞かせながら小学校、中学校、高校、大学と進学し、卒業して年齢を重ねるごとに気づいたのは、楽になる日など来ないということでした。頑張れば頑張るだけ、仕事が増えていくのです。もう少し、もう少し。倒れるまで。

 漸くリセットできた今、私は散歩を楽しみます。

 目的地は現在地で、道そのものが人生でした。

 焦る必要などまったくなかったのだと気付いて、私は荷物をおろしました。旅路に必要なものを思いつく限り詰め込んだ鞄は、たいそう重いものでしたが、こんなに持ち歩かなくても大丈夫。身軽になって歩きましょう。


 未来に不安はありますか。
 過去に後悔はありますか。

 あって当然。どこに問題がありましょう。

 不安も後悔もそのままに、立ち止まって景色を楽しみます。案内図には道を真っ直ぐ進めとありますが、さて、これからどこに向かいましょうか。

 地図は自分で描けばいい。

 これは私の人生で、それは貴方の人生です。



 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方の旅路が美しく、思い出に残るものでありますように。




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