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#9 ひとり

その晩父は、早めに睡眠薬を飲み

ひとまず静かに寝ているようだった


私はハッとして

「ちょっと行ってくる!」

ソウタをベビーカーに乗せ、走り出していた


母の声が聞こえる

「こんな時にどこ行くが?

 病院にはお兄ちゃんがおるけん、家におりやー!」


病院のエレベーターに乗りこんで、父の病室を飛び越えた

向かっていたのは屋上だ

忘れるところだった


今日は7/7、年に1度の七夕だ

暗い屋上で、ソウタは不安なのか泣きそうな顔をしている


「ソウタ、大丈夫、一緒にお願いしよう

 彦星様と織姫様に、じいちゃんを守ってって、お願いしよう!」


田舎の夜は早い

20時にもなると、町中真っ暗だ


5階建の病院でも、この辺りでは1番高い屋上で

夜景というより、民家の灯りがちらほらと見える


高校生の頃、こっそり家を抜け出しては

何度か星を見に来た場所だ

立入禁止の場所でもないのに、先客がいたためしがない


あの頃と同じように、ゴロンと寝転がり、天の川を探す

曇っているせいか、よくわからない

いやいや、本当は彦星様も織姫様もどれなのかわからない


もともと星座は苦手で

オリオン座くらいしかちゃんと見えたことがない


別に誰でも、何でもよかった

神様でも仏様でも、キリスト様でもお星様でも

お願いする誰かが欲しかった


父を助けると答えてくれる誰かが欲しかった


人は死ぬと星になると聞いたことがある

それなら、この空のどこかに祖父はいるのだろうか


母になった私と

よだれを垂らしたひ孫の姿が見えているのだろうか


優しかったおじいちゃん、私のことを

「べっぴんや、べっぴんや」

と言っては、ほっぺにチュウをした


思春期に入って、茶髪にピアスの私を誰もが白い目で見てた頃

祖父だけは変わらず目を見て話してくれた

「キライ」と思ったことが1度もない、唯一の人だった


「おじいちゃん、お父さんのガンをやっつけて・・・ 

 助けてよ、助けてよ!

 こんなに必死で頼んだことは今まで誰にも、1度もないやん!」


泣いても、泣いても、怒っても、頼んでも

誰も助けてはくれないと

私はこの時、気づいたのかもしれない


くそ。

誰にもすがるな、頼るな、あてにするな

自分の力でなんとかするしか途はない

けい、どうする?


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そうこうしている間に1ヶ月が経とうとしていた


「もう1回、東京へ行こう!」

私は言い続けた

2回目のリンパ球投与ができる時期が来たのだ


でも、誰も簡単には賛成してくれなかった


四万十市から高知空港までは車で3時間

高知空港から羽田空港まで1時間

羽田から病院まで、タクシーで2時間弱


今の父には遠すぎる

痛み止めを打っても打っても痛みはおさまらない


腹には水が3000ccも溜まっている

足にも水が溜まってきて

足の甲は、ゾウのようにパンパンに浮腫んでいる


栄養は高カロリーの点滴のみ

目の前のトイレまで歩くのがやっとの状態だ


私だって、本当はためらっていた

連れて行っても、帰ってこれるだろうか

疲れて余計に悪化するんじゃないか


父ももう行きたくないと言うかもしれない

だけど、諦めるのは、治らないということ


母は何度か私に言っていた

「けい、東京の病院に電話して

 薬を送ってもらえんかお願いしてみて」


私に頼むまでもなく、母は

東京の病院の院長先生に、何度も薬を送って欲しいと申し出ている


だけどその度に

「病院に来てもらわないと、できないんです」

と断られているのだ


もちろん、簡単に引き下がる人ではないから

「身内のものが取りに行くので売って欲しい」

「うちはこんなに田舎で片道6〜7時間かかるんです」

とか、理由をつけて何度も頭を下げたが、やっぱり

「来てもらわないとできないんです、すみません」

一点張りだったと聞いている


「だけど、あんたが電話してお願いしてみてくれん?」

母はどうして私に頼むのか?


別に電話するのはいいけど、あまり期待が持てないな・・・

だって、私が短気で言葉遣い

がやたら悪いの、知ってるやろ?




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