マガジンのカバー画像

理(ことわり)〜素朴な父と、ヤンチャな娘のストーリー〜 小説

30
高等学校の校長をしていた父は、退職まであと2年を残した57歳の夏、膵臓ガンでこの世を去っていった。 母:小学校校長 57歳 兄:信用金庫に勤める 27歳 私:新米小学校教諭(育…
運営しているクリエイター

#愛

#28 天空を自在に奔る竜

父とだけは、竜馬の話をしたことがある その頃、NHKでは”新撰組”を放送していた 父はおっさん特有の歴史マニアだった 竜馬と新撰組、太平洋戦争や明治維新などについて 2人で好きなようにしゃべりまくった その会話は多分、噛み合ってない 「今度、赤ちゃんができたら、私が名前つける  ”リョウ”って名前にするが」 「竜馬の”リョウ”か、おまえが考えそうな名前や  もし女やったら、おりょうの”リョウ”やな」 全てを説明しなくてもズバリ、確信をついてくる 父との会

#27 美学

私は高校三年生になった 相変わらず、好きな時間に学校へいき 面倒くさいと授業をサボって 気が向いたらクラブへ顔を出すという 適当な毎日を送っていた 年度はじめには 転勤した先生と、新く赴任してきた先生の 入れ替わりが少なからずあって 離任式という儀式がある この春は、新しい生徒指導の先生がやってきた 体育専門で、柔道部顧問、ガタイがよく、角刈りで ジャージのくせに腕にはロレックスが光っている どう見ても、あっちの世界の人ではないか 前任校は有名なヤン

#26 見えないモノ

お葬式から二日後、面白い話を聞いた うちの斜め向かいには、郷土料理屋さんがある 瓦屋根の立派な門がまえの料亭で 四万十の海の幸、山の幸が豪快に彩られた生きた料理は 命をいただいているような、、ありがたい気持ちになる その料亭の奥さんが訪ねて来た どうしても話したいことがあるというので 私も気になって聞いていた 「松永先生は、ずっと入院されていたんですよね?  つじつまが合わないんですけど  私、一週間前に松永先生を見たんです」 何を言っているんだろう?人

#25 理観

そして、私たちは家に帰った ソウタ、久しぶりにソウタを抱いた気がする ソウタはじいちゃんとお別れをすることができたのだろうか? 出棺のとき、ソウタが 「じーちゃん!」 と叫んだと誰かが言っていた 私にも、その声が聞こえたような気がする ソウタ、あなたがどれほどおじいちゃんに愛されていたかを伝えなくちゃね あなたがママのお腹にいる時 パパはその子に「ソウタ」という名前をつけた パパが昔、留学していた ニュージーランドの青くて大きな空を想って、つけたんだって

#24 思い出

しばらく黙って考えてみた 何も言わず、この2ヶ月、ずっと側にいてくれた夫 人手が足らず、買い物や掃除、家事、育児 お客さんの相手まで、そつなくこなしてくれた 松永家の親族として、長女の夫として いろんな気配りをしながらふるまってくれた 彼なりにたくさんの想いがあって それでも冷静さを保っていたのかもしれない やっと終わった やっと義父を偲んで、気を許していい時が来たのだ 私が初めて、夫を家族に紹介しようと実家に招いた日 父は 「会いたくない」 と言っ

#23 それぞれの役目

何度、お辞儀を続けただろう 見たことのある先生、顔にハンカチを当てた女性 まだ高校を卒業したばかりらしい、金髪の男の子達 目には涙を浮かべている 遠方から駆けつけてくれた友達 父の元で練習に励んだ野球部員達 近所のおっちゃん 「校長先生・・・」 と、つぶやく女子高生 それにしても、最後尾が見えてこない さすがに足元がふらついてきた その時、一人の女性がジンに声をかけた 見覚えのあるその顔は、確かジンが高校3年生の時の担任の先生だった 「ジン、大変やっ

#22 晴着

次の日、早朝から着付けとヘアセットが始まった 私は突っ立っているだけだけど ボーッとしていると、成人式のことを思い出した 「何色の振袖が着たい?」 と聞かれたので 「黒」 と言った 大人ぽくて、怪しげで、かっこいい 憧れたからだった 母は猛反対して言った 「黒はこれからなんぼでも着れる  それに、そんなにええもんじゃない」 結局上から下まで真っ赤っかの いかにもめでたい振袖に決まっていた 次々に装着されていく、憧れていた黒い着物 帯も、帯揚げも何

