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The Lost Universe 古代の巨大ネコ④巨大チーター・巨大ジャガー

古代のネコ科動物は猛者ぞろいです。最強のネコ科である超巨大な古代ライオン、著しく発達した犬歯を備えるサーベルタイガー。しかし、現生ネコ科動物は古代種より劣っているのかと言うと、それは大きな間違いです。古代ライオンやサーベルタイガーが滅んだ後も、現在の多様なネコたちは見事に繁栄し続けています。これはすなわち、彼らの環境適応力と生存戦略の勝利と言えます。
世界中で大繁栄する様々なネコたち。真の「強者」とも言うべき現生ネコ科動物の大昔の血族を見ていきましょう。


現生ネコ科動物の驚異的能力

哺乳類屈指の名ハンターたち

ライオンやトラはとっても強く、多くのネコ科を圧倒しているように見えます。確かに戦闘能力面において彼らは秀でていますが、ハンターとしての技能では他のネコたちも負けていません。それぞれの種類が驚異的な能力を発揮し、洗練された捕食行動を見せてくれます。
例えば、時速100 kmで獲物を追跡する俊足のチーター。トラの狩りの成功率は5~10%であるのに対し、チーターは約50%もの高い成功率を誇っています。徹底的に高速走行に特化し、高確率で獲物を仕留めるチーターの驚異的能力からは、現生ネコ科動物のすさまじいポテンシャルを感じさせてくれます。

色変個体キングチーターの剥製(ねこの博物館にて撮影)。チーターは時速100 km以上もの速度で疾走可能であり、動物界のスピードチャンピオンです。

ネコ科の環境適応力はすさまじく、生息地に応じたハンティングスタイルを見事に確立しています。好例の1つが、アジアの高山地域に生息するユキヒョウです。彼らは山岳での生活に適応しており、峻厳な斜面を猛スピードで走って狩りをします。他の陸上肉食動物には、決して真似できない芸当です。
サバンナ、山岳地、砂漠、ジャングル。あらゆる地域でネコたちは生態系の上位に君臨しています。現生ネコ科動物たちの強みとは、多様な環境に順応するしなやかさであると考えられます。

ユキヒョウの剥製(松本市四賀化石館にて撮影)。山岳性のネコ科動物であり、険しい岩場を鮮やかに跳びながら移動します。

古代から頭角を現す現生ネコ科動物

戦闘力ならば古代ライオンが最強のネコ科であり、剣の牙を装備するサーベルタイガーも強力な捕食者です。彼らのような超強敵と同じ時代においても、現生ネコ科動物たちは力強く環境適応を果たし、熾烈な生存競争を生き抜いてきました。
現在生きているネコ科の中にはネコ亜科ヒョウ亜科が含まれます(サーベルタイガーはマカイロドゥス亜科)。どのような種類が属するのかをあげると、下記のようになります。

  • ネコ亜科:イエネコ、チーター、ピューマ、オオヤマネコなど

  • ヒョウ亜科:ライオン、トラ、ヒョウ、ジャガーなど

ブリティッシュショートヘアー(ねこの博物館にて撮影)。彼らイエネコの仲間は、チーターやピューマと同じネコ亜科に属します。

ネコ亜科もヒョウ亜科も、捕食者としての能力は驚異的。どちらも軽快かつ活発に動いて獲物を仕留めるタイプであり、そのハンティングスタイルが現在の生態系において功を奏し、ネコたちは世界的な繁栄を手にしました。
サーベルタイガーの攻撃力はとても高いものの、重々しい巨体ゆえに跳躍が苦手であり、獲物に高所へ逃げられたら追いかけるのは困難です。それに対し、同地域での生存競争の勝者であるピューマは、一跳びで高さ約4 mの位置までジャンプすることができます。この運動能力の差によって明暗が分かれ、現代の南北アメリカ大陸ではサーベルタイガーが絶滅し、ピューマが生き残ったのかもしれません。

ピューマの剥製(ねこの博物館にて撮影)。ジャンプの得意なハンターであり、人間を襲った事例も報告されています。

生存競争での優秀さとは、タイマン勝負の強さではありません。ピューマもチーターもジャガーも、捕食者としての能力が秀でているからこそ、現在にまで血族の系統をつないでこられたのです。現生ネコ科動物は、間違いなく生態系における真の強者なのです。

