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「ありふれた愛、ありふれた世界」13

シーン13 病院・愛の病室(夜)

愛の手を握っている今日子。脇に浩二。

今日子 「・・・私、バカだった。愛は勝手に育つものだと思ってた。でもそんなことない。愛だっていつ事故に遭うか分からないし、これから何事もなく普通に育つ保証なんてないんだって、今ごろ気付いた」

今日子を躊躇しながらも、守るように抱きしめる

浩二  「大丈夫だよ。絶対に上手くいく」
今日子 「パパ」
浩二  「ん」
今日子 「愛が良くなったら家族で旅行に行きたい」
浩二  「いいね。なんかのんびりできるとこに行こう」
今日子 「ディズニーランドじゃないの?」
浩二  「じゃあディズニーランドでのんびりしよう」
今日子 「約束だよ」
浩二  「約束だ」
今日子 「愛、早く良くなるんだよ。そしたらパパとママがいっぱい楽しいこと教えてあげますからね」
浩二  「そうだぞ。この世界がどんなに楽しいか、パパがぜーんぶ教えてあげるからね」
今日子 「パパ、愛はどんな人と結婚するのかな?」
浩二  「け、結婚は早いだろ」
今日子 「いつかの話だよ」
浩二  「いつかパパみたいな人と結婚したいって言ってくれるかな」
今日子 「幼稚園に入ったら私が言うようにしといてあげる」
浩二  「お願いします」
今日子 「うふふ・・・」
修一声 「こんばんは」
浩二  「どうぞ」

修一と世界を抱いた麗子とゆず。

ゆず  「麗子?」
今日子 「お姉ちゃん!」
ゆず  「大変だったね」
浩二  「キョン姉」
麗子  「・・・手術明日でしょ、成功するといいね」
浩二  「ヒロ兄が手術するんだ。大丈夫だよ」
麗子  「じゃあ安心だね」
今日子 「私、お義姉さんに謝らなくちゃいけないことがあるんです」
麗子  「ん、なに?」
今日子 「私、世界ちゃんがダウン症だって聞いたとき、愛が普通に生まれて来て良かったって思いました。でも入れ替わって、こんなことになって」
ゆず  「麗子」
今日子 「本当にごめんなさい」
麗子  「・・・」
浩二  「俺も麗子と同じように思ってた・・・ごめん」
修一  「今日子ちゃん」
麗子  「・・・私は世界を産んだおかげで自分がどんなに自分勝手なのか思い知った・・・世界が生まれてくるまでは、障害者を見れば『かわいそう』とか『大変そう』とか思ってたくせに、いざ自分がそっち側の立場になった瞬間に『かわいそうって思われたくない』『大変そうだって云われたくない』って・・・人間って勝手な生きものだよ。お母さんのことも責められない・・・いやだね。当事者にならないと気がつかないなんて」
今日子 「ごめんなさい」
麗子  「言ってくれてありがとう」
ゆず  「明日の手術、何時から?」
浩二  「10時」
ゆず  「愛ちゃんなら大丈夫」
修一  「うん。元気になるに決まってる」
今日子 「そうね・・・」
浩二  「心配するなって。俺たちの子だぞ」
今日子 「そうだよね・・・」

みんな愛を見つめて。

麗子  「麗子ちゃん、愛ちゃんにお母さんのおっぱいをあげたいんだけど、いいかな」
今日子 「え?」
麗子  「麗子ちゃんのおっぱいが愛ちゃんの一番の薬でしょう?」
ゆず  「さすが今日子さん」
今日子 「ありがとうございます。じゃあ私も世界ちゃんに」
麗子  「世界よかったね」

二人、互いにおっぱいをあげる。

ゆず  「おー。いい飲みっぷり」
今日子 「愛、いっぱい飲んで病気なんて吹き飛ばそうね」
麗子  「(飲ませている)世界、愛ちゃんに頑張れーって」
今日子 「愛、元気になろうね」
麗子  「世界、元気になった愛ちゃんといっぱい遊ぼうね」

不穏なノイズが聞こえてくる。
それに気が付かずに

今日子 「世界ちゃんと一緒に小学校行って」
麗子  「愛ちゃんと一緒に旅行に行って」
今日子 「中学校行って」
麗子  「美味しいものいっぱい食べて」
今・麗 「恋をして・・・」

心のボタンを押された音「ブチン」
照明がとんでもないことになる・・・奇跡が起こった。
ビビビビッ!不思議な大音量のSE。やがておさまる。
何も気付かずにおっぱいをあげ続けている母親たち。

浩・修 「おおおおおおおおおお!」
ゆず  「なになになになに!」
浩二  「今、カミナリが落ちなかった?」
修一  「落ちました!」
ゆず  「落ちた落ちた!」
今日子 「え?」
浩二  「こうドーン!って」
ゆず  「ねえ」
修一  「近かったですよね」
今日子 「疲れてるんだね。世界が飲み終わったら帰ろうか」
浩二  「え?何言ってんの」
修一  「聞こえなかったんですか?」
ゆず  「あんだけ音したのに」
麗子  「聞こえないよねえ、愛」
今日子 「パパたち何言ってるんですかねー世界―」
麗・今 「ん?・・・愛?(世界?)」

