哀しい誤算(フランス恋物語51)
J-POP
7月14日に行われたフランスのお祭り”14 Juillet”(キャトーズ・ジュイエ)。
私は親友・エリカちゃんと花火を見に、モンマルトルのサクレ・クール寺院の麓に来ていた。
花火を待つ間、私は19歳の男の子3人組と知り合った。
彼らとはJ-POPの話で意気投合し、別れる前に連絡先を交換した。
その後、私は彼らに「日本の素晴らしい音楽を伝えたい」という一心で、お薦めのJ-POPのyoutubeを紹介文と共に、全員に一斉送信していた。
すると彼らは、曲の感想やそのアーティストの好きな曲を教えてくれた。
私は彼らに対して、特別な感情はまったくなかった。
退屈な休日
その週の土曜日、私は何も予定がなくとにかく暇だった。
パリ在住の友達は、彼氏とのデートや旅行などで不在だという。
「いい天気の日なのに、ずっと家にいるなんてつまんない。」
そう思った私は、「今夜みんなでご飯に行かない?」というメールを、キャトーズ・ジュイエで知り合った男子3人組に一斉送信した。
すると、”ラウル”という子だけから、「今夜行けるよ。」と返事が来た。
正直、私はどれがどの子か覚えてなくて、デジカメの写真を見て「あぁ、あのギターを弾いていた子か」と思い出すというレベルだった。
まさか、19歳のフランス人の男の子と1対1で食事に行くとは思わなかったが、「いい子そうだし大丈夫だろう」と思い、出かけることにした。
Raoul
夕方、Saint-Germain-des-Prés(サン・ジェルマン・デ・プレ)駅で、私たちは待ち合わせをした。
ラウルに会ってみるとなぜかスーツで、前回会った時とは見違えるようだ。
キャトーズ・ジュイエの時は、Tシャツにデニムパンツで、”いかにも少年”という感じだったのに・・・。
「どうしてスーツなの?」
「今日は家族の食事会の帰りなんだ。」
ラウルは、少しはにかみながら答えた。
前回は暗くてよく顔も見ていなかったが、今日ラウルが髭を蓄えていたことに気付き、よけいに彼を大人びて見せていた。
Le dîner
彼に連れられてフレンチレストランに入り、私たちは庭が美しいテラス席に案内された。
スーツ姿のラウルといると、まるでガーデンウェデイングの来賓客になったような気分だ。
運ばれてくるコース料理も素敵なものばかりで、「19歳なのによくこんなレストランを知っているな」と感心した。
私たちは知り合ってからJ-POPの話しかしてなかったので、今日初めて彼のことについて聞いてみた。
「今は学生なの?」
「高校は出てるからBAC(高校卒業証明書)は持ってるけど、大学は行ってないよ。」
浪人生なのだろうか、フランスの大学事情はよくわからない。
「今は何をしているの?」と聞くと、「学校で子どもの監視員」みたいなことを言っていた。
彼のような若い警備員は想像が付かなくて、結局彼の仕事がどんなものなのか、よくわからないままだった。
ラウルは日本語が話せないので、私は久しぶりにフランス人相手に長時間フランス語で会話をした。
我ながら、よく続いたと思う。
しかしそれも限界を超えて話が途切れると、気まずい沈黙が二人を包んだ。
少し前に、ギャルソンがテーブルにバラの花びらを撒いていくというパフォーマンスをしていたが、私も残った花びらを撒いて、その場を取り繕ってみたりした。
はぁ・・・私は何をやっているんだろう。
フランス語が未熟な私と一緒にいて、彼もつまらないだろうなぁ、と申し訳なく思った。
La chaleur douce
レストランを出ると、私たちは散歩をした。
7月だというのに、この時、外は急に寒くなっていた。
日本の夏の感覚が抜けない私は、未だにパリの気温の変化についていけない。
「Il fait froid.」
「寒い」と震えると、ラウルは優しく私の肩を抱き寄せた。
驚きながらもそのぬくもりが嬉しくて、私はついそのままにしてしまった。
いつの間にか私たちは、恋人のように腕を組んで歩いていた。
一緒に歩いているうちに、私はだんだん「いつまでも彼のぬくもりに触れていたい」と思うようになっていた。
街中をぐるぐる回り長い散歩を終えると、私たちはサン・ジェルマン・デ・プレの駅前に戻ってきた。
地下鉄に降りる階段の前で、ラウルは私に尋ねた。
「これからどうする?
もう帰るか・・・。
それとも、君のうちに一緒に行くか・・・。」
すると、私は自分でも驚くような返事をしていた。
「Alors, on va chez moi ?」
(じゃ、私の家に行く?)
あの時の私は、どうかしていた。
La nuit
ラウルの19歳という若さから、私は彼との行為に期待はしていなかった。
「それくらいで好きになることはないし、彼との関係が一夜限りだとしてもきっと傷付くことはないだろう」と甘く見ていた。
実際終わった時、「あ、大丈夫だ。彼にハマることはない」という確信も持てた。
ただその後が、考えていたのと全く違っていた。
きっと彼はそのままシャワーを浴びに行くか、すぐに寝るんだろうとばかり私は思っていた。
しかし終わった後のラウルは、まるで前からの恋人のようにたくさんキスをして、愛おしそうに私を抱きしめた。
これには、かなり心を動かされてしまった。
「眠れない。」と訴えると、「先に寝ていいよ。僕はレイコが寝た後に寝るから。」と言われ、すごく安心感を覚えた。
背中を向けると後ろから抱き締めてくれて、久しぶりの幸せな感触に私はかなり感動している。
そして、少しでも情が移って、私のことを好きになってくれないかな・・・と、バカなことを願ってしまう自分に気付いた。
私は人肌恋しさから、”ラウルにまたそうされたい=ラウルが好き”と勘違いしそうになっている。
こんな展開になると想定していなかったので、頭の中が混乱してなかなか眠れそうにない。
私は、先に寝てしまったラウルの寝顔を見つめた。
その顔は・・・初めて会った日の少年とはまるで別人に見えた。
Le lendemain matin
翌朝、帰る準備をする彼を見ながら、「もうこの人と会うことはないだろうな」とぼんやり考えていた。
このまま離れてしまうのはなんだか寂しくて、家からすぐの地下鉄の改札まで見送ることにした。
別れ際、ラウルは「次会う時電話するよ。」と言って私にキスをした。
私は彼の姿が見えなくなるまで見送ったけれど、彼はこちらを振り返ることもなく、そのまま階段を降りて行った。
それを見た私は、やっぱり彼は、二度と連絡してこないだろうなと確信した。
Une amie
さすがにこの後耐えきれなくなって、キャトーズ・ジュイエで一緒にいたエリカちゃんに電話をした。
たまたま仕事が休みだった彼女は、すぐに会ってくれると言う。
私はエリカちゃんのうちに着くと、ドアを開けた彼女に抱きついた。
「エリカちゃん、辛いよう・・・。」
泣きはしなかったが、この時の私の心は、フランスに来た7ケ月間の中で一番苦しかった。
エリカちゃんは、何も言わずに優しく私の背中をさすってくれる。
私はこの時ほど、友達の存在をありがたく思ったことはない。
話の一部始終を聞き終えたエリカちゃんは、明るい笑顔で「ずっとうちにいないで、どこか気晴らしに出かけようよ。」と提案した。
確かにいいお天気だし、彼女と一緒に出かけて外の空気を吸った方が、気分も良くなるかもしれない。
この後、彼女から与えられた秘策により、私は少しづつ、どん底から這い上がってゆくのである・・・。
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