サーベルタイガーが最後の隆盛を極めた新生代後期。地上の植物食動物たちは高速走行能力と防御能力を向上させ、それに対抗するかのようにネコ亜科やヒョウ亜科の中から高度に進化した種類が続々と現れました。
次項では古代ネコ亜科からジャイアント・チーター、古代ヒョウ亜科かはジャイアント・ジャガーを代表として選出し、その実像を探っていきます。

ヒョウの剥製(ねこの博物館にて撮影)。ヒョウ亜科の中ではかなり成功した種類であり、アフリカからアジアにかけて広く分布しています。

古代の巨大チーター・巨大ジャガー

ジャイアント・チーター ~ユーラシアの大地を駆けた古代最速のスプリンター~

最も走るのが速い動物として有名なチーター。
時速100 kmものスピードを大地を駆け、ライオンやヒョウでは到底追いつけないようなトムソンガゼルさえも猛追して仕留めます。桁違いの最高速度に加えて、瞬間的な加速力もすさまじく、スタートダッシュしてから3秒後には時速96 kmに達します。つまり、チーターの接近に気づくのが1秒でも遅れれば、獲物にとっては命取りになるのです!

チーターの骨格(ねこの博物館にて撮影)。しなやかで軽い体躯、小さな頭部。高速走行に適した無駄のないボディです。

現生のチーターはアフリカの限られた地域に生息していますが、古代チーターの大型種はヨーロッパからアジア東部までの広範囲に勢力を広げました。彼らこそが、数あるチーターの中の最大種ジャイアント・チーター(Acinonyx pardinensis)です。約350万年〜約100万年前(鮮新世後期~更新世中期)にかけて永く繁栄していたチーターであり、種としての生存期間の長さから卓越した捕食者であると思われます。
ジャイアント・チーターの体重は120 kg以上に及んだと考えられており、大きさではヒョウやピューマを凌ぎます。現生チーターはアフリカの人々にとってはあまり危険な猛獣とは見なされていないようですが、もしジャイアント・チーターが現代に生きていたのならば、人間を襲って食べることも十分可能だと思われます。

古代のチーターの頭骨(ねこの博物館にて撮影)。かつてチーターの仲間は、アフリカだけでなくユーラシアの広い地域に勢力を広げていました。

ジャイアント・チーターの狩りのスタイルは、現在のチーターと同様であったと思われます。現生種よりも大きくて力が強いので、ハンティング対象となる獲物の幅は広く、きっと中~大型哺乳類も捕食できたはずです。現生チーターのように時速100 km以上で走れたかどうかは不明ですが、体型は酷似しているので、かなりの高速で疾走できたと考えられます。ヒョウよりも大きなチーターが超スピードで猛追してきたら、獲物となるシカやウマはすさまじい恐怖に見舞われたことでしょう。
彼らは疾駆するタイプのハンターなので、平原に生息していたと思われます。サバンナで暮らす現生種と同様、ジャイアント・チーターはヨーロッパやアジアの草原地帯で生活を営んでいたことでしょう。子育て方式もおそらく現代のチーターと同じであり、成獣が複数の子供を産んで育て、最高速ハンターとしての狩りの方法を教えていったはずです。

勇ましさを強調したチーターの剥製(きしわだ自然資料館にて撮影)。巨大なジャイアント・チーターは大型動物に襲いかかり、強力な顎で噛み砕いていたと思われます。

ジャイアント・ジャガー ~ライオンやトラに迫る巨体! 恐るべきジャングルのプレデター~

中南米に生息する大型ネコ科動物ジャガー。猛獣ひしめく森林やジャングルの生態系において、上位捕食者の地位に座す極めて強力なハンターです。水陸問わず優れた活動能力を発揮し、鳥や哺乳類はもちろん、水辺の魚や爬虫類さえも捕食してしまいます。
それほど強力なジャガーの起源は、現在の生息地からずっと離れた地域で生まれたと考えられています。氷期の到来によってベーリング海峡の海水面が低下していた頃、ジャガーの祖先はユーラシア大陸から北アメリカ大陸へと渡ってきました。北アメリカでは85万年以上前(更新世後期)の時代の地層からジャガーのものと思われる化石が発見されており、北方から南アメリカ大陸へと分布を広げていったと思われます。

