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#7 崩壊

「私は怒っちょうがやけんね!

 お母さんにも、お兄ちゃんにも、ジンにも。本当に腹が立つ!

 なんで1年も何も言うてくれんかったがか。腹が立つ!!」



「悪かったと思いよるがよ

 ソウタを妊娠して、切迫流産になっちょったけん

 心配かけられんと思うたら、言えんかったがよ」


母の言葉は何度か聞いたし、それくらい考えればわかる

だけど、止まらなかった



「だって、ソウタが産まれてもう8ヶ月経っちょうがで

 なんでそんなにも長い間黙っちょられないかんが?」



とうとうジンが声を荒げた。ジンはたまに、キレる

”キレる中学生”って言葉ができたのは、こいつのためだろう

私に似ているなとも思うのだが、男がキレる様子は、なんだか笑えない



「ちったあ考えれ!

 みんなおまえのことを心配したがよ!

 言うたらそいつ(ソウタ)は産まれてなかったかもしれんがぞ!

 大体おまえも何となく気づけ。

 これでよかった、やるだけのことはやったって

 みんなそう思うようにしようがよ!」


これは黙っていられない、キレる姉弟だから仕方ない


「そんなことわかっちょうわ

 やけん今まで文句の1つも言わんかったやろ

 だけど、1回だけ言わしてもらう

 なんであんたら3人もおって、お父さんを止めんかったがよ

 なんで病気の身体で1年も学校に行かせたが!

 私は止めたかった

 こんなんなる前に、必死で、もう仕事は辞めてって言いたかった!」


こんなことを言っても何も変わらないし、みんなを困らせるだけだ

わかっているけど、このままでは自分を保っているのがキツかった


心の中に溜まっている得体の知れないネバネバしたものを

吐き出してしまいたかった


「止めんかったわけやないがよ

 止めたけどお父さん、聞かんかったが。聞くような人やないろ

 あの人は学校が好きなが

 子どものことばっかり考えよる人なが

 やけん、それなら好きなことを最期までしたらえいわって思うたがよ」


だけど、だけど・・・

涙が止まらなかった


もっと早く知りたかった

私も家族なんだ

もっと父の痛みを一緒にわかってあげたかたった


沈黙を静かに破ったのは、兄だった


「まだ死ぬとは決まってないがぞ

 この前まで、庭で草つつきよったがやけん。またできるかもしれんぞ」



兄は、最後まで人前で感情に負けることはなかった

冷静だったとは言い難いが

私が「動」なら、兄は「静」というのだろう

見た目にも性格も、全く似ていない


私たちは年子なので

ある時はよく遊び、ある時はよくケンカをしたが

年上の兄を慕っていたし、先行く姿を追い越したくて背伸びした


「ほんまに?」

すがるように兄を見ると、コクリと頷いて見せた


「もう寝たや、ソウタも寝かしちゃり」

私の膝の上で気持ちよさそうにウトウトしている息子を抱いて

布団にもぐりこんだ


こんな中でも、ソウタはぐっすりと眠っている

まるで、天使のように・・・と言いたいところだが

正直、子ブタのように太っていて、スヤスヤ、ブーブー眠っている


こんな風に安心してぐっすり眠れることは、幸せなことだ

砂のように流れていく日々の中でも

毎日必ず幸せな時間があることに気づいている人はどのくらいいるのだろう



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父の注文は増え続ける一方だ

痛みを紛らわすため、背中にサロンパスを貼るようになった


吐き気が襲ってくると、洗面器を指差しては

「持ってこい」と無言で要求するが、出るのはツバだけだ

胃には何も入っていない


喉が乾くのか、頻繁に口をゆすぎたがる


そして、とうとうモルヒネが使われはじめた

ズキッ

胸に突き刺さる鈍器が深くなる


こんなことも言うようになった

「夜、眠れん。睡眠薬が飲みたい」



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