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「ズルい奴ほどよく吠える」8、8A、8B、8C

■08 織部印刷工場
 
仏壇に骨壷と政春の写真が置いてある。
喪に服した織部、明日香。憔悴している。
 
織部  「・・・」
明日香 「・・・」
 
今日子が麦茶を持ってくる。
 
今日子 「はーい。お疲れ様でした。オサムちゃん明日香ちゃんに」
織部  「ああ(明日香に麦茶を渡す)」
今日子 「でもいい天気で良かった。雨だったら大変だったものねえ。そう 
     だ。かっちゃんがお稲荷さん持ってきてくれたの。食べるでし
     ょ?持ってくるわね」
明日香 「・・・」
織部  「今日子」
今日子声「何?」
織部  「こっちに来て座りな。ずっと大変だったんだから」
今日子声「はいはい」
織部  「・・・」
 
今日子、お稲荷さんを持ってくる。
 
今日子 「ね、美味しそうなお稲荷さんでしょう」
織部  「座って」
今日子 「はいはい・・・ほら食べて」
織部  「ああ(ひとつ取る)」
今日子 「明日香ちゃんも。何か食べないと倒れちゃうよ」
明日香 「ありがとうございます(と取る)」
今日子 「じゃあ私も(と食べる)うーん美味しい・・・政春、お稲荷さん
     好きだったなあ・・・こんなときに何でいないんだろうね・・・
     折角お稲荷さんがこんなにあるのに・・・」
 
突然マックスで号泣する今日子。
 
今日子 「明日香ちゃんごめんね・・・政春がいなくなっちゃってごめん
     ね・・・ごめんね明日香ちゃん。ごめんね・・・」
明日香 「・・・」
織部  「明日香ちゃん」
明日香 「はい」
織部  「こんなことになっちゃって・・・」
明日香 「私のせいです・・・私がマーくんの気持ちを分かってあげられな
     かったから」
織部  「明日香ちゃんのせいじゃないよ。明日香ちゃんのおかげでマーく
     んの人生は幸せだったと思うよ」
明日香 「・・・」
織部  「明日香ちゃんはマーくんを大切に思ってくれた」
今日子 「そう、明日香ちゃんのせいじゃない。全部私のせい・・・私が学
     校の先生を続けて欲しいなんて言ったから・・・」
織部  「違うよ。今日子はずっとマーくんのために一生懸命やってきたじ
     ゃないか」
明日香 「じゃあ何で」
織部  「分からない・・・何で自殺なんか・・・」
今日子 「・・・」
織部  「マーくん、何で死んじゃったんだよ」
岩倉声 「ごめんください。」
織部  「お客さんだ・・・はい」
岩倉声 「ご焼香させていただきたいのですが」
織部  「どうぞ」
 
岩倉と明智が入ってくる。
 
明智  「この度はお悔やみ申し上げます」
岩倉  「お悔やみ申し上げます」
織部  「こちらです」
 
仏壇に向かう岩倉と明智。
 
織部  「誰?」
今日子 「?」
明日香 「?」
 
焼香を終えて
 
織部  「ありがとうございました」
明智  「では失礼いたします」
 
明智と岩倉、出て行こうとする。
 
今日子 「あの、政春とはどういう?」
岩倉  「まあ、そんな感じといいますか」
今日子 「学校関係の方ですか?」
岩倉  「いえ、共通の飲み屋で知り合ったといいますか」
今日子 「飲み屋さんで。そうでしたか」
明智  「気を落とさないようご自愛ください」
明日香 「何か言っていませんでしたか?生きるのが嫌になったとか」
明智  「あなたは?」
織部  「政春と婚約していたんです」
岩倉  「ご婚約されていたんですか・・・」
明日香 「はい」
岩倉  「そうでしたか」
明日香 「自殺だなんて・・・信じられない」
岩倉  「そうですよね」
明智  「お気持ち、お察しします」
明日香 「マーくんは優しすぎたんです。だから学校の軋轢に耐えられなく
     て。そんな時に私が支えなくちゃいけなかったのに・・・」
岩倉  「あなたのせいじゃないと思います」
明日香 「じゃあ誰のせいだって言うんですか」
織部  「明日香ちゃん」
 
