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#5 約束

キーンと静かな時が流れていた

父は、悲しそうにどこか遠くを見ているようだった


私は、髪を切られながら考えたことを

もう1度整理していた


怒られてもいい

また、殴られても仕方ない

それでも我慢しようと思った


学校に戻りたかった

というより

学校しか行く所がなかった


いつの間にか

この学校の中にも

自分の居場所ができていたのだ



「辞めたくない。学校に行きたい」

涙がこぼれ落ちた



「そうか…

 じゃあ、誰になんと言われても頑張って行こう

 お父さんも、誰になんと言われても、一緒に頑張るけん」


父は、自分に言い聞かせていたのかもしれない

私よりも父の方が

もう学校に行きたくなかったのかもしれない


後になってこの日のことを

他の先生達からよく聞かされることになる

お父さんには味方がたくさんいるんだな

私には味方があまりいないよ


停学は2週間と決まり

なぜか母の提案で

毎日、新聞の「天声人語」を写経することになった

今回は抵抗するのをやめて、書いてあげることにした


そんなことをしたくらいで

人間、すぐに公正できるものではない


ついつい授業をサボって

屋上でバトミントンをしていると


家庭科教師のみっちゃんが走ってきた

黒柳徹子のような弾丸トークと剥き出した目

インパクトが凄すぎて、こらえきれず、爆笑してしまう


「あんたのことで職員会議になった時

 お父さんは職員室にようおらんかったがで!!!

 そうっと出て行ったお父さんの気持ちがわかっちょうがが

 このバカが!またサボって!!」


ラケットで頭を叩かれた

この人はきっと、口から産まれてきたのだろう

キンキンに頭に響く声は

聞き取るだけでエネルギーが吸い取られる


「痛いな!オバはん、うるさい。

 何言いようかわからんけん、しゃべるな!」


しまった

口答えをするとまたもや散弾銃トークが襲ってくる

付き合いきれない 

調理室のレンジが鳴ってるよ、さっさと戻ってくれ


みっちゃんには全く悪いとは思わないが

父には悪かったと反省してる


これから完璧な優等生になるのはムリだけど

もう停学はもらわない


大学に行って、父の行きたかった大学院にも行ってみる

「おまえは急いで社会に出ようとしなくていいから、人と出会え。

 天才と言われる人に会え」


「わかった、やってみるよ」

それだけは、心の中で約束した


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あの日、言った通り

父は3年間、私と同じ高校に勤務した


私の方は

「おまえの親父、またズボンのチャック開いちょったぞ〜」

「昨夜、おまえの親父、酔っ払って道端に寝よったぞ〜」

男子からはよくからかわれた


新しく赴任してきた先生は必ずやってきて

「おまえが噂の松永先生の娘か〜」

と挨拶をしてくれる


茶髪、ピアス、ミニスカート、ルーズソックス

生意気な顔、偉そうな言葉使い


頭の先から足の先まで

珍しいものを見るように眺めては

「松永先生にそっくりや」

そう言って、私に睨まれる


ストレスを感じることもあったけど、3年間、我慢してきたつもりだ

私たちは約束通り、一緒に頑張った

そして、私の卒業と同時に、父も職場を転勤した



父が病気になったのは、私のせいだろう

この話を聞いて、誰もがそう思うでしょ?

みっちゃんが猛烈なスピードで、走って来そうな気がするよ


あの頃、どしてあんなにも父を苦しめたのか

後悔しても戻らない


だけど、あの時確かにできた

父と娘の堅い絆

この人は信じるに値する、私だけの父親だ


どんな時でも、私のためにそこに居る

だから、死んだりするはずがない


私のために生きてくれる

私が治してみせる、私なら治せる


本当にそうなるんだと

強く強く想っていた

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