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「イヌジニ」1

公演情報(2015)
公演情報(2016)
トレイラ

チラシ(2015年)


<配役>
安西サクラ 安西の娘 
安西 隆一 動物愛護センター勤務
パラダイス 安西家の飼犬
オリビア  愛護センターに捕獲された犬
明治ココア 愛護センターに捕獲された犬
丸大ハム吉 愛護センターに捕獲された犬
森永マリー 愛護センターに捕獲された犬
江崎グリコ 愛護センターに捕獲された犬
雪印チーズ 雪印家の猫
松坂シコウ 血統書付きの犬
松坂ピカソ 血統書付きの犬
雪印真奈美 雪印家の娘
松坂  徹 ブリーダー
北田  愛 動物愛護センター勤務
館山 裕三 所長

チラシ裏

《アヴァン1》信頼の花

一輪の『オオイヌノフグリ』が舞台中央に現れる。
暗転。

《アヴァン2》朝の裏通り

鼻歌を歌いながら安西が職場に向かっていると、オリビアが片脚を出して座っている。口笛を吹いてオリビアを呼ぼうとする。

安西  「(汚れたオリビアを見て)おまえ、汚ったねえなあ」
オリビア「ふん」
安西  「そうか、お前も随分苦労してきたのか。よしよし」
オリビア「?」
安西  「ん?なんだお前足が悪いのか」
オリビア「ん?」
安西  「そっかー。かわいそうになあ」
オリビア「・・・」
安西  「ああそっかそっかあ(首輪がついてる)お前は大丈夫だな」
オリビア「・・・犬殺しが(立ち上がる)」
安西  「長生きしろよ」

オリビア、脚を引き摺って歩いていく。少し見送ってオリビアと逆方向に行く安西。

《アヴァン3》動物愛護センター・処分所

犬猫処分業務担当の安西が、ため息をつきながらドリームボックス(ガス室)を掃除している。

安西  「はああああ・・・」

弁当を持ってやって来る娘のサクラ。

安西  「おう、サクラ。どうした?」
サクラ 「忘れ物」
安西  「お、ごめん。わざわざ持ってきてくれたのか。ありがとう」
安西  「サクラ」
サクラ 「ん?」
安西  「お前、去年一年で何匹の犬や猫がこうやって殺されたか知ってるか?」
サクラ 「知らない」
安西  「どれくらいだと思う?」
サクラ 「千匹くらい?」
安西  「いや」
サクラ 「知らないって言ってるでしょ」
安西  「犬は3万。猫は10万匹だ」
サクラ 「え?」
安西  「一年で13万の命がこうやって失われるんだってさ」
サクラ 「そんなに・・・」
安西  「まったく、何が動物愛護センターなんだか」
サクラ 「お父さんの仕事は動物愛護とは正反対の仕事だよね」
安西  「ああ。嫌な仕事を押し付けられたもんだ」
サクラ 「じゃあ辞めちゃえばいいじゃんこんな仕事。何の罪もない動物を殺す仕事なんて最低だよ」
安西  「ごめんな。でもこれが今の仕事だからな。おい、お前バイトは?」
サクラ 「あっ!」
安西  「天気予報で夕方から雨って言ってたぞ。事務所から傘持って行きな」

走り去っていくサクラを見送って。

安西  「何の罪もない動物を殺す仕事か・・・」

《1場》安西の家・ダイニングキッチン

父一人子一人の小さなマンション。
包丁で野菜を切る音。サクラが夕食の支度をしている。
飼い犬のパラダイスがいる。

パラダ 「ごはんまだ?」
サクラ 「はいはい。ごはんね、ちょっと待ってて」
パラダ 「メシなんてちゃっちゃと作ればいいんだよ。ちゃっちゃと」
サクラ 「はいはい。分かったから。はいごはん」

パラダイスの前に牛丼的なものが置かれる。
パラダイス、それをテーブルに置くこともなく食べ始める。

パラダ 「うん、美味い!」
サクラ 「パラダイスは本当に美味しそうに食べるよね」
パラダ 「(ふと食べるのを止めて)くっせー。まただ!」

帰ってくる安西。

安西  「ただいま」
サクラ 「おかえり」
パラダ 「おっさん。超クサイんですけど」
安西  「ただいまパラダイス」
パラダ 「やめろ、その上着のまんま抱きしめるのは・・・うわっ!クサっ!」
サクラ 「ごはんもうすぐだから」
安西  「うん(とビールを取りに行く)」
パラダ 「何のニオイだよ。おっさん外で何やってるんだよ」
安西  「パラダイスも飲むか?」
パラダ 「飲まねーよ」
安西  「犬は飲んじゃダメなの」
パラダ 「だから飲まねえって言ってんだろ。いいから着替えろよおっさん」