沈黙。
 
明智  「皆さん。ここだけの話にしてください」
織部  「何でしょうか」
明智  「政春さんは自殺ではない可能性があります」
織部  「え?」
明日香 「!」
岩倉  「ちょっと明智さん!」
明智  「いいだろう。俺たちだって仕事でここに来たわけじゃないんだ」
岩倉  「そうですけど・・・」
今日子 「どういうことですか?」
岩倉  「いえ」
明智  「政春さんの誇りのためにお話します」
織部  「はい」
明智  「私はこういう者です」
 
名刺を出す。
 
明日香 「警視庁?」
明智  「捜査一課の明智です」
岩倉  「岩倉です」
今日子 「警察の方?」
明智  「警察では政春さんは自殺と断定して捜査は終了しています」
明日香 「マーくんは殺されたんですか?」
明智  「あくまでも可能性です。ただ自殺と断定するのは早いと思ってい
     ます」
岩倉  「現場検証の際、いくつか不審な点があったんですが、捜査は早々
     に打ち切られてしまったんです」
明日香 「何で?」
明智  「分かりません」
明日香 「ちゃんと調べてくださいよ」
明智  「申し訳ありません」
明日香 「申し訳ないじゃないでしょ。どういうことなんですか」
岩倉  「私たちが捜査することはもうできません」
明日香 「何でですか?」
岩倉  「我々も組織なんで。一度処理されてしまった事件は調べ直すこと
     は」
明日香 「不審な点があるのに?」
岩倉  「早々に手続き処理されてしまいました」
明日香 「そんなことって良くあるんですか?」
岩倉  「極めて異例だと思います」
明日香 「捜査をちゃんとしないなんて」
明智  「我々は独自に捜査をして証拠を積み上げ、検察に情報を提出する
     つもりです」
織部  「本当ですか?」
岩倉  「表立って動くことはできませんが」
織部  「よろしくお願いします」
明智  「これから話すことは、警察の人間としてではなく、単に情報を知
     っている者としての意見だと思ってください」
織部  「分かりました」
岩倉  「実は、政春さんが飛び降りた屋上から政春さん以外にも複数の足
     跡が見つかったんです」
織部  「複数の足跡?」
明日香 「じゃあその人たちが犯人ってことですか」
明智  「分かりません。あくまでも可能性ですので」
今日子 「・・・」
明日香 「マーくんは自殺なんてしません。刑事さんよろしくお願いしま
     す」
岩倉  「分かりました」
明智  「このことはくれぐれも口外なさらないようにお願いします」
明日香 「はい」
織部  「・・・多分あいつだと思います」
明智  「あいつ?」
織部  「大手建設の木田です」
明智  「木田・・・?」
 
ライトチェンジ。
 

 ■08A 道
 
葬儀帰りの雪、西川、城田。
 
西川  「それにしてもマスコミだらけの葬儀でしたね」
城田  「先生が自分の学校の屋上から飛び降りるなんて、結構センセーシ
     ョナルな話ですからねえ」
西川  「でも、もう少し子どもたちに配慮して欲しいですよね」
城田  「どこかのテレビ局が子どもたちにインタビューしてましたよ」
雪   「ひどい」
西川  「ああいうインタビューは放送には出ないんですよ」
城田  「ああ、コンプライアンスですね」
西川  「ええ、でも現場の記者はそういうことを考えないから」
城田  「西川先生はインタビューされました?」
西川  「されましたけど断りました」
城田  「南雲先生は?」
雪   「されましたけど」
城田  「マジですか。何で俺はされなかったんだろう」
西川  「見た目の問題じゃないですか」
城田  「見た目?」
西川  「はい」
城田  「どういうことですか」
西川  「まあいいじゃないですか」
城田  「まあ、そうですね」
西川  「はい」
雪   「・・・」
城田  「でも自殺することなんてないのにな」
西川  「織部先生は責任感の強い人でしたから・・・」
城田  「だからって自殺なんて。バカだなあ」
雪   「織部先生はバカじゃないです」
城田  「バカじゃないですか。自殺なんてバカがすることです」
雪   「織部先生はバカじゃないです」
城田  「バカですよ」
雪   「バカじゃないです」
西川  「まあまあまあ。城田先生、死んだ人の悪口を言うのはやめません
     か」
城田  「そうですね。すいません」
西川  「あ、明日学校で記者会見があるって話聞きました?」
城田  「聞きました。何かすごいことになっちゃいましたね、あ!」
西川  「どうしました?」
城田  「僕学校に行かなくちゃ」
西川  「学校?」
城田  「ジャージ洗わないと。明日記者会見じゃないですか」
西川  「ああ、お疲れ様でした」
城田  「お疲れ様でした」
雪   「お疲れ様でした」
 
