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The Lost Universe 古代の巨大ネコ③巨大サーベルタイガー

サーベルタイガー。その名を聞いたことのある人は多いのではないでしょうか。
ライオンやトラに負けない巨躯、剣のごとく長大な牙。この勇ましい容姿に荘厳なる名前の響きが相まって、サーベルタイガーは知名度・人気共にとても高い古生物となっています
他の大型ネコ科動物に引けを取らない巨体を備え、現生のライオンやトラとは異なる生態を有する古代の「猛虎」。その中の巨大種たちは、どのように太古の世界を生きていたのでしょうか。


サーベルタイガーとは何者か?

攻撃力に超特化した太古の辻斬り

まず、最初にご理解いただきたいのですが、サーベルタイガーはトラではありません。前回の記事でもご説明しましたように、トラはライオンに近い動物であり、サーベルタイガーとは系統が離れています。なお、「サーベルタイガー」という名に学術的な効力はなく、彼らは正式にはマカイロドゥス類というグループに属しています。

最大級のサーベルタイガーことスミロドンの全身骨格(ねこの博物館にて撮影)。異常に巨大化した2本の犬歯が特徴的です。

サーベルタイガーのアイデンティティは、見ての通り、長大かつ鋭利な犬歯です。大型種では、牙の長さは20 cm以上にも及びます。肉食動物の犬歯とは、獲物を仕留める必殺の武器であり、その傾向がサーベルタイガーではかなり強まっています。現生のネコ科動物においても、ウンピョウの犬歯が大きく発達することで知られていますが、相対的・絶対的なサイズではサーベルタイガーの比ではありません。なお、牙がそっくりの形態に収斂進化した事例では、単弓類のゴルゴノプス類もあげられます。

ウンピョウの剥製(ねこの博物館にて撮影)。サーベルタイガーほど顕著ではありませんが、かなり発達した犬歯を備えています。
ペルム紀の単弓類イノストランケヴィアの上顎(大阪市立自然史博物館にて撮影)。サーベルタイガーと同じく、牙が著しく大型化しています。

現在のライオンやトラの牙は、パワフルな顎と相まって、肉も骨も噛み砕く威力を発揮します。一方、サーベルタイガーの牙は、噛むというよりも、切りつけて獲物の失血死させる凶器だったと考えられています。まさしく、彼らは太古の辻斬りだったのです。
サーベルタイガーの体つきはがっしりしており、反面、やや足が短い傾向にあるので、動きはそれほど速くなかったと思われます。つまり、他のネコ科動物とは異なり、猛スピードで長い距離をダッシュすることが苦手だったのです。

サーベルタイガーの復元図(shutterstockのフリー素材より)。見ての通り、重々しい体型ですので、ハイジャンプや長距離ダッシュは苦手だったと考えられます。

彼らサーベルタイガー(マカイロドゥス類)は、ネコ科の中では比較的初期のグループだったと考えられています。漸新世から更新世にかけて、とても多くの種類が誕生し、世界中で繁栄していました。当時の地球には大型で動きの遅い哺乳類が多数生息しており、サーベルタイガーにとって好適なハンティング環境だったのかもしれません。

サーベルタイガーの一種、ゼノスミルスの頭骨(ねこの博物館にて撮影)。マカイロドゥス類は成功をおさめたネコ科動物であり、多くの大型種を生み出しました。

閃く必殺のサーベル! 群れで大型動物を狩る!!

一昔前の古生物図鑑では、マンモスと向かい合うサーベルタイガーの姿がよく描かれていましたが、あれにはかなりの誇張が入っていると思われます。当然ながら、大きさがあまりにも違うので、サーベルタイガーが何頭いても到底マンモスにはかないません。また、必殺の牙は頑丈で鋭利なものの、マンモスの丈夫な毛皮に噛みついたりすれば、逆にサーベルタイガーの牙が折れてしまうでしょう。現在では、サーベルタイガーの主要な獲物はウマやバイソンなど(赤ちゃんマンモスなら捕食できた?)であったと考えられています。

スミロドンの頭骨(ねこの博物館にて撮影)。長い牙は格闘の際に折れる危険性があったため、獲物の硬い部分は避けて、首などの柔らかい急所に噛みついていたと思われます。

サーベルタイガーのハンティングスタイルは、獲物の急所を素早く噛み裂く奇襲型であったと思われます。大切な牙が折れないように、喉笛などの柔らかい場所を選んで噛みついていたのかもしれません。一度刺されば、獲物は体の内外にかなり深い傷を負ったはずです。
犬歯の縁はノコギリのようにギザギザしており、肉を切る効果が高かったと思われます。サーベルタイガーの牙は「刺しながら切り裂く」超凶器だったのです。

たくましいスミロドンの全身骨格(国立科学博物館にて撮影)。彼らのハンティング様式は、現代のネコ科動物とはかなり異なっていました。

重々しい体型と四肢の構造から、サーベルタイガーは獲物との長時間の追いかけっこは苦手だったと思われます。代わりに、かなり頑強な前足と肩を備えているので、大型のウマが相手でもパワーで圧倒できたかもしれません。きっと、前足で獲物を押さえつけながら、必殺の牙を叩き込んだことでしょう。
単体でも、かなり強力なサーベルタイガー。恐ろしいことに、彼らは群れで狩りをしていた可能性があります。なんと、傷の治癒跡のついた化石も発見されており、ケガをして動けない個体に、群れの仲間が食糧を運んでいたのかもしれません。