ビールを飲んで一息。テレビを点ける。

安西  「サクラ」
サクラ 「何?」
安西  「俺な、今の仕事、辞めようと思ってる」
サクラ 「え?辞めてどうするの?」
パラダ 「ほんとだよ。バカなんじゃない?」
安西  「何かあるだろ。ハローワークにでも行けば」
パラダ 「ハローワーク?」
サクラ 「甘い。だいたいお父さん自分が何歳だか分かってる?」
安西  「48」
サクラ 「48。絶対に無理。絶対に仕事見つかんないって」
安西  「そうか?」
パラダ 「そうだよ」
サクラ 「当たり前でしょ。みんな自分の会社にしがみついてリストラされないようにしてて、それでもリストラされて無職になってる時代だよ。そんな時代に公務員を辞めちゃうなんてお父さん、暴挙だよ。暴挙それは」
安西  「そうだよな」
パラダ 「でもこのクサイ仕事はやめて欲しいんですけど」
サクラ 「部署を替えてもらったらいいじゃん」
安西  「無理だよ。替わってくれる人だっていないんだし。言ってもムダ」
サクラ 「でも聞くだけ聞いてみたらいいじゃん」
安西  「まあ、もう少し頑張ってみるよ。悪いことばっかりじゃないかもしれないし」
サクラ 「動物を殺す仕事でしょ」
パラダ 「動物を殺す仕事?」
安西  「・・・まあなあ」
パラダ 「ん?おばあちゃんのニオイがする」

ピンポーン

安西  「はーい」

安西とパラダイスが出る。来たのは隣人の雪印真奈美。

安西  「ああ。雪印さんとこの」
雪印  「真奈美といいます」
パラダ 「おばあちゃんじゃないじゃん」
雪印  「こんばんは。すいませんこんな時間に」
パラダ 「本当だよ。何しに来たんだよ」
安西  「いえ。まあどうぞこちらに」
雪印  「お邪魔します」
安西  「それで、何か?」
雪印  「実は、私の従兄弟がブリーダーをしてまして」
安西  「はあ」
雪印  「ブリーダーっていうのはペットを繁殖させて育てる仕事なんですが」
安西  「分かります」
雪印  「それで先日犬が赤ちゃんを産んだんですよ。3匹も」
安西  「ええ。それで?」
パラダ 「めでたいじゃねーか」
雪印  「ラブラドールなんですけど、まだ生まれて間もないんでこんなに小ちゃくて、とっても可愛いんです。でも問屋さんに引き取ってもらう数は決まってるらしくて、簡単に言うと余っちゃったらしいんです」
パラダ 「余っちゃったってなんだよ」
雪印  「それでいろいろ貰い手を当たってみたんですけどなかなか引き取ってくれる人が見つからなくて。それで家族で相談をして安西さんのお宅でどうかなって思いまして」
安西  「え?うちで?」
雪印  「お父さまが保健所にお勤めって母に聞いたものですから。ペットには造詣が深いんじゃないかって。それで」
安西  「すいませんがうちも犬を飼ってるんですよ。もうこれ以上は」
雪印  「ああ、そうですよね。・・・パラダイスくんでしたっけ」
パラダ 「パラダイスです」
安西  「ええ。お役に立てずすいません」
雪印  「安西さんが最後の砦だと思ってたんで」
安西  「そう言われましても、うちも手狭なんで、すいませんが」
雪印  「わかりました。それじゃあ・・・せめて処分をお願いしてもいいですか?」
サクラ 「処分?」
パラダ 「処分?」
安西  「あの処分ってどういう意味ですか?」
雪印  「お父さまは保健所で動物の殺処分をご担当なさってるって母が言っていたものですから。もし断られたら処分をお願いするように言われて来たので」
安西  「はあ、そういわれても・・・」
サクラ 「(来て)すいません。帰っていただけますか」
雪印  「え?間違ってました?母から殺処分のご担当だって聞いていたものですから」
安西  「間違ってませんよ」
雪印  「良かった。でしたら是非」
安西  「真奈美さん。すいませんが仔犬をお預かりすることはできません。ちゃんと保健所で手続きを取っていただくように、お母様に伝えていただけますか。」
雪印  「でもそれって二度手間じゃないですか。折角安西さんがご近所なのに」
サクラ 「二度手間。今二度手間って言いました?」
雪印  「え?ええ。だって二度手間ですよね」
サクラ 「あなたの従兄弟の飼ってる犬ですよね。育てるならまだしも処分することが手間だっていうんですか?ひどくないですか?」
雪印  「ひどい?」
安西  「おいちょっとサクラ」
サクラ 「お父さんは黙ってて!そもそも増やしたらいけないことが分かってて、どうしてポンポンポンポン産ませるんですか?命ある生きものなんですよ」
パラダ 「うむ」
雪印  「でも、あなたのお父さまはその命を処分する仕事をしてるんですよね?」
サクラ 「それは・・・そうですけど」
雪印  「要らない動物の命を保健所で引き取って貰えるのにそれを使うななんて。ひどいなんて言われる意味がわかりません」
サクラ 「うううう」
雪印  「私だって命の尊さくらい分かってます。それでもどうしようもないから、処分してくださいって頼んでるんです」
サクラ 「どうしようもなくないじゃないですか。そんな簡単に処分を頼むのはおかしいって言ってるんです」
雪印  「じゃあどうしろって言うんです?私は正当なことを言ってるだけなのに人でなしみたいな言い方されて」
サクラ 「一緒に住んであげればいいじゃないですか」
安西  「うん。雪印さんの家大きいし、犬がいても困らないんじゃ」
雪印  「うちはチーズで手一杯で。それに母が犬は苦手なんです。家も犬臭くなるし」
サクラ 「家が臭くなるからって・・・そんな理由で殺される犬の気持ちになってみたらどうです?ひどいことをしてるって思わないんですか?」
安西  「おいサクラ・・・すいません」
雪印  「こんなこと言われるとは思いませんでした」
安西  「すいません、サクラ言い過ぎだぞ」
雪印  「このこと全部母に伝えておきますから」
サクラ 「どうぞご自由に!もう帰ってください!」
安西  「おい」
雪印  「お邪魔しました(バタン)」
安西  「すいませんでした」
パラダ 「あいつムカつくわー」
サクラ 「お父さんは何で言い返さないのよ!」
安西  「すまないな。こんなこと言われる筋合いじゃないのにな」
サクラ 「飼い主としてのモラルがなさ過ぎるんだよ」
安西  「モラルな」
サクラ 「あんな人ペットを飼う資格ないよ!」
安西  「そうだな・・・」
サクラ 「お父さんもしっかりしてよ!」
安西  「ごめん」
サクラ 「ああ、もうイライラする・・・イライラするー!あいたたっ!」