城田、去る。
 
雪   「でも本当に自殺なのかなあ」
西川  「何でそう思うの?」
雪   「あの夜あなたが帰った後、織部先生、もうすぐ結婚するって言っ
     てたの」
西川  「結婚?」
雪   「そう。そんな話した後なのに、自殺なんて・・・」
西川  「・・・あのさ」
雪   「何?」
西川  「・・・いや、いい。何でもない」
雪   「何よ」
西川  「・・・どうなるんだろうな。うちの学校」
雪   「さあ・・・」
 
西川、雪、行く

ライトチェンジ。
 
 
■08B 織部印刷工場
 
織部、今日子、明日香。井上が来る。
 
織部  「先輩!」
井上  「遅くなってすまない。大丈夫か?」
織部  「大丈夫ではないです」
井上  「ごめん。そりゃそうだよな」
織部  「・・・忙しいのにありがとうございます。どうぞ」
井上  「ありがとう」
 
仏前に行く井上。
 
井上  「マーくん、辛かったな・・・ごめんな」
 
今日子、泣く。
焼香を終えて
 
織部  「ありがとうございました」
今日子 「ありがとうございました」
井上  「今日子ちゃん。泣いていいんだよ」
今日子 「ううう・・・すいません」
 
今日子、隣室へ去る。
 
織部  「先輩」
井上  「なんだ?」
織部  「大手建設が関係してるんじゃないんですか?」
井上  「大手建設?マーくんは自殺だ。警察もそう発表してるだろ」
織部  「自殺じゃないかもしれないんです」
井上  「どういうことだ?」
 
ピンポン。
木田が入ってくる。
 
織部  「木田・・・何しに来た?」
井上  「木田って大手建設の?」
織部  「そうです」
木田  「弟さんのこと、残念でした」
織部  「帰れ」
井上  「おい」
織部  「・・・」
木田  「お気持ちは分かります。せめてご焼香だけでもさせていただけま
     せんか」
織部  「お前がマーくんを殺したんだろ」
木田  「は?」
織部  「お前がマーくんを殺したんだって言ってんだ」
井上  「だからやめろって」
木田  「何を物騒なことを・・・政春さんは大切なクライアントさんで
     す。そんなことするはずないでしょう」
織部  「ふざけるな!」
井上  「何だかすいませんね」
木田  「私を恨む気持ちは分からないでもありません。でも私は何もして
     ません。濡れ衣です」
織部  「濡れ衣?」
井上  「織部」
織部  「・・・」
木田  「分かりました。ひとつ教えてあげましょう」
織部  「なんだ?」
木田  「政春さんが自殺する前、一人ではなかったそうですよ」
織部  「知ってるよ。お前が一緒だったんだろ?」
木田  「違いますよ」
織部  「誰と一緒だったんだ?」
木田  「あなたは?」
井上  「こいつの中学の先輩で井上と言います」
木田  「井上さん」
井上  「週刊文春で記者をしてます」
木田  「へえ。週刊文春ですか・・・これはここだけの話にしてくださ
     い」
井上  「分かりました」
木田  「校長先生です。福沢学園小学校の」
織部  「校長が?」
木田  「学校のことはよく知りませんが、何かあって厳しく指導をしたそ
     うです。それが引金となって・・・」
明日香 「本当ですか?」
木田  「ええ。確かな情報です」
明日香 「・・・」
木田  「彼女は政春さんの婚約者だったんですね」
織部  「あんたどこまで調べてるんだ?」
木田  「仕事ですから」
織部  「仕事?」
木田  「大手建設の業務をスムーズに遂行させる。それが私の仕事です」
織部  「(絶句)」
井上  「帰ってくれ」
木田  「帰りますよ、ご焼香もさせていただけないようですし。織部治さ
     ん」
織部  「・・・」
木田  「あなたのこともいっぱい調べてますよ。業務遂行のためにね」
井上  「帰れ!」
木田  「そうそう。政春さん、ここの再開発に協力してくれたんですよ」
織部  「え?」
井上  「あんた何を言ってるんだ」
木田  「この土地の政春さんの持ち分、大手建設の所有に変更してもらい
     ました。政春さん、死ぬ前に本当にいい仕事をしてくれました」
織部  「マーくんがそんなことするはずない」
木田  「これ、この土地の登記簿謄本の写しです」
織部  「うちの?何でお前がそんなもの持ってるんだ?」
木田  「言ったでしょう。この土地の半分は大手建設のものになったっ
     て。ちゃんと押印もあります。これ、そちらの控えです。大切に
     保管しておいてください。では」
井上  「おい!」
 