古代のネコ科動物として、大成功をおさめたサーベルタイガーたち。彼らの中からは、現生の大型ネコ科動物以上の特大ハンターたちが誕生しました。

古代の巨大サーベルタイガー

スミロドン ~新大陸に名を馳せた最大級のサーベルタイガー~

一般的に、サーベルタイガーとして最も引き合いに出される有名な種類。彼らこそが、歴史上で最後のサーベルタイガーと呼ばれるスミロドン属(Smilodon)です。約250万年〜約1万年前(新生代更新世)において、南北アメリカ大陸に生息していました。
スミロドンには3種類が知られており、その中で最大となるのは南アメリカで発見されたスミロドン・ポプラトル(Smilodon populator)です。ウルグアイ産の頭骨化石を用いた試算によると、特大の個体では体重400 kg以上に達した可能性があります。これはグランドピアノ並みの重さであり、大型のクマとも真っ向から渡り合えたでしょう。

スミロドンの復元模型(滝川市美術自然史館にて撮影)。彼らが森林生活を営んでいた場合、ヒョウのような斑紋模様があったかもしれません。

スミロドンの主要な獲物となったのは、中型〜大型の哺乳類です。強靭な前足で獲物を叩き伏せ、トドメに必殺の牙を急所に打ち込むーーその戦法こそが、サーベルタイガーの狩りの王道でした。
先述の通り、スミロドンを含めたサーベルタイガーは他のネコ科動物ほど身軽ではなく、走るスピードも(ネコ科の中では)それほど速くなかったと思われます。ですので、物陰で獲物を待ち伏せ、勢いのあるパワフルな攻撃をお見舞いしていたと考えられます。奇襲型ハンターであるスミロドンは、もしかすると身を隠しやすい森林などで暮らしていたのかもしれません。

マッシヴなスミロドンの全身骨格(滝川市美術自然史館にて撮影)。特殊化しすぎた彼らは、環境の変化についていけず滅んだのかもしれません。

最大級のサーベルタイガーであるスミロドン。とても強靭な捕食者ですが、走るのが遅くて絶滅したと考えられています
更新世の大規模な環境の変化により、地球上の大型哺乳類は激減。加えて、シカなどの植物食動物たちは「速いスピードで走って逃げる」スタイルを選んだため、スミロドンたちは獲物を捕獲することが困難になっていったと思われます。その説を支持するかのように、現在のアメリカに生きている純然な肉食動物は、オオカミやピューマなどの俊足のハンターばかりです
特化型の進化には、メリットもデメリットもあります。スミロドンの辿った運命は、生命史における競争の厳しさを示唆していると言えます。

マカイロドゥス ~世界中で大繁栄! 永き時代に牙を振るった猛ハンター~

スミロドンが猛威を振るう前の地上生態系。当時においても、やはりサーベルタイガーは上位捕食者として世界各地に君臨していました。名だたる強者の中でも、抜きん出た巨体と栄華を手にしたのがマカイロドゥス属(Machairodus)です。約800万年〜約500万年前(中新世後期〜鮮新世前期)の期間、地球上のとても広い範囲に分布していました。アフリカ大陸・ユーラシア大陸・北アメリカ大陸から化石が発見されており、当時の自然環境において、彼らの選んだ生存戦略が功を奏したと思われます。
本属にはスミロドン級に大型化する種類が存在しており、中国産のマカイロドゥス・ホルリビリス(Machairodus horribilis)は体重400 kgクラスに成長したと言われています。これだけの巨躯があるのならば、大型のウシ類を単独で仕留めることもできたかもしれません。頑強な体と相まって、彼らはすさまじいパワーを発揮したはずです。

マカイロドゥスの頭骨(ミュージアムパーク茨城県立自然博物館にて撮影)。スミロドンに負けない大きさと迫力です。

他のサーベルタイガーと同様、マカイロドゥスのハンティングスタイルは闇討ちであったと思われます。奇襲が決まれば、持ち前のパワーと必殺の牙で獲物を即座に仕留められたことでしょう。
彼らの主食は大型の哺乳類。しかし、比べるまでもなく、成体のマンモスには歯が立ちませんでした。当時はコロンビアマンモスという特大種が生息しており、いくらマカイロドゥスが最大級のサーベルタイガーとはいえ、挑むにはあまりにも無謀すぎます。生後まもない幼体を除いて、マカイロドゥスがゾウ類に攻撃を加えることはほとんどなかったと思われます。

数多くの大陸で栄えたサーベルタイガーは、間違いなくネコ科動物の中でも有数の成功者たちです。しかし、環境がガラリと変わった世界においては、現生ネコ科の仲間たちが優勢となりました。それを示唆するかのように、新生代の後期では、ジャガーやチーターなどの種類が次第に勢力を強めていきました。
決して、サーベルタイガーだけが強かったわけではありません。かつての地上には、巨大ジャガーや巨大チーターが存在していたのです!

【前回の記事】

【参考文献】
著:エドウィン・ H・コルバート, 訳:田隅本生(2004)『脊椎動物の進化』築地書館
著:ヘーゼル・リチャードソン, 訳:出田興生(2005)『恐竜博物図鑑』新樹社
著:Tim Haines, Paul Chambers, 群馬県立自然史博物館, 訳:椿正晴
(2006)『よみがえる恐竜・古生物 超ビジュアルCG版』BBC BOOKS
Agnarsson, I., et al.(2010)Dogs, cats, and kin: A molecular species-level phylogeny of Carnivora. Molecular Phylogenetics and Evolution 54: 726–745
富田幸光(2011)『新版 絶滅哺乳類図鑑』丸善
カラパイア不思議と謎の大冒険(2020)「考えられている以上に巨大だった。新生代時代のサーベルタイガー、新たに発見されたスミロドンの頭蓋骨からわかったこと」https://karapaia.com/archives/52289388.html

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