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#21 通夜

お風呂に入れてもらって、スーツを着た父は

喜んでいるように見えた


遺影の背景には、父の愛した黄色い小菊を選んだ

木や花が好きな父は、様々な植物を育てていた


何がおもしろくて、どこがキレイなのかずっと興味がなかったけど

去年の秋、父が手掛けた生涯最後の大輪菊はみごとだった

菊の花びらが天を射していることにはじめて気がついた


葬儀屋は職人だ

みるみるうちに祭壇が出来上がっていく

棺桶に入ると、父が寂しがっているような気がした


お通夜とは、何をするものなのか、私は知らない

父が死ぬのなんか初めてだし、誰も

「こうしろ、ああしろ」

と教えてくれない


人がたくさん来る

知らないおじさんや、見たことのある顔


みんな、ボソボソと何か言っては、頭を下げて行く

私は何と答えていいのかわからない


「こんばんは?」

「どういたしまして?」

「ゆっくりして下さい?」

違うよね・・・?


「ちゃんとお礼言いなさい」

誰かに言われた

なるほど、お礼を言えばいいのか


「ありがとうございました!」


兄が吹き出した

「おまえ、居酒屋の店員か」


この日、思わぬ人がやって来た

70歳になろうという元気な老人だった


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「パパちゃん!?」

私が叫ぶと同時に、兄とジンが集まった


ずっと共働きだった両親に代わって

赤ちゃんの頃から、私たち3人の面倒を見てくれた家のご主人

元マグロ船船長で、私たちのもう一人の父親と言ってもいい


未だに船を操縦して、日本の漁港を転々としている

ちょうどこの日、町に着いて、父の死を聞いたばかりの様子だった


よく通る太い声で

「おまえら、困ったにゃあ

 パパちゃんが代われるがやったら、代わっちゃるがやに・・・」


嘘でもいい、代られても困るけど、嬉しかった

大きな風呂敷に包まれたようで、安心した


そういえば、今まで誰が私たち兄弟3人に

こんな言葉をかけてくれただろう


大人に見えるけど、父の前ではただの子ども

親を亡くして、不安でたまらない、残された子ども達に

親戚一同、誰も救いの言葉をかけてはくれなかった


血縁とは大した繋がりではない

その時、誰を助けるべきなのか

どんな言葉が必要なのか

私はパパちゃんのような、心の純度の高い大人になりたいよ



長い、長い、通夜だった

どのくらいの人が来たのだろう


最後に来た若い女性は

赤ん坊を抱いて、泣きながら、父のことを一生懸命話してくれた


「校長先生のおかげで、子どもを産むことができたんです

 校長先生に抱っこして欲しかった

 この子に会って欲しかった


 いつも孫のソウタ君のことを自慢して

 子どものために、ゆっくり休みをとって、しっかり見ちゃれって

 言うてくれたがです


 オレが赤ん坊の風呂の入れ方を教えちゃうって

 抱っこの仕方も教えちゃうって

 それやのに・・・・」


私はこの女性のおかげで気づくことができた

父の死が悲しくて、辛くて

誰よりも自分が1番悲しい思いをしていると、勘違いをしてたことに


誰が1番悲しくて、誰が2番に悲しいとか、そんな順番はないし

そんなことはどうでもいいことだ


みんなの中に居る父は

それぞれの人達が接してきた松永安幸という人間で

それぞれの人しか知らない思い出がある


私を見て怒鳴った伯父も、私が怒鳴って帰らせた人達も

私の知らない父との思い出が苦しくて、悲しくて、腹立たしくて

こうして足を運んでくれたのだろう


誰かに伝えたくて、分かち合いたくて

でもうまく言えなくて、結局何も言えなくて

すれ違っていく


お客さんがみんな帰った後も

誰かが食べた残飯の片付け、明日の告別式の段取り

何より最後の挨拶の原稿が出来上がっていない


これは、兄がすることになっていた

こんな大仕事を兄だけに任せておくわけにはいかないと


母と叔母が二人、原稿に目を通しては

「ああでもない、こうでもない、1度読んでみよう」

などと、試行錯誤していた


私も気になって起きていたけれど

体力の限界を感じて、一抜けすることにした


父の部屋を覗くと、ジンと祖母が布団を並べて寝ていた

今夜は2人に譲らないとね

私は夫とソウタがいる2階へと向かった


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