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さようならの準備(フランス恋物語⑳)

期末テスト

3月4週目の月曜日、期末テストがあった。

午前中は筆記と聴き取り、午後はオーラルという時間割だった。

ランチ休憩は、ジュンイチくん、タクミくん、ユイちゃん、私の日本人四人組で行きつけのビストロに行くことにした。

ビストロで注文を終えると、顔なじみのマダムに「今日はいいワインが入ったの。サービスするから飲んでみない?」と薦められた。

「え~、これからまだテストを受けるのに。」と言ったら、「いいのいいの。これぐらい大丈夫よ。」と、大したことないように薦めてくる。

私はこの後のテストを気にして一口だけ飲むことにし、ワインに目がないジュンイチくんはグラスで飲むと言った。

まだトゥールに来て3週間の大学生・タクミくんとユイちゃんは断っていた。

日本人の価値観でいけば、普通はそうだろう。

お酒がすぐ顔にでるジュンイチくんは、グラスワインを1杯飲んだだけで顔がほんのり赤くなっていた。

こんなのでテストを受けて大丈夫なのだろうか!?

私は、一人ライバルが脱落したと思って気にしないことにした。


その日のテストをすべて受け終えると、私たち日本人四人組は感想を話し合うため教室に残った。

ジュンイチくんはお酒を飲んだ後のオーラルがどうだったか、私たちに報告した。

「ちょっとアルコールが入っている方が緊張が解けて、いい感じに喋れたよ。気が付いたら終わってた。」

「ジュンイチさんさすがですね!!ジャッキーチェンの酔拳みたいですね。」

すかさずタクミくんが合いの手を入れる。

そういえば、タクミくんとユイちゃんは「日本の大学の都合で、授業最終日の前日に帰国しなければならない」と、今日のランチで私たちに話していた。

授業最終日、ジュンイチくんと二人きりにならないようにしなきゃ。

二人きりになるのが怖くて、私はそのことばかり考えていた。

合気道最後の日

早いもので、合気道の稽古も最終日を迎えてしまった。

先生は稽古の最後に、私がみんなにお別れの挨拶をする時間を作ってくれた。

私は前日から考えていたお別れと感謝の言葉を、フランス語で淀みなく話した。

たった3ケ月で自分でもフランス語が上達したことを感じる。

もちろん、先日受け取った寄せ書きのお礼も丁寧に言った。

それを思い出しただけで、胸が熱くなりそうだ。

挨拶を終えると、みんなが拍手をしてくれた。

このトゥールの合気道道場は、最後まで温かくて愛のこもった空間だった。

素晴らしい先生や仲間に会えたことを、心から感謝した。


この日、私を車で送る係はアルノーだった。

アルノーは私がフランスに来て初めて片想いをした人で、後で既婚者とわかってガッガリしたけど、今では夫婦ぐるみで仲良くしている大事な仲間だ。

最後にアルノーは、私に嬉しい報告をしてくれた。

「最近、クロエが妊娠したことがわかったんだ。赤ちゃんが生まれたらメールで報告するよ。パリに行って困ったことがあったらいつでも相談してね。レイコの新しい生活を応援しているよ。」

アルノーもクロエも、なんて素敵な夫婦なんだろう。

私は、二人の赤ちゃんが無事生まれることを心から祈った。

卒業パーティー

3月最終週の金曜日、遂に授業最終日を迎えた。

私は「最後の授業頑張ろう!」と張り切って学校に向かった。

しかし、学校の前で会った先生に、

「今日は授業はないよ。ちょっとしたパーティーがあるからおいで。」 

と言われ、拍子抜けした。

後で来たクラスメイトに確認しても、「昨日はそんなこと言ってなかったよね。」と言う。

つくづく「フランスっていい加減な国だな~」と呆れつつも、元来ラテン系の私はそのいい加減さ具合がまたいいとも思った。


卒業パーティーで、先生は学生全員に卒業証書と成績表を配った。

私の期末テストの結果は、前回の中間テストと同じく3番目だった。

上位2人のアラブ人は、本国では医師や社長と聞いているし、きっと私が越えられるレベルの人たちではないのだろう。(そして、再下位はファハッドだとも聞いた)

