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#8 夢

7/6  午前0時

夢の中で電話が鳴っている

うるさいな・・・強い、はっきりとしたその音は


「これは夢じゃない!」

急いで電話をとった


「夜分にすみません、松永さんのお宅でしょうか?

 市民病院のものです


 実は、松永さん、晩に睡眠薬を飲んだんですけど

 どうも合わなかったようで、動いたりして、目が離せないんです

 どなたか家族の方に来ていただけませんか?」


「わかりました、すぐに行きます」


母と兄を起こして、向かったのは兄だった

気になって、いてもたってもいられなかったが

もしも暴れだした時には、力のある兄の方がいい


それにソウタはまだ小さい

夜中に起きては、おっぱいを欲しがる

放っては行けない、とにかく今は寝よう、それが賢明だ


陽が昇ると同時に、ソウタの寝顔を確認して、こっそり家を抜け出した

早朝の風はキーンと張り詰めていて

鼻から吸った空気で身体中がキレイになるようだ


町も病院も眠っている

起きているのは、自分だけのような気がした


病院に入ると、父は眠っているようだった

椅子を並べて横になっていた兄は、私を見て少し驚いたが

「ふーーっ」

と、ため息をついた


「どんなんやった?」

聞くと、兄はニヤニヤしながら、何かを食べるマネをした


この人がふざける時は

いつも自分だけ楽しそうにする


「もう大丈夫、さっき起きて、俺に

 おまえ、なんでここにおるがぞ?って言うた

 それまでは起き上がったり、わけのわからんこと言いよったけど

 もう薬からは覚めちょう


 おーーーー、眠たい

 ちょっと帰って寝たいけん、けい、おってくれるか?」


兄は、のそのそと帰って行った

そっか、本当に薬が効きすぎただけか

もしかして頭がおかしくなったかなと、実は心配していた


よかった

椅子に座って、父の寝顔を見ていると

「あれっ??」


手が上がってきて、空気をつかんでは口に持っていく

口はパクパク動いてる


「ははははははーーーー」

思わず声が出た


兄がしていたのは、このことか

何かを食べている夢を見ているのだろう


父は、もう1ヶ月近く何も食べていない

新聞のチラシを見ては

「うまそうな寿司や」「肉が食いたい」

と言っていたのを思い出した


可哀想だが、面白い


今度はちょっと違う

手は口に置いたまま、口は空気を吸っている

そして、口を尖らせて息を吐いた


タバコだ

ふふふ、絶対にやめなかったもんね


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目を覚ました父は、酷く怯えているようだった

「昨日の記憶がない

 起きたらベットの柵が全部立てられちょって、カズ(兄)がおった」


「いつものことやん、隠れて酒でも飲んだがやろ」

「飲むわけないやろ」


冗談に乗ってこない

昨夜の出来事で1番ビビっているのは、父自身だった



父は「土佐の酒豪」に似合う、酒好きだった

毎晩、手酌でビールや酒を飲んでいた


気分がよくなると、決まって私をからかった


欲しいものをねだると

「何でも買うてやる」

と言い、行きたい場所を言うと

「どこでも連れてってやる」

と言った


そして、次の日には何も覚えていなかった

同僚の教師からは「ほら松」と呼ばれていた


外に飲みにいくと、もっとタチが悪い

自転車で出かけて行って、乗って帰って来たことはない

道端でこけては、足や顔から血を流して帰ってくる


扉を開けると、どこでもトイレだと思うらしく

いろんな場所におしっこをする


私はいつもゲラゲラ笑って、バカすぎる!って見ていたが

母は決まってこう叫んでいた

「また!こんなんなるまで飲んで!ほんまにバカや!」


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「すみませーーーーん」

足が勝手にナースステーションに向かっていた


「昨晩は父がお世話になりました」


「いえいえ、初めてやったから、薬が合わんかったがやろうね

 今度は量を減らしたら大丈夫やと思いますよ」


「そうですか、薬は父が飲みたいって言うたがですよね?

 また父が飲みたいって言うたら、飲ませちゃってください

 毎晩でも付き添いに来ますので」


父はただ寝たいのだ

唯一、痛みや苦しみから解放されて

食べたいものを食べて、酒もタバコも飲める場所

そんな風にビクビクせずに

安心して寝かせてあげたい


「おいおい、勝手なこと言うてから・・・」

そう言った兄の顔は笑っていた


だけど、この日以来

父は1人になることを異様に恐がるようになり

本当に毎晩、付き添いを欲しがるようになった


これが

家族にとって過酷な毎日になるなんて

その時、私も、誰も思ってもいなかった


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