顔を見合わせる。

今日子 「麗子ちゃん」
麗子  「お義姉さん・・・てことは・・・」

窓に映った自分を見る麗子。

麗子  「戻った・・・お義姉さん、戻ってます」
今日子 「ほんとだ!」
修一  「何?何?どうした?」
今日子 「戻った・・・」
ゆず  「戻った?」
浩二  「ママ?」
麗子  「パパ!」
修一  「今日子ちゃん?」
今日子 「修ちゃん!」
浩二  「ほんとに?キョン姉じゃないの?」
麗子  「私よ。パパ」
浩二  「ほんとに?ペチャパイキョン姉じゃないの?」
今日子 「あんたひっぱたくわよ」
修一  「今日子ちゃんだ!」
麗子  「パパ!ただいま」
今日子 「戻ったって言ってるでしょ!」
浩二  「ママか?麗ちゃんママなのか?」
麗子  「はい」
5人  「やったーーーーーー」
ゆず  「よかったー。さっきまで良くわかんなかったのよねえ」

小躍りして喜ぶ修一と浩二。

今日子 「ほら!赤ちゃんごはん中なんだから」
修一浩二「すいません」
ゆず  「男どもはあっち!」
修一浩二「はい」

そこに慌てて弘一と明日香が入ってくる。

弘一  「大丈夫か!」
明日香 「大丈夫?」
今日子 「あっちいって。おっぱい中!」
弘一  「あ、ごめん。今カミナリが落ちただろう・・・あれ?」
明日香 「キョン姉?」
今日子 「だからおっぱい中だって!」
明日香 「見ちゃダメ!」
弘一  「ごめん!戻ったのか?」
今日子 「戻ったわよ!」
明日香 「キョン姉だ・・・」
弘一  「本当か!」
修一  「ヒロ兄、本当ですよ」
弘一  「そうか。なんだったんださっきのカミナリは?」
明日香 「何だったんだろうね?」
ゆず  「分かった!」
明日香 「なんですか?」
ゆず  「戻った音じゃない?」
明日香 「戻った音・・・なるほど」
ゆず  「そう!」
明・ゆ 「イエーイ」
浩二  「仲いいな」
ゆず  「朝まで飲み明かした仲だもんねー」
明日香 「ねー」
弘一  「戻ったのか」
麗子  「でも何で戻ったんでしょうか?」
修一  「さあ?」
浩二  「何かきっかけがあったのかなあ?」
今日子 「いや別に・・・ねえ」
麗子  「ええ、特には」
弘一  「そうか・・・そういうことか!」
今日子 「何?」
明日香 「何か分かったの?」
弘一  「ああ、こいつらだよ(指で示す)」
今日子 「世界?」
麗子  「愛?」
弘一  「そう、愛は麗子ちゃんのおっぱいを吸って、自分の元気なとこを見せたかったんだよ。世界はそれを応援してるって伝えたかったんだ」
麗子  「でもこんな赤ちゃんがそんなこと」
弘一  「赤ちゃんだからだよ。赤ちゃんだからお母さんのことを大切に思ってくれる。奇跡を起こして『ママ大丈夫だよ』って言ってるんだ」
麗子  「愛、ママは愛が手術から戻って来るのを楽しみに待ってるからね!」
明日香 「ヒロ兄、頼んだよ」
弘一  「ヒロ兄?」
明日香 「何よ。ヒロ兄はヒロ兄でしょ?」
弘一  「あ!」
明日香 「何いきなり大っきい声出して」
弘一  「止まった」
明日香 「止まった?」
今日子 「何が?」
弘一  「まかせとけ」
浩二  「ああ」
弘一  「俺が絶対に治してやる。心配しないで待っててくれ」
修一  「心強いです!」
ゆず  「愛ちゃんをよろしくお願いします!」
弘一  「うん」
浩二  「ヒロ兄、愛のこと頼んだぞ。俺たちもヒロ兄を応援するからな」
明日香 「頑張れ頑張れヒロ兄!」
みんな 「頑張れ頑張れヒロ兄!」
今日子 「頑張れ頑張れ愛ちゃん!」
みんな 「頑張れ頑張れ愛ちゃん!」

応援が続く中。
暗転。
響くパルス音の中、セリフが聞こえてくる。(以下録音)

健太郎「血圧が下がってきています」
弘一 「ネオシネジン!」
健太郎 「はい(と点滴にネオシネジンを注入)」
弘一  「頑張れよ・・・頑張るんだ・・・(手を動かし続ける)」
健太郎 「カンシの追加をお願いします」
弘一  「そこ押さえて」
健太郎 「はい」
弘一  「そうそう・・・これか」
健太郎 「血圧上がりません」
弘一  「なんとかしろ」
健太郎 「圧をかけていきます」
弘一  「いい子だぞ・・・頑張ってくれよ・・・」
健太郎 「だめです。耐え切れません」
弘一  「無理はするな」
健太郎 「はい」
弘一  「モニターもっと近づけて」
健太郎 「はい」
弘一  「頑張れ・・・頑張れ・・・頑張れ・・・」

パルス音止まる。

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同じ日に生まれた二人の赤ちゃん。ひとりは元気な女の子、もうひとりはダウン症を持った男の子。幸せになるために生まれてきた二人の赤ちゃんを授かった、二つの家族の物語です。楽しく、時に息をのむように読んでいただけたら幸甚です。気に入ってくださったらぜひお買い求めくださいね。

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