校舎を出ると、校庭で先生やクラスメイトたちとたくさん写真を撮った。

もうだいぶ散りかけていたが、日本の卒業式のように桜が咲いていたのはとても嬉しかった。

もうタクミくんとユイちゃんはここにはいないので、私はジュンイチくんを避け、韓国女子二人組となるべく行動するようにした。

彼女たちと連絡先を交換し別れの挨拶をすると、私は3ケ月通ったこの校舎を後にした。

同胞との訣別

・・・すると、校門を出たところでジュンイチくんが私を待ちぶせていた。

無視して通り過ぎようとしたが前を塞がれ、私は諦めて話をすることにした。

ブールジュの旅行以来、二人きりで話すのはこれが初めてだ。

「レイコ、本当に4月にパリに行っちゃうの?」

みんなの前では「レイコさん」と呼んでいたのに、彼は久しぶりに私の名前を呼び捨てにした。

「そうだよ。4月1日に予定通りパリに移るよ。」

「今の彼氏とはどうするの?」

「さぁ・・・。とりあえず続けるとは思うけど、遠距離が続くかどうかはわからない。」

ジュンイチくんは、私の目を熱っぽく見つめながら聞いた。

「俺がパリに遊びに行ったら会ってくれる?」

突然の質問に驚きながらも、私は思っていることを正直に話した。

「もしジュンイチくんがパリに来て、私が一人でいる時に誘惑されたら断る自信がない。

でも、付き合う気はないし、会ってもお互いのために良くないからもうやめよう。」

少し間を置いて、ジュンイチくんは悲しそうにつぶやいた。

「・・・わかったよ。」

そして懇願する目で、私にこう言った。

「最後にキスさせて。レイコのにおいが忘れられないんだ。」

私は断固として拒否した。

「絶対やだ。そんなことしてたらきりがないよ。」

ジュンイチくんを振り切って、ホームスティの家へと急いだ。


トゥールで最も濃密な時間を一緒に過ごしたジュンイチくん。

彼と会ったのは、これが最後になった。

天使の言葉

その日の夜、ラファエルはいつも以上に豪華な料理で私をもてなしてくれた。

「今日まで学校お疲れ様。今夜はご馳走しなきゃね。」

スパークリングワインを抜いて、ステーキも焼いてくれる。

テーブルセッティングも完璧で、部屋を薄暗くしてから、テーブルの上のキャンドルを灯した。

こんな演出、日本だとオシャレなカフェやレストラン以外で私は見たことがない。

不思議に思ってラファエルに質問した。

「ラファエルはいつもこんな風にして、ディナーを食べているの?」

すると、ラファエルは屈託のない笑顔でこう答えた。

「一人ではそんなことしないよ。レイコがいるから、キャンドルを点けたんだよ。」

やっぱりこの人は天使だ・・・。

私は感動したと同時に、「自分にはもったいないくらいの人だ」と思ってしまった。


このディナーで、ラファエルは4月以降の私たちの関係について初めて言及したが、その答えはやはり予想通りだった。

「レイコがパリに行っても、これからも会おう。」

私はとりあえず”Oui.”と返事したものの、ちょっと意地悪くラファエルを試すようなことを言った。

「お金がないからトゥールに会いに行けるかどうか分からない」

「僕がパリに会いに行くのも前向きに考えてみるよ。」

今までの会話で、ラファエルがあまりパリが好きでないこと、お金がないことを私は知っている。

本当に私に会いにパリまで来てくれるのかどうか・・・。

でも今わざわざ「別れる」と決める必要はないし、こればっかりは成行きに任せるしかないな、と私は自分の中で結論を出した。


その夜、忘れられない出来事があった。

ラファエルがベッドで私の服を脱がしてゆくと、真っ赤な下着を付けている私の姿が露わになった。

これは日本から持って来た、自分の下着の中では一番セクシーで気に入っているものだ。

ラファエルは、そんな私を眩しそうに見ている。

そして、はっきりとした日本語でこう言った。

「綺麗ですね。」

・・・コンプレックスだらけだった自分の体が、天使の一言で救われた気がした。


その夜のラファエルは、彼にしては珍しく情熱的に私を抱いた。

あと数日で、私がここからいなくなってしまうからだろうか・・・。


いよいよ明日は、4月1日。

トゥールにさよならをし、パリでの新生活を始める日だ。


ーフランス恋物㉑に続く-

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