中南米の捕食者ジャガーの剥製(ねこの博物館にて撮影)。強靭な顎は、小型のカメの甲羅さえも噛み砕いてしまいます。

古代の巨大ジャガーにはパタゴニア産のPanthera onca mesembrinaと北アメリカ産のPanthera onca augustaが知られています。どちらも新生代の更新世後期に繁栄し、少なくとも約1万年前までは生き残っていたようです。ジャイアント・ジャガーの大型個体は体重230 kgほどにもなり、ベンガルトラの成体にも迫る大きさです。なお、ユーラシア大陸西部においても、体重200 kg以上に達するヨーロッパジャガー(Panthera gombaszoegensis)が生息していましたが、本種をジャガーの亜種とは認めない意見が主流ですので、本記事でもヨーロッパジャガーを「ジャガーの1種」とは扱わない方針で考察していきたいと思います。

ジャガーの頭骨(ねこの博物館にて撮影)。物を噛む力は極めて強く、ずっと大きなジャイアント・ジャガーの破壊力はすさまじいものだったでしょう。

現生のジャガーは単独性で、なおかつ獲物の生息状況の都合もあり、大型哺乳類を襲うことはほとんどありません。しかし、ジャイアント・ジャガーはライオンやトラに迫るパワーと大きさを備えており、十分に大型動物を捕食できたと思われます。ジャイアント・ジャガーの獲物の1つであったと考えられるのは、グロッソテリウムなどのオオナマケモノ類です。全長2.5 m近くあるグロッソテリウムの成体はなかなか手強い相手だったと思われますので、ジャイアント・ジャガーは主に幼体や老体を狙ったことでしょう。

オオナマケモノ類グロッソテリウムの骨格(国立科学博物館にて撮影)。見ての通りどっしりした大型哺乳類ですので、ジャイアント・ジャガーやサーベルタイガーは成体との正面対決を避け、老いた個体や子供をメインに狩っていたと思われます。

ここで気になるのは、「ジャイアント・ジャガーはサーベルタイガーと戦ったのか?」ということです。同じ時代に生きている大型肉食動物同士、獲物を巡る衝突もあったと思われます。代表的なサーベルタイガーであるスミロドン・ファタリス(Smilodon fatalis)は、ジャイアント・ジャガーと生息域が重なっており、体格的にも決定的な大差はなかったので、互いに譲らずに争ったのかもしれません。
筆者の推測では、体重が同じ個体ならばジャイアント・ジャガーの方が有利と結論づけます。サーベルタイガーの牙は動きの遅い大型動物を斬りつけるための道具であり、同じネコ科動物との噛み合いでは邪魔になったと思われます。それに対し、ジャガーは少し口を開くだけで相手に噛みつけるうえに、物を噛む力はネコ科動物の中でも上位レベルです。さらに、ずんぐりしたサーベルタイガーと比べてジャガーの方がはるかに身軽に動けるので、インファイトの格闘戦ならば、ジャイアント・ジャガーの優位性は揺るがないと察します。

身構えるジャガーの剥製(ねこの博物館にて撮影)。ずっと大きなジャイアント・ジャガーならば、サーベルタイガーと張り合うこともできたかもしれません。

結果的に、生存競争においては、ネコ亜科とヒョウ亜科の勝利です。戦闘力は高くとも、環境の変化に対応できずにサーベルタイガーは絶滅の道を辿りました。
改めて、地上で繁栄する現生ネコ類のハンターとしての優秀さには脱帽します。間違いなく、ネコ科動物は地球の生命史において、屈指の資質を持つ陸上捕食動物なのです。

更新世末期の気候変動、そして人類の活動によって、特大のネコ科動物はほとんど姿を消してしまいました。体重400〜500 kgにも及ぶ最強の巨大ライオン、野生の双剣を振りかざすサーベルタイガーの勇姿は、現在の世界では見ることができません。
ただし、現代においても、巨大ネコ科動物の目撃がまことしやかに囁かれています。果たして、彼らは古代ネコの生き残りなのでしょうか。

【前回の記事】

【参考文献】
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著:Luke Hunter, 訳:山上圭子訳(2018)『野生ネコの教科書』エクスナレッジ
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動物大図鑑「チーター」NATIONAL GEOGRAPHIC https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20141218/428860/

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