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もう御指導はいりません

接することがゼロになれば嬉しい。楽だろう。
でも血が繋がった親子というだけで義務的に連絡することもある。
電話で話す時は必ず身構えて
「なにか嫌なこと言われるだろうか」と気分がふさぐ。
そのぐらい幼少期から嫌なコトバをあびてきた。
会話していて楽しさなんて一切ない。圧迫感だらけ。
一方的な自慢話や説教ばかりでうんざりする。

つい最近の久しぶりの電話でmamaから言われた。
自分(mama)が年老いてきた今、子育ての事で
あの時ああすれば良かった、こうすれば良かったと思う事がある、
だから、「私(mama)のことを教訓にして、
あなた自身は〇〇〇などを頑張りなさい。」
そう言われた。

mamaは、自分が母親として思うようにできなかった事を
今のわたしにやらせようというのだ。

mamaは、今になって思う頑張るべきコトがあったけど
いまになって後悔してる、
だから今、わたしに「頑張りなさい!」と言うのだ。

そんなこと言われなくても
わたしは、できる限りのことを自分の子供に対してしている。
足りない事もあるけど、自分なりに頑張ってる。

わたしは何十年もmamaの顔色をうかがって生きてきた。
どうやったら怒らせないかな。
どうやったら機嫌がよくなるかな。
もうずっと張り詰めた心のままで頑張ってるよ。
これ以上、なにを頑張れって言うの?
今のわたしは、いい大人なのです。
わたしの心をどうか放っておいてください。

昔mamaができなかった代わりに
なぜわたしが頑張るのだろう。
後悔しないようにと言いたいのなら
もっと優しく励ませばいいのに、いつも命令形。
mamaは、子供や友人にいつも指令を出す。
「〇〇しなさい」
「〇〇を頑張りなさい」
もう圧迫感でいっぱいです。
お腹いっぱいなんです。

知ってる? わたしにはわたしの子育てがあるんだ。
相変わらずmamaは
娘や孫を自分のコントロール下に置きたいようだけど。

自分の後悔を、娘に負わせようとする。
だけど「あなたとわたしは違う人間デス」と言えないわたしも情けない。
mamaがヒステリックに怒り出すの嫌だから黙って聞く。

mamaは勘違いしてるんだ。
mamaが昔もっと頑張ればよかったなんて
わたしは思ってないんだ。
そうじゃないの。全然そういう事じゃないの。

わたしは子供の頃
mamaに頑張って欲しかったのではなく
優しくして欲しかっただけなんだ。
わたしの事をちゃんと認めて欲しかっただけなんだ。
叩かないで欲しかった。
良い事をしたら褒めてほしかった。
ただ優しい言葉が欲しかった。甘えてみたかった。

mamaは勘違いしてるよ。
子供が求めてたものは
自分の人格を認めてくれる優しさだったんだよ。

それなのにmamaは
わたしのことを叩いたり
言葉でバカにしたり
何を頑張っても褒めてくれなかった。
いつもきょうだいと比較して、劣ってると言った。

わたしはmamaに頑張って欲しかったんじゃなくって
ただ、心に寄り添って欲しかっただけなんだ。

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