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ロックダウン続くイギリス、おじさん見つめて雨の夜

朝の10時頃に起床。ここ最近晴天が続いていたので、久しぶりの雨がうれしい。
ほぼ引きこもり生活を余儀なくされている私にとって晴天とは、まるで太陽から「ほうら外に出たいだろう、さあ遊びたいだろう?」と拷問を受けているようなものであった。

携帯を見ると、母から

「カメラ送
った 。
(^_^)/」

とのLINEが入っていた(原文ママ)。
時間を持て余した私は、久しぶりに映像作品でも作ろうと実家に置いたままにしていたデジカメをこっちに郵送してほしいと母に頼んでいたのだった。
ありがとう、郵送費どれぐらいかかった?バッテリー送れた?と返信するとすぐに母から電話がかかってくる。
返信を打つのが面倒だったのであろう。
こういうところが親子だなあと思いながら、電話をとる。

日本は夜の6時。
きっと今日の現場を終えた両親が車で高速を飛ばしているところ。お父が木屑で汚れた指でマルボロの赤を吸いながら、助手席の母と私の電話の声にじっと耳を傾けているのだろう。
お母は何かボリボリ食べながら、今日の郵便局での一コマを話し始めた。

現場の昼休み、
母は作業着のままカメラの入った小包小脇に近くの郵便局へと出向く。

「国際郵便送りたいんですけど」

と言うと、郵便局内がにわかにざわめきだった。
さてどうするああちょっと待ってくださいえっとえっと、おばちゃん局員は「国際郵便NG」とばかりにだんまりを決め込み、とうとう全く意味のわかってなさそうな新人の兄ちゃんが「若いから」という理由で引っ張り出され右往左往、とうとう昼休憩の一時間丸ごとかかってなんとか一台のカメラを送ることに成功したらしい。
兄ちゃんが送付先の国の名前を書く欄を指して
「ここに国名、IGIRISUって書いてください!」
と言い放つと、すぐにどこからか上司がすっ飛んできて「UKです」と呟いたそうだ。
IGIRISUってなんかいいね、と私は笑って、昨日と引き続きまたお母と長電話する。
コロナでこんなことになってからと言うもの、私は今まで全然連絡を取っていなかった人たちとこんな風に話している。
今の方が前よりも孤独じゃないと感じるのは、私だけだろうか。
皆が同じひとつの世界に生きているんだな、という思いを私は日に日に強く感じるのである。

階下に降りて、昨日から始めたオリーブオイル飲むやつを2さじ。それと白湯。キッチンは今日も賑やか。
たいしてお腹が減っていなかったので、朝(というか昼)はとりあえずこれで済ます。
さて何か生産的なことしようとペンをとった矢先、フランコから電話がかかって来る。
フランコは、私が働いていたイタリア料理店のオーナーシェフで、変わり者と評判の気さくな兄ちゃんである。
私たちはよく店終わりに客が残したワインを飲みながらくだらない話に興じ、掃除をしながら聞き耳をたてていたウエトレスが「え、ちょっと待ってなんの話?」と心底意味がわからないといった顔をするのを肴に夜な夜な語りあっていた。

「オーイ、元気かー」

相変わらずふ抜けたフランコの、懐かしい声がした。とたん、目の奥がキューとなって涙の前兆、ぐっとこらえるがそんな自分に驚いてしまった。
フランコがロックダウン終わったら郊外に土地買って家を一人で建てようと思ってることや、彼の奇妙なガールフレンドの最近の奇行の数々などもろもろ話尽くして電話を終えるとすっかり夕方になっていた。

やばい今日何もしてないなんかしなきゃと部屋の中をうろついたりなぜかうさぎのイラストをいっぱい紙に書き付けたりしているうちに、
階下から
「夕飯!」
との声が響き渡り、
あっという間に夕ご飯の時間になってしまった。
ルームメイト総勢11名がテーブルを囲みヤンヤヤンヤである。
野菜たっぷりのトマトスープと、手作りのパン2種類をいただく。美味いよ。
ごちそうさまさてさっさか片付けて部屋戻って今度こそなんかしようと立ち上がると、ルームメイトのマリオンから「食後に、雨のお散歩はいかが?」とのお誘い。
今日一歩も外に出ていない私には、あまりにも魅惑的な誘いである。
私はまんまと誘いに乗る。

雨はちょうどいい具合にしとしと降り続いている。
今日は月が見えない系の夜。
レインボー柄の傘をくるくる回しながら歩くトレンチコートにストールがバッチリ決まってる長身のマリオンは新しいイギリス紳士の見本みたいである。いや紳士ではない、淑女か。数週間前に性別を男から女に変更したマリオンは、見た目は紳士だが心は淑女なのである。(彼女については、また今度ちゃんと書いてみたいと思う。)