#21 通夜

お風呂に入れてもらって、スーツを着た父は 喜んでいるように見えた 遺影の背景には、父の愛した黄色い小菊を選んだ 木や花が好きな父は、様々な植物を育てていた 何がおもしろくて、どこがキレイなのかずっと興味がなかったけど 去年の秋、父が手掛けた生涯最後の大輪菊はみごとだった 菊の花びらが天を射していることにはじめて気がついた 葬儀屋は職人だ みるみるうちに祭壇が出来上がっていく 棺桶に入ると、父が寂しがっているような気がした お通夜とは、何をするものなのか、私

#20 混沌

私達とほぼ入れ違いに 父の弟夫婦が、大阪から高知にお見舞いに来たそうだ 父は実の弟の前で、立ち上がったり、字を書いたり 元気に振る舞って見せたらしい 「夏には高知に帰るから」 そう言っていた弟をずっと待って ちゃんと待って、それから逝ってしまった 「あと1、2日かもしれない」 連絡を受けて、すぐに高知へ向かったけれど 父の最期に私は間に合わなかった そうとは知らず、とにかく家に直行してみると たくさんの車が止まっていた 不思議に思って玄関を開けると、叔

#17 助っ人

母とソウタは小児科へ、私は内科へ 何時間か待たされたのち、風邪だろうというありきたりな診断で 点滴を打ってもらい、お昼を回ってしまった 「お母さん?ゴメン、遅くなった。今どこ?」 「けい、終わった?今、ソウタと4階の小児病棟にいる  実は、ソウタ、入院になって。とにかく来て」 「え・・・・?!ウソやろ・・・」 ソウタは風邪をこじらせて、クループという病気にかかっていた 乾いた、高い声の咳が特徴で 夜になると特にひどくなるので入院することになったそうだ 小さ

#16 母とは

8/1 AM5:00 母からのメール お父さんが眠りから覚めん、心配です、熱もある 様子を見るということで、心電図をつけています 病院へ向かう途中、高鳴る心臓にゆっくりと空気を送り込む 「ふうーーーーーーーー」 落ち着け、大丈夫、大丈夫、、、 「お父さん、お父さん」 呼びかけると 「ん?」 返事をした。 目は開けないが、寝ているだけだろう、そう言い聞かせた 「疲れが出たがやろうかね、ちょっと忙しかったもんね」 母はまだ心配そうに言った このところ、

#15 戦い

「でめきんやーーー!目でかっ!   わはははははーーーーー  けいに似いちょうにゃあ  おまえ、でめきんって名前に変えれ  でめきんー、でめきんーーーーー!! わははははーー」 金魚を見ると思い出す 小さい頃から男勝りだった私は いじめられたことはない それどころか 宿題ができずに泣いている男子が先生に怒られないよう 休み時間、勉強を教えたり いじめっこの男子にムカついて 掃除用具からホウキを引っ張り出して追いかけたこともある 先生が止めなかったら、

#14 祭の夜

父は私を見てすぐに 「帰れ」と言った 月に何度も帰省を繰り返し ソウタも疲れているだろうから、家で休め という意味なのか 自分の身体がキツいので帰ってくれという意味なのか 私もその場にいるのが苦しくなり 早々と病院を出た ものすごい不安の塊に押し潰されそうな気がした 死神というものがいるのなら 詰め寄られているような気持ちになった 子どもの頃、将棋を指したとき 次々と駒を取られ、逃げ場がなくなった王将が 次なる手を必死で探しながら、半ば諦めてしまいそ

#13 手紙

7月13日  昼前、風呂に入るといって家に帰る リンパ球も打ちました でも、痛い、とっても痛い 7月16日  調子がいいようにも思えるが、モルヒネの量は増えている 7月19日 昼から仕事を休んで付き添いです 「あれやれ、これやれ」「遅い、とろい」 と、ケンカばかりです モルヒネがキツくなっている分、痛みも和らいでいるだろうし 東京の薬も効いていると信じて、できるだけ側にいようと思っています 7月28日 こちらはグッとしんどくなっています 母からのメ