雷鳴と稲光。キーンという音が脳内に響き渡る。

安西  「サクラ?」
サクラ 「・・・いたたたた」
安西  「サクラどうした?」
サクラ 「頭が割れそう」
安西  「急にあんなに怒るからだ」
サクラ 「いたい・・・いたたた」

のたうちまわるサクラ、尋常じゃない。雷鳴が近くなっているのがわかる。

安西  「おい。大丈夫かサクラ?サクラ!サクラ!」

バッシャーンと落雷。バッタリ倒れるサクラ。
静寂に雨音がフェードイン。


サクラ 「あれ?全然痛くない」
安西  「大丈夫か?」
サクラ 「全然大丈夫」
安西  「一応医者に行ったほうがいいんじゃないか?」
サクラ 「だって全然痛くなくなっちゃったんだよ。何だったんだろう今の?」
パラダ 「大丈夫なのか?」
サクラ 「うん、うそみたいに」
パラダ 「なら良かった。心配しちゃったよ」
サクラ 「ごめんごめん・・・?」
安西  「どうした?」
サクラ 「え?」
パラダ 「あーびっくりしたよまったく」
サクラ 「お父さん・・・私おかしいかも」
安西  「やっぱり診てもらったほうがいいな」
サクラ 「そうじゃなくて・・・パラダイスが!」
パラダ 「何だよ。やっぱ痛いの?」
サクラ 「お父さん・・・ヤバイ」
安西  「ヤバイ?」
サクラ 「私、パラダイスの言葉が日本語に聞こえる」
安西  「え?」
サクラ 「だから!パラダイスと普通に会話ができるの」
安西  「何をバカな」
パラダ 「マジで?」
サクラ 「ほら、今マジで?って言った」
パラダ 「チンコ」
サクラ 「ほら、今チンコって言った」
安西  「サクラ・・・診察券どこだ?」
サクラ 「やだ、今のはパラダイスが言ったの。やめてパラダイス」
パラダ 「へっへっへっへ」
安西  「疲れてるんだな。病院いったほうがいい」
サクラ 「うん。ちょっと妄想がひどい」
パラダ 「おーい」
安西  「やっぱり病院へ行こう」
サクラ 「うん」
パラダ 「おーい」
安西  「診察券診察券」
パラダ 「サクラの妄想なんかじゃないよ。聞こえてるんだろ?」
サクラ 「え?ヤダヤダヤダヤダ」
安西  「何だって?」
サクラ 「パラダイスが妄想じゃないって」
安西  「いやそれ自体が妄想かもしれない」
サクラ 「そうだよね。ダメだダメだ」
パラダ 「妄想じゃねえっつってんだろ!サクラ、聞け!今から俺が何をするか言ってやる。そのあと俺がその通りに動けば妄想じゃないって証明になるな」
サクラ 「妄想じゃないって証明するって」
安西  「分かった」
パラダ 「じゃあ今から三回転がってから父さんの前でチンチンするから」
サクラ 「三回転がってからお父さんの前でチンチンするって」
安西  「ほんとか?」

