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#27 美学

私は高校三年生になった


相変わらず、好きな時間に学校へいき

面倒くさいと授業をサボって

気が向いたらクラブへ顔を出すという

適当な毎日を送っていた


年度はじめには

転勤した先生と、新く赴任してきた先生の

入れ替わりが少なからずあって

離任式という儀式がある


この春は、新しい生徒指導の先生がやってきた


体育専門で、柔道部顧問、ガタイがよく、角刈りで

ジャージのくせに腕にはロレックスが光っている

どう見ても、あっちの世界の人ではないか


前任校は有名なヤンキー校で

いつも竹刀を持っていたという噂まで聞こえてくる


(やばいかなぁ・・・)

私もそろそろお縄かも


その恐ろしい形相のおっさんが

私の方にガニ股でズンズン歩いてきた


「え?こうちゃん!」

かなり大袈裟に飛びついておいた


「けいか?」

生徒の手前か、顔は笑っていなかったが

目は優しく笑っている


小さい頃、私たち家族は、高校の社宅に住んでいた

こうちゃんは当時、まだ独身で

お兄さんのようだが、凄みのある新米教師だった


酒好きの父と気が合ったのだろう

近くの社宅に住んでいたので

よくうちでお酒を飲んで一緒に遊んでくれた


どんなに恐ろしい顔になっていても

子ども心に宿る姿は、優しいお兄さんだ

付き合いは、全校生徒の誰よりも長い


新い生徒指導がこうちゃんだったおかげで

私は高校生活最後の1年間も

気ままに過ごすことができた、ラッキー!


とは言っても、しっかり怒られて反省をする

学校という組織の中では当然の仕組みを

こうちゃんに怒られては日々が過ぎて行った


いつものように、放送が鳴って、体育教官室に呼び出された

(何かしたっけなぁ?いっぱいあってどれかわからんなぁ)

軽い気持ちでお仕置き部屋へと向かっていた


「なーに、こうちゃん?」

ふかふかのソファーにどかっと座った


部屋には他の体育教師はおらず、こうちゃんだけだった

「おぉ、けいか、腹減ったろ。焼きそば食べて行け 

 オレの手作りはうまいぞ」


何も用事ないんやん

べつにフツー味の”日清の焼きそば”を食べながら

こうちゃんはしゃべりだした


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「オレみたいな男が、なんで教師になったか

 教えちゃろうか?

ふーん、ちょっと聞いてみたい


「なんで?」

「大学のときやった、初めて”龍馬がゆく”を読んだがよ

 こんな面白い本があったか、と夢中になって読んだなぁ

 ほんで、オレはこのままじゃあいかん、と思うた


 あの本読んでなかったら

 多分、元の世界に帰って来れんかったやろうなぁ」


いつも支離滅裂なこうちゃんと

まともな話をしたのは

この時くらいかもしれない


次の春、晴れて大学生となった私は

新しい世界で起こる出来事達が楽しくて仕方なく

何年かは遊びやバイトに明け暮れていた


大学の図書館で

「あっ、これや」

”龍馬がゆく”を手に取ったときは

もう大学も卒業し、大学院生になっていた


迷わず借りて持って帰った

その年になっても私はまだ

自分の歩むべき道を見つけられずに過ごしていた


すぐに本を開いて読んでみた

難しかった。昔言葉やん・・・・

だけど、読めていた


漢字がわからなくても、感覚で読んでいた


龍馬が言葉のわからない中国の本を

感覚で見事に読んでいたように

伝わってきたのだろう


血生臭い時代背景、不平等な制度のジレンマ

ボーッといているようで、芯を捉えている竜馬

何も恐れず、不可能を知らず、寝転がっていつも笑っている


正義や忠誠とは違う

ただ誰も血を流さない

誰も傷つくことのない世界を欲しがった


3回は読んだだろう

笑いながら、泣きながら、そして想う


確かにこの時、私の人生はこのままじゃ何か違う

って、感じ始めていた


高知県民がみんな竜馬ファンというわけではない

高知には至る所に竜馬グッズが並んでいて

地元民は(また、竜馬か)と飽き飽きしている


竜馬のことを熱弁する人はいないし

大阪に出てからの方が、竜馬ファンの熱烈な語りに出会い

違和感を覚えた


私も竜馬と同じように

論破で勝敗をつけようとするのは好きではない


おっぴろげで、隙だらけで

なのに、殺気までもペロって舐めてしまうような

でっかいでっかい懐の竜馬がスキで


そんな風になりたいって

心の中でだけ想っていたい

誰かに語り倒したり、盛り上がりたいわけではない






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