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#6 家族

「ただいま」

家には誰もいなかったので、病院へ直行した

見慣れた病院の一室にいる父母の姿を確認すると

それだけで安心するものだ


久しぶりの実家には

母・兄・弟が暮らしているが

3人とも働き盛りで

その上、父の病院に順番に足を運んでいる

家には、朝から晩まで誰もいない


実家でソウタと2人、何ができるだろう・・・

そんなことを考えながら、次の日の朝を迎えた


目が覚めると、頭がガンガンして身体が熱い

布団から起き上がれない

人の気配を感じて、力の限り声を出した


「お兄ちゃーーーーーーーーん?熱が38℃もある、動けんーーー」

「え?ソウタが?」

「なんだ、お前か、困ったにゃ〜。」


初めて伯父になって、すっかり甥っ子びいきになった兄は

ソウタが元気なことで安心して、困った様子も見せず

そそくさと仕事に行ってしまった


母も弟もとっくに仕事に行っていて、家には誰もいない

(しまった・・・寝ていても治りそうにない

 というより、この生後8ヶ月の怪獣”破壊ダー”がいる限り

 ゆっくり寝られるはずがない

 朝一で、ソウタも連れて病院に行こう。薬をもらえば何とかなるはずだ)


情けないことに

私が高熱を出してぶっ倒れたのは、今回だけではない


この大事な2ヶ月の間、実に3度も身体にきた

ムリもないかもしれない


急に父が死ぬと聞いても、いつもの軽い自分を保っていた

不安でビクビクしているのに

誰にも相談できず、泣きつくこともせず

ソウタのママを演じていた


何か得体の知れないモヤモヤが、身体中を埋め尽くして

精神はもうとっくに壊れていたのだろう

そんなことは、無視し続けた



父の容態は良さそうだったり、悪そうだったり

痛み止めの注射や座薬を頻繁に打つようになり

大きなお腹をさすっては

座ってみたり、寝てみたりの繰り返しが続いた


ソウタを連れて行くと、父は喜んだ

少しだけ抱っこをしたり

ベットの柵につかまり立ちをさせて遊んだりしていたけれど


徐々に遊ぶことは少なくなっていった


「ソウタに歩行器買うちゃれ」

「ソウタに水泳教えちゃらないかん」

「オレがもうちょっと元気やったら

 おまえ(ソウタ)とええ友達になれたにゃあ」


ソウタのことはよくしゃべった


「早う元気になって、ソウタの初めての友達になっちゃってや」

私は力強く言えたのだろうか

少し自信がない



主治医の先生から呼び出しをくらった

先生に呼ばれると構えてしまうのは、昔のトラウマだろう


集まったのは、母・兄・私・ソウタの4人


「明日、明後日という話ではないですけど

 もし、危篤状態になった時

 酸素を送って、何日かその状態を保つ方法があります

 意識もなく、話もできませんが

 それをするかしないか

 ゆっくりでいいので、皆さんで考えておいて下さい」

というような話だった


あまり感じのいい先生ではない、というのが印象だった

だけど、まあ、どんな先生が出てきても

そう感じたのかもしれない。とも思った


その夜、父のいない家族会議が始まった


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「どうする?」

母の声には迷いがある

誰も、何も言わなかった


私は、この沈黙に耐えられる気がしなかったので、一気に言った

「延命措置はせん

 だって、おじいちゃんが死んだ時、お父さん、私に言うたもん

 オレがこんなんなった時は、もう管は全部取ってくれって」


5年前、祖父は脳溢血で倒れ、一命は取り留めたが

左半身は麻痺し、孫の私達が誰かわからないまま

ベットの上で半年を過ごして、逝ってしまった


その時、父と約束したのだ

「まかせろ、誰がなんと言おうと、私がそんな機械、全部取っちゃうけん」


ジンが口を開いた

「オレにも言うた。こんなになってまで生きたくないって」


弟とも約束していたのだろうか


「そうか、知らんかった、ほんなら、そうしようか・・・」

兄の声は驚きと納得が入り混じっている


母は黙って頷いた


本当は、みんな迷っていた

どんな姿であれ、父にいて欲しい

存在していて欲しい


5年前なら、簡単に約束できたことが

現実になるとためらってしまう


だけど、それを言ってしまうと

何もかもが崩れるような気がした


私はたまらず、別の言葉が口を出た

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