見出し画像

#12 遺伝

プーはだいぶ放っておかれたのか

けむくじゃらの黒くて怪しい物体になっている


まずはこの伸び放題のクリ毛を散髪して

身体もキレイに洗わなければならない


私がそんなことをしている暇はないので

行きつけのペットショップに電話をした


今や空前のペットブームで

1週間、予約がいっぱいだという


仕方ない

1週間後がXデーだ

プー、お父さんの病室まで連れて行くからね

もうすぐ会えるよ


その日は絶好の夏日和で、散髪日和だった

出来上がってきたプーは、流行のテディベアカットでキレイさっぱり

病院に連れて行っても問題なし!


いやいや、見つかってつまみ出されるわけにはいかないので

プーを抱いて服の中に隠してみた

うん、誰も気づかないはず・・・


病院の自動ドアを中へ入る

もちろん、計画を知らないプーは

私の気も知らずに、外へ出ようと動きまくる


ベビーカーに乗っているソウタまで、プーが気になって

何か叫びながら、身を乗り出して、今にも落っこちそうになっている

こんな賑やかな3人組、バレない方がおかしいや



外来患者のおばあちゃん達は

「かわいいね〜」と指をさす

誰のことを指しているのか、私ということにしよう

「ありがとうございます!」



ナース服が、敵の居場所に見えてくる

右前方と左前方、左後ろからも迫ってくる

白い服の隙間をかいかぐって、もう、走って突破だ!


エレベーターに飛び込んだ

「早く閉まってよ・・・」

ポチポチ何度ボタンを押しても閉まる時間は変わらない


扉が開いたら、ダッシュで病室に滑り込もう

ゴールは目の前だ

最難関のナースステーション前は

なりふり構わずすり抜けた!


病室を開けて

「お父さん!プー連れてきた!」


やった、セーフだ!着いたよ!

プーは、父を見つけて全力で走って行った

ああ、感動の再会・・・・涙


ほっとしたのも束の間、いや、一瞬だった

「アホか!そんなもん連れて来るな!」


え?::::::::

私もプーも固まった


「はよ連れて帰れ!」


「ええええええーーーーーーーーー

 大変やったがでーーーーーーーーー!」


ぶつぶつ言いながら病室を出た

もう、見つかったっていいもん

堂々と1人と1匹を連れて病院を出た


帰り道、プーに言った

「心配せんでも、お父さんはあそこにおるけんね、近いでしょ

 だけど、もしかしたらもう会えんかもしれんで

 さよなら言えた?」

お別れをするつもりだったのだろうか


画像1


あれ、今気づいたことがある

勝手に祖父にプーを買ってきて、突き返された父と

勝手に父の病室にプーを連れていて、帰れと言われた私は

同じようなことをしているのではないか?


まあいいや

プーは、父を見て、迷わず走って行った

それだけで十分だった



色々やったし、私はソウタを連れて、一旦、大阪へ戻ることにした

2週間、夫を放ったらかしの私に、父は

「おまえ、いつまでおる気ぞ。旦那さんを困らせるな」

と、よく言っていた


「ほんじゃ、ま、帰るわ。また来るけどね」

と言った私に

「おお、オレはこんな様子やけん

 後1ヶ月くらいは休むつもりやけんね」


心配するなと言いたいのか

父は本当に自分の病気をガンだと疑っていない

治るつもりでいるんだと確信した



大阪に帰ると、今までのことが夢のように

家族3人、一見、明るく楽しい日常に戻っていった


私は母に毎日メールを送っていた

「今日はどうですか?」

「痛みはどう?」

「点滴はしていますか?」

「お腹の水はどうですか?」


母からの返信の中には、たまーーーーーーーに

「調子が良さそう」というメールもあったが

大半が深刻な内容だった


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?