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#23 それぞれの役目

何度、お辞儀を続けただろう

見たことのある先生、顔にハンカチを当てた女性

まだ高校を卒業したばかりらしい、金髪の男の子達

目には涙を浮かべている


遠方から駆けつけてくれた友達

父の元で練習に励んだ野球部員達

近所のおっちゃん


「校長先生・・・」

と、つぶやく女子高生


それにしても、最後尾が見えてこない

さすがに足元がふらついてきた


その時、一人の女性がジンに声をかけた

見覚えのあるその顔は、確かジンが高校3年生の時の担任の先生だった

「ジン、大変やったね、大丈夫?」


そんな言葉をかけられたジンは

あーあ

ついに緩んだ蛇口のように、涙がポロポロとこぼれ始めた


もう、止まらない


この時ほど

悲しみにくれた親族に声をかけることの責任を痛感したことはない


だけど

まるで八つ裂きにされた私達の心に手を当ててくれた人のことは

決して忘れることはないだろう


ジン、泣きたくなったときは泣けばいいやん

今までこらえすぎや


人なんか全員、たいして強くない

泣くのが弱いわけでもない


刹那に正直にならないと、今は一瞬で消えてなくなるよ

私なんか、結局、ずーーーーーっと泣いてる


そういえば・・・

また一つの不安が胸をよぎった

焼香の後には、まだ「お礼の言葉」が残っている


この状況では、兄も泣いていてもおかしくはない

あの人、大丈夫かな・・・

ここからだと兄の様子が見えない


長い焼香がやっと終わり、席に戻ると同時に

横に座った兄の顔を覗き込んだ

場合によっては、母にバトンタッチせざるを得ない


覗き込んだ兄の顔には、涙の跡は見当たらなかった


そして、プログラム通り、昨夜、徹夜で考えた原稿を

喪主として、兄は大観衆の中

少し詰まりながら読み上げた


亡くなった父へ

会場に来てくれた、父と繋がる人たちへ

息子の想いや感謝の気持ちが

うまく伝わったのかどうかは微妙だったけど


告別式の最後を締めくくることができた人間は

兄をおいて他にはいなかったと言うことができる


大人になってからは、正直、兄を尊敬したことはなかったし

頼りになると思ったことも

男らしいと思ったことも、悪いけどない


どちらかというと

優柔不断、だらしがない、判断力も決断力もない

そんな面ばかりを見ていたけれど


この人は、生まれながらの、松永家の長男なんだろう


そして、私達は出棺した



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ここからのことは、記憶に残っている祖父のときと同じだった

エレベーターのような扉の中に入って行って

ボタンを押すと焼かれて、2時間ほどで骨になる


祖父のときと違っていたのは

「ちょっと待って!行かないで!」

とは、思わなかったことだけだった


棺桶を追いかけようとも、ボタンを押すのを止めようとも

もう何も思わなかった


父の顔が満足してたから

目の前に、肉体があろうがなかろうが

もうずっと近くに父がいるような、何か晴々とした気持ちだった


骨を拾って式場に戻ると

最後に初七日の法要があるという


(もう、勘弁してよ・・・)

みんなそんなところだ


また、あの坊さんが出てきたが

どう聞いても、さっきと同じお経に聞こえる


そーっと、隣にいる兄の方を見ると

もう、あぐらをかいて寝ているではないか


(あらら、さっき尊敬したの、却下で・・・)


その隣のジンは、必死に正座と戦っている様子だ

(へんな根性出すヤツやなぁ)


反対隣の夫は・・・

完全に夢の中に堕ちている


そしてその横では、膝に持病を持つ母が

なんと椅子を持ってきて座っているではないか

(お母さん、最前列で、目立ちすぎやから・・・

 お父さん、こんな家族を許してやって・・・)


家族の協力体制のおかげで、私も遠慮なく

足を崩してオヤスミすることができた

疲れはピークを越えて、危なく後ろにひっくり返りそうだった


後で、親戚一同に笑われた

「あんたら、最前列で全員寝てたやろ、情けない・・・」


「オレは寝てないぞーー!」

ジンは言い張っていた

(そうだ、そうだ!)


とにかく、もうこれで全て終了

みんな、やれやれと隣の部屋に食事をしに移動して行った


私はもう少し、父の側にいたかったし、何よりやりたいことがあった

座布団を並べてその上にゴロッと寝転がった

帯がおなかに突き刺さって、今にも吐きそうな気分だった


「あーー、疲れた!座布団、気持ちいいでーー!みんなもやってみいや」

ん?

夫は動かない


まだ寝てるんか?

いや、座ったまま、ちょっとだけ小刻みに動いてる


夫は、泣いていた


(え?・・・おそっ!)

口に出すのはやめといたが

「どうしたの?」


呼びかけると

「けいが可哀想や」

そう言っては、ポタポタと涙が落ちていった







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