パラダイス、三回転がってから安西のチンチンを揉む。

安西  「うわー」
サクラ 「見た?」
安西  「見た・・・本当だ。じゃあパラダイス、俺の言うことも分かるのか?」
パラダ 「当たりめーだろ」
サクラ 「当たり前だって」
パラダ 「おっさん、あんたクサイんだよ。着替えてくれよ」
サクラ 「お父さん、クサイから着替えてくれって」
安西  「クサイ?」
パラダ 「犬の死んだニオイがする」
サクラ 「犬の・・・犬のニオイだって」
安西  「え?ああ、ごめん。すぐに着替えるわ」

安西、着替えに行く。

パラダ 「おい、おっさん本当に動物を殺す仕事なんか?」
サクラ 「そんなことあんたは知らなくていいの!」
パラダ 「なんだよ。その言い方!」
サクラ 「パラダイス。あんたがそんな偉そうな口の利き方してるなんて知らなかった。もう幻滅。ペットならペットらしくもっと可愛い喋り方しなさいよ!」
パラダ 「俺は昔からこういう喋り方なんだ。何年一緒に住んでるんだよ。お前が知らなかっただけだバーカ」
サクラ 「それは、聞こえなかったから」

安西、戻ってきて

安西  「サクラ、パラダイスは何て?」
サクラ 「お父さん、こいつ全然可愛くない」
パラダ 「何言ってんだ。さっきキスしたばっかりじゃねえか」
サクラ 「わ!そうだった。うわーヤダ。もう二度としない」
安西  「あの」
サクラ 「お父さん、こいつ私とキスしたなんて言うんだよ。ひどくない?」
安西  「お前いっつもパラダイスにチューってしてるじゃないか。何を今更」
サクラ 「それはこいつが可愛いペットだったからよ。喋ったらなんか・・・」
安西  「どんななんだ?」
サクラ 「なんかヤンキーの兄ちゃんみたいなの」
安西  「パラダイスがヤンキーの兄ちゃん?こんなに可愛いのに」
パラダ 「サクラ、いつもみたいにチューしてくれよ(追う)」
サクラ 「やめて!来ないで気持ち悪い」
パラダ 「いいじゃねーかよ」

外から犬の遠吠えが聞こえてくる。

パラダ 「お、近いな」
安西  「犬の遠吠えなんて珍しいな」
パラダ 「サクラ、何言ってるか分かるか?」
サクラ 「なんかすごく怒ってるのに、すごく悲しそう」
パラダ 「帰りたいって泣いてる」
サクラ 「子供?」
パラダ 「いや」
サクラ 「ちょっとパラダイスと散歩に言ってくる」
安西  「いや、いいんだけど・・・ごはんできた?」
サクラ 「え?」
安西  「父さんおなか空いちゃって」
サクラ 「あ、ごめん」
パラダ 「お前、おっさんにメシぐらい作ってやれよ」
サクラ 「あんたが急に喋り出すからでしょ!」
パラダ 「どうせ今だけだよ」
サクラ 「そうかな」
パラダ 「どうせ寝て起きたら元通りってオチだよ」
サクラ 「せっかくパラダイスと喋れてるのに」
パラダ 「今夜はゆっくり語ろうぜ」
サクラ 「なんかヤダその言い方」
安西  「あの、ごはんをー」
サクラ 「あ、ごめん!すぐ作る!」
パラダ 「ちゃっちゃと作れよ、ちゃっちゃと」
サクラ 「あー、うるっさい!」
安西  「ごめん」

暗転。


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不要な命を処分することは動物愛護法で認められています。その対象のひとつに「家庭動物」の文字が。ペットが不要になったら殺してもいい。本当にそうなのだろうか。これから超高齢化社会に突き進んでいく日本にとって「不要な命」とはなんだろう。

舞台台本です。最重要部分以外は無料で読めます。 保護犬・保護猫の制度が浸透していなかった2015年初演。後に「雀組ホエールズ」の代表作の…

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