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理(ことわり)〜素朴な父と、ヤンチャな娘のストーリー〜 小説

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高等学校の校長をしていた父は、退職まであと2年を残した57歳の夏、膵臓ガンでこの世を去っていった。 母:小学校校長 57歳 兄:信用金庫に勤める 27歳 私:新米小学校教諭(育…
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#自分と向き合う

#18 ひととき

母は何も答えらえれず、涙が止まらなかったそうだ そんなこともあってか、付き添いは母でないと嫌がるようになった ソウタも順調に良くなって、私も3日程で元気になったので ソウタを夫に任せて、父の付き添いをすることもあったが 1時間もすると 「お母さんに電話して」 と必ず言い始める 一応電話はするのだが、母は戻ってこない 母もゆっくりご飯を食べたり、持病の治療に行ったり 何かと済ませておきたい用事もあるだろう だけど、2時間が限界だ 「はよう帰って来いって言え

#17 助っ人

母とソウタは小児科へ、私は内科へ 何時間か待たされたのち、風邪だろうというありきたりな診断で 点滴を打ってもらい、お昼を回ってしまった 「お母さん?ゴメン、遅くなった。今どこ?」 「けい、終わった?今、ソウタと4階の小児病棟にいる  実は、ソウタ、入院になって。とにかく来て」 「え・・・・?!ウソやろ・・・」 ソウタは風邪をこじらせて、クループという病気にかかっていた 乾いた、高い声の咳が特徴で 夜になると特にひどくなるので入院することになったそうだ 小さ

#16 母とは

8/1 AM5:00 母からのメール お父さんが眠りから覚めん、心配です、熱もある 様子を見るということで、心電図をつけています 病院へ向かう途中、高鳴る心臓にゆっくりと空気を送り込む 「ふうーーーーーーーー」 落ち着け、大丈夫、大丈夫、、、 「お父さん、お父さん」 呼びかけると 「ん?」 返事をした。 目は開けないが、寝ているだけだろう、そう言い聞かせた 「疲れが出たがやろうかね、ちょっと忙しかったもんね」 母はまだ心配そうに言った このところ、

#15 戦い

「でめきんやーーー!目でかっ!   わはははははーーーーー  けいに似いちょうにゃあ  おまえ、でめきんって名前に変えれ  でめきんー、でめきんーーーーー!! わははははーー」 金魚を見ると思い出す 小さい頃から男勝りだった私は いじめられたことはない それどころか 宿題ができずに泣いている男子が先生に怒られないよう 休み時間、勉強を教えたり いじめっこの男子にムカついて 掃除用具からホウキを引っ張り出して追いかけたこともある 先生が止めなかったら、

#14 祭の夜

父は私を見てすぐに 「帰れ」と言った 月に何度も帰省を繰り返し ソウタも疲れているだろうから、家で休め という意味なのか 自分の身体がキツいので帰ってくれという意味なのか 私もその場にいるのが苦しくなり 早々と病院を出た ものすごい不安の塊に押し潰されそうな気がした 死神というものがいるのなら 詰め寄られているような気持ちになった 子どもの頃、将棋を指したとき 次々と駒を取られ、逃げ場がなくなった王将が 次なる手を必死で探しながら、半ば諦めてしまいそ

#13 手紙

7月13日  昼前、風呂に入るといって家に帰る リンパ球も打ちました でも、痛い、とっても痛い 7月16日  調子がいいようにも思えるが、モルヒネの量は増えている 7月19日 昼から仕事を休んで付き添いです 「あれやれ、これやれ」「遅い、とろい」 と、ケンカばかりです モルヒネがキツくなっている分、痛みも和らいでいるだろうし 東京の薬も効いていると信じて、できるだけ側にいようと思っています 7月28日 こちらはグッとしんどくなっています 母からのメ

#12 遺伝

プーはだいぶ放っておかれたのか けむくじゃらの黒くて怪しい物体になっている まずはこの伸び放題のクリ毛を散髪して 身体もキレイに洗わなければならない 私がそんなことをしている暇はないので 行きつけのペットショップに電話をした 今や空前のペットブームで 1週間、予約がいっぱいだという 仕方ない 1週間後がXデーだ プー、お父さんの病室まで連れて行くからね もうすぐ会えるよ その日は絶好の夏日和で、散髪日和だった 出来上がってきたプーは、流行のテディベア

