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【読書録】『世界標準の経営理論』入山章栄

早稲田大学ビジネススクール教授、入山章栄(いりやま・あきえ)先生のベストセラー、『世界標準の経営理論』。その名のとおり、世界標準(になっている)経営理論を、網羅的に、かつ、ビジネスパーソンに向けてわかりやすく解説してくれる本。

著者の入山先生は、ビジネス界で大変な売れっ子講師で、各種企業研修や講演会などにひっぱりだこのようだ。私も、とある研修で入山先生のご講演を拝聴する機会があり、そのお話にとても感銘を受けた。それを機に、こちらの本を手にした。

ゲーム理論など、経営学の基礎的なものから、新しい理論まで、世界の経営理論を、幅広く分かりやすく解説してくれている。800ページ超にわたる分厚さで、かつ、重量もとても重いが、そのぶん、内容がとても充実している。どこでも読みたい箇所や調べたい箇所をピックアップして、辞書のように読めるし、実務で迷ったときに手に取って、現実の悩みの解を探ることもできるだろう。ずっと手元に置いておきたい本だ。これで3000円程度のお値段とは、とてもおトクだと思う。

今回は、私がお聞きした入山先生の講義のテーマでもあり、目から鱗が落ちる経験をしたくだりについて、特にメモしておきたい。イノベーションと組織学習に関する理論のうち、「知の探索・知の深化の理論」というトピックだ(第12章及び第13章、223ページから250ページ)。

一言でいうと、「知の探索」(exploration)と「知の深化」(exploitation)の両方を追求する「両利き(ambidexterity)の経営」が、イノベーションにとって重要であるということだ。以下、一部を抜粋し、要約する。

●イノベーションの原点は、新しい知・アイデアを生み出すことである。
●しかし、人の認知には限界があり、目の前の狭い部分しか見えないから、少しでもその認知の範囲を出るために、「知の探索」が必要となる。
●そして、「新しい知は、『既知の知』と別の『既知の知』の『新しい組み合わせ』で生まれる」(※「イノベーションの父」と呼ばれた経済学者ジョセフ・シュンペーターの言葉)。人・組織が新しい知を生み出すために必要な知の探索とは、「自分の現在の認知の範囲外にある知を探索し、それをいま自分の持っている知と新しく組み合わせること」。
● 一方で、知の探索だけではビジネスにはならない。新しい組み合わせを試みる中で生まれた知を徹底的に深堀りし、収益化する必要がある。これが、知の深化。
● この「知の探索」(exploration) と「知の深化」(exploitation) の両方を追求する「両利き(ambidexterity)の経営」が求められる。
● しかし、企業・組織はどうしても知の探索が怠りがちになり、知の深化に傾斜する傾向がある。これは、短期的な収益性を高める上では有効だが、長い目でみた企業の「知の探索」を損なわせ、結果として中長期的なイノベーションが枯渇していく。この状況を、コンピテンシー・トラップ(competency trap)と呼ぶ。
● 企業がイノベーションを取り戻すには、自社を様々なレベルで「知の探索」の方向に押し戻し、両利きのバランスを取り戻すことが決定的に重要。
● 戦略レベルとしては、オープン・イノベーション戦略。コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)投資や、大企業にいる人材を外に出すという、日本型の知の探索などがある。
● 組織レベルとしては、まず、組織を「知の深化部門」と「知の探索部門」に分ける施策。構造的な両利き(structural ambidexterity)。著者が注目しているのは、評価軸。知の探索には失敗も多いから、成功・失敗の紋切り型の評価を避けるべき。
● さらに、人材の多様化。「一つの組織に多様な人がいる」(=組織ダイバーシティ)ということも重要だが、「ダイバーシティは一人でもできる」。イントラパーソナル・ダイバーシティ(intrapersonal diversity)。「個人内多様性」「一人ダイバーシティ」。個人レベルでの知の探索。「イントラパーソナル・ダイバーシティが高い人は様々な側面でパフォーマンスが高い」という結果が得られている。知の探索は、戦略としても組織としても重要なだけではなく、個人レベルでも進めるべき。
● 適切な知の探索の幅はどこか。ブレークスルーなアイデアを出すためだけなら、知の探索はそこまで極端に広くなくてよい。しかし、ビジネスである以上ブレークスルーなアイデアを価値に変えなければならない。そのためには可能な限り広く、遠くの知までを探索する必要がある。
● 変化を起こすには、まず何をすればよいか。著者の引用する伊佐山元氏(WiL創業者)は、「まずは今日、あなたが帰るときに降りる駅を、一つ変えましょう。」という。著者のオススメは「目をつぶって書店に入り、どこかわからない本のコーナーに行ってから、最初につかんだ本を絶対に買って最後まで読み切る」というもの。

イノベーションを起こすための「知の探索」と「知の深化」。そのうち、特に、「知の探索」が怠りになりがち。そして、「知の探索」は、「既知の知」と「既知の知」を掛け合わせることで、新しい知を生み出すことである。この話はとても腑に落ちた。

そして、人材の多様性(ダイバーシティ)が、この「知の探索」のために重要であることにも腹落ちした。「多様性」は、最近、日本の産業界で語られることが多いテーマで、ともすれば、それ自身が目的であるかのように、マジックワードとして語られがちだが、経営においては、イノベーションを起こすために必要であるという根本的な理解が足りていないかもしれないと思った。

(ちなみに、別の研修で、経営において人材の多様性が重要な理由としては、以下の3点である、と学んだことがある。①イノベーションを生むため、②マーケットの多様なニーズを理解するため、③多様で優秀な人材を確保するため、だという。今回の話は①だが、②も③も、結局は、①を実現するための要素であるともいえると思う。)

この、人材の多様性については、一個人でできることには限りがある。それでも、できることは色々あると思うし、今後も自分に何ができるかを考え続けていきたいと思った。以下はその一例。

●チームを率いる身として、チームメンバーの多様性(男女、年齢などの属性だけではなく、経験や考え方なども含め)を、ますます高めたい。多様性のある組織では、お互いの理解や意思決定に時間がかかる(最近の、東京五輪森会長の発言ではないが…)が、この手間を惜しんでいては、「知の探索」には至らず、イノベーションは起こせないと思う。

●また、チームメンバーに多様な経験をしてもらえるような仕組みを考えたり、活用したりしたい。既にある仕組みとしては、業務のローテーション、他部門との人材交流、他社への出向や、他社からの出向者の受け入れなど。また、チームメンバーが多様な経験をすることを推奨したい。例えば、社外でのネットワーク構築の奨励や、副業を認めることなど。

●自分個人としても、広い物事に興味を持ち、経験し、一人ダイバーシティ、イントラパーソナル・ダイバーシティを高めたい。私は過去に転職を何度も経験しているが、まさに、転職のたびに、たくさんの学びが得られたと感じている。これも「一人ダイバーシティ」と言えるかもしれない。これからまた何度も転職を繰り返す、というのは、年齢的に少々しんどくなってきたが、当面は、本書のアドバイスにもあるように、降りる駅を変えてみたり、知らない分野の本を手に取ってみたりと、日々、小さい変化の積み重ねを続けていきたい。

ご参考になれば幸いです!


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