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刹那に散る夏の思い出

父と、日帰りで旅をしてきた。

いつぶりの旅だろう。パッと思い出せないくらい、かなり久しぶりの2人旅になった。


行き先は、山梨県。私にとっては、人生初の山梨だ。

富士山が見える、県庁所在地の甲府市は盆地、地元から近いようで遠い場所。それくらいの印象しかない山梨県に、足を踏み入れる日が来るなんて。今回の旅は父からのお誘いだったけれど、行くと決まった日から心の片隅ではワクワクが止まらなかった。

今回の旅最大の目的は、「水信玄餅」を食べること。「金精軒」という有名な和菓子屋で、夏にしか出会えない和菓子。しかも消費期限がわずか30分というので、現地でしか食べられない。本当に貴重な和菓子だ。


この日はあいにくの空模様。ここぞという時に、”雨女”パワーを遺憾なく発揮する私。それでも、「金精軒」に着く頃には雨が上がって、空が少しだけ明るくなった。

「水信玄餅」の入った小さな箱は、竹の皮のデザイン。箱をそっと開けてみると、大きな水滴のように丸く綺麗な「水信玄餅」が静かに佇んでいた。何も混ざっていない、どこまでも透き通っている姿。こんな食べ物がこの世に存在するんだ。私は思わず息をのんだ。

横には袋に入ったきな粉と、小さな容器に入った黒蜜がひっそり置かれていた。これらをかけて食べるのだけれど、本当にスピード勝負。急いで写真を撮って、「水信玄餅」が水に戻ってしまう前にかきこむ(消費期限の30分を過ぎてしまうと、水に戻ってしまうようだ)。

「水信玄餅」の味は、本当にシンプル。澄んだ水の味。本当にみずみずしいものだった。「水信玄餅」の形が崩れないよう、そっとかけたきな粉と黒蜜の甘さが引き立つ。特に黒蜜の甘さは、今までに感じたことのない甘さだった。こんなに甘い黒蜜を味わったのは、人生初だ。それくらい甘かった。


ただ、「水信玄餅」は水でできているので、口に入れた瞬間水となって一瞬で溶けて消えていく。その儚さ、切なさが私の心をギュッと締め付けてきた。

世の中には様々な食べ物があって、「水信玄餅」のように一瞬で溶けて口の中から消えていくものもたくさんある。それでも口に入れた瞬間、本当の意味で瞬間的に溶けてなくなっていくのは、「水信玄餅」だけなのではないか。私はそう思う。

もっと味わいたいのに、一瞬でなくなってしまう。そこに儚さ、切なさを感じるのだ。なんとも言えぬ、刹那の思い出になった。