#11 命

「もしもし、松永さんのお宅です?〇〇病院の院長です  娘さんですか?松永さん、どうですか?」 50代くらいの男性の院長先生の声は、さっきの受付とは違って 穏やかだが強く、緊迫していた 無駄がなく、だけど冷酷さはない 痛みはどうか、腹水の量はどのくらいか、何か食べられるようになったか 父の様子や、母と血液を提供したジンのことまで、細かく聞いてくれた おっと、感心している場合ではい 電話をした目的を話さなければならない 「先生、どうか父に薬を送っていただけません

#10 ジレンマ

次の日の朝、母に聞いた電話番号を回してみた 出たのは、受付らしい男性だった 「もしもし、先日お世話になりました  松永の身内のものですけど、院長先生おられますか?」 精一杯のええ声を出した 「少々お待ちください」 待ちますとも、待ちますとも お忙しいですもんねぇ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

#9 ひとり

その晩父は、早めに睡眠薬を飲み ひとまず静かに寝ているようだった 私はハッとして 「ちょっと行ってくる!」 ソウタをベビーカーに乗せ、走り出していた 母の声が聞こえる 「こんな時にどこ行くが?  病院にはお兄ちゃんがおるけん、家におりやー!」 病院のエレベーターに乗りこんで、父の病室を飛び越えた 向かっていたのは屋上だ 忘れるところだった 今日は7/7、年に1度の七夕だ 暗い屋上で、ソウタは不安なのか泣きそうな顔をしている 「ソウタ、大丈夫、一緒にお

#8 夢

7/6  午前0時 夢の中で電話が鳴っている うるさいな・・・強い、はっきりとしたその音は 「これは夢じゃない!」 急いで電話をとった 「夜分にすみません、松永さんのお宅でしょうか?  市民病院のものです  実は、松永さん、晩に睡眠薬を飲んだんですけど  どうも合わなかったようで、動いたりして、目が離せないんです  どなたか家族の方に来ていただけませんか?」 「わかりました、すぐに行きます」 母と兄を起こして、向かったのは兄だった 気になって、いてもた

#7 崩壊

「私は怒っちょうがやけんね!  お母さんにも、お兄ちゃんにも、ジンにも。本当に腹が立つ!  なんで1年も何も言うてくれんかったがか。腹が立つ!!」 「悪かったと思いよるがよ  ソウタを妊娠して、切迫流産になっちょったけん  心配かけられんと思うたら、言えんかったがよ」 母の言葉は何度か聞いたし、それくらい考えればわかる だけど、止まらなかった 「だって、ソウタが産まれてもう8ヶ月経っちょうがで  なんでそんなにも長い間黙っちょられないかんが?」 とうとうジ

#6 家族

「ただいま」 家には誰もいなかったので、病院へ直行した 見慣れた病院の一室にいる父母の姿を確認すると それだけで安心するものだ 久しぶりの実家には 母・兄・弟が暮らしているが 3人とも働き盛りで その上、父の病院に順番に足を運んでいる 家には、朝から晩まで誰もいない 実家でソウタと2人、何ができるだろう・・・ そんなことを考えながら、次の日の朝を迎えた 目が覚めると、頭がガンガンして身体が熱い 布団から起き上がれない 人の気配を感じて、力の限り声を出

#5 約束

キーンと静かな時が流れていた 父は、悲しそうにどこか遠くを見ているようだった 私は、髪を切られながら考えたことを もう1度整理していた 怒られてもいい また、殴られても仕方ない それでも我慢しようと思った 学校に戻りたかった というより 学校しか行く所がなかった いつの間にか この学校の中にも 自分の居場所ができていたのだ 「辞めたくない。学校に行きたい」 涙がこぼれ落ちた 「そうか…  じゃあ、誰になんと言われても頑張って行こう  お父さん