淑女はみんなが家の外にほっぽり出している壊れたテレビや棚、欠けた皿や机をひとつひとつ吟味しながら歩いている。
釘のはみ出たボロボロの木の板を見てこれはいいと言っている。
何がいいのかわからないがいいね、と言って歩き続ける。

ひとっこひとり歩いていないストリートはしっとりと黒く濡れて光り、私たちの湿った足音だけが、暗い街中に響くようだった。
この非現実感に少しテンションの上がってきた私たちは、夜は近寄らない方がいいと噂されている近所の公園にいってみることにした。

いつもは賑やかな公園が、今はただただだだっぴろい闇だった。

懐中電灯を取り出したマリオンは、夜間の見回り警備員の如くベンチ、木、草、ゴミ箱、と一つ一つ照らしながら歩いている。

本当に静かだね、まじでうちらだけだねとキャッキャ話していたら
ふと背後から、
ペタシペタシペタシ…とリズミカルな足音が聞こえて来るのに気がつく。

私たちは石化した。

ペタシペタシペタシ……。

その足音は、どんどん近づいて来る。

やばいやばいやっぱりこの公園やばいんだよどうしようとしっかりマリオンの二の腕をホールドする私。

意を決したマリオン、ばっと振り向いて懐中電灯の光をペタシの主に当てる。

するとそこに浮かび上がったのは、

眩しいくらいにイエローのジャケット、
そしてパッツパツのショーツをはいた初老の男が走る姿であった。

ジャケットとスニーカーに反射板が付いているので、
彼がペタシするたびにキラキラとした光が私たちの目をうった。

ペタシペタシペタシ……。

彼はそのまま、
懐中電灯の光を全く気にとめることなくペタシペタシと闇へ消えていった。

「……」

しばらくペタシなき後の闇を見つめていたマリオンが口を開いた。

マリオン「彼が、スピナーだ」
私「え?」
マリオン「彼がこの世界を回しているんだ。彼が走ることによって、この地球が回っているんだよ」

ちょっと待ってなんの話?といいかけて私は口をつぐんだ。
これを言っちゃあおしまいだ。
きっとマリオンは私を試しているのだ。もしくは長引くロックダウンで脳がやられたか?しかしここで引いたら負けだ。意味のわからない話に関しては、私だって負けない。

私「…それで今夜は、こんな雨の中私を散歩に誘って、スピナーがちゃんと走ってるか確認しにきたってことか」
マリオン「その通り」

この時点で私は一体スピナーがなんなのか一体マリオンは何を言っているのか微塵も理解していない。しかしスピナーの話は続く。

マリオン「彼が走るのをやめたら、この世界が止まってしまうんだ」
私「それは大変だ。でもスピナーは、眠たくなったらどうするの?」
マリオン「スピナーは眠らない」
私「お腹が減ったらどうするの?」
マリオン「スピナーは食べない。二十四時間365日、ひと時も休むことなく彼は走り続けているんだ。」

人は本当に何かがわからないときは3歳児並の質問しかできないということを私はわかった。
さっきの黄色いオッサンはスピナーであり、世界を回している。食べないし寝ない。聞けば聞くほど、私はスピナーのおじさんについて気になって仕方がなくなってきた。乗りかかった舟である。

私「スピナーは生まれた時からスピナーなの?」

マリオン「その通り。スピナーは、貧しいコーン畑の百姓の家に生まれた。スピナーは生まれた瞬間から立って歩くことができた。それから、彼は両親が収穫したコーンのまわりを一日中ぐるぐる回っていたんだ。両親は、この子は寝ないし食べないし、一体どうしたことだろうと心配していたが、スピナーがそれは嬉しそうにコーンの周りを回っているので、奇妙ではあったけどそれなりに家族は幸せに暮らしていたんだ。
しかしそんなある日、スピナーがあんまり早く回りすぎたせいでコーンの先端が裂けて、そこに時空の切れ目が生まれてしまった。スピナーはそのまま、その裂け目に吸い込まれてしまって、気づいたら違う世界にきてしまった。そう、僕たちの住むこの世界に。そしてこの公園に。スピナーはそれからというもの、毎日毎日ここを走っているんだ。朝から晩まで」

私「……スピナーのおじさんが黄色いジャケットを着ていたのは、コーン畑が懐かしいからなのかな?」

私の目は潤んだ。
マリオンの目も潤んでいる。

そうだね。
おじさん、
いつかあのコーン畑に帰れる日がくるといいね……。

目を腫らした私たちは、
家に帰ってすぐ興奮気味にスピナーおじさんの壮大な物語をルームメイトたちに披露するが「え、ちょっと待ってなんの話?お茶飲む?」といわれそれはあっけなく幕を閉じた。

暖炉には火がくべてあり、散歩帰りの湿った犬が腹を乾かしている。
私はティーカップのぬくみを手のひらに感じながら暖炉の火を見つめる。
今日も一日が終わった。

うとうと重くなっていく瞼の裏で、おじさんが晴天のコーン畑を走る姿をみる。


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