木田去る。

井上  「・・・俺に任せろ(去る)」
 
暗転。
 

■08C 職員室
 
政春、石原
 
石原  「織部先生、あなたはご家族のことが大切なんですね」
政春  「はい・・・」
石原  「私は織部先生のこと素晴らしいと思います」
政春  「え?」
石原  「正しい選択をしたようですね。土地の権利を売ると聞きました
     よ」
政春  「いえそんなつもりは・・・」
石原  「おかしいわね。じゃあこれは何?」
 
石原、登記簿の名義変更届を出す。
そこには政春が大手不動産に土地を売り渡すと書かれている。
 
政春  「登記簿の名義変更・・・これは僕が書いたものじゃない。偽造で
     す」
石原  「そう、偽造です。でもバレなければ偽造じゃないんです。世間は
     あなたと大手建設、どちらを信じると思いますか?」
政春  「そんなでっち上げ、罷り通るわけがないでしょう」
石原  「そう思うなら実印を渡しなさい」
政春  「実印?」
石原  「そう、あなたの実印があればこの書類は本物になるんです」
政春  「実印なんて持ってるはずないでしょう」
石原  「家にはないことは分かってるんです。渡しなさい」
政春  「(胸元を隠し)何でそんなこと知ってるんだ?」
石原  「ほら持ってるじゃない。渡しなさい」
政春  「死んでも渡すもんか」
石原  「あなた、裏金を受け取っていますよね」
政春  「裏金なんて受け取ってません」
石原  「織部先生、ウソはいけませんよ」
政春  「・・・」
石原  「実印を渡しなさい」
 
政春、石原の手を払いのける。
 
石原  「(叫ぶ)助けて!織部先生が!」
 
手筈通り吉岡と城田が入ってくる。
 
吉岡  「校長先生、どうしたんですか」
石原  「織部先生が私に暴力を!」
吉岡  「捕まえろ!」
城田  「はい。織部先生校長先生に何をやってるんですか!」
政春  「離してくれ!」
 
政春を羽交い絞めにする。
封筒を奪おうとすると、一万円札が散乱する。
 
城田  「うわ、なんだこりゃ」
政春  「!」
吉岡  「拾って!全部拾って!」
 
一万円札を拾い集める吉岡と城田。
 
石原  「これは何ですか?」
政春  「これは・・・」
 
暗転。

SE(リバーブディレイ強く)
石原  「この度、本校内にてこのような事故が起こったことは、誠に遺憾 
     であります。織部先生は少し気持ちに不安定なところがあり、何
     か精神的なダメージを受けたようです」
吉岡  「以上で会見を終了させていただきます」
明日香 「人殺し!人殺しが教師をしていていいのか!あんたがマーくんを
     殺したんだ。認めろ!殺したって認めろ!」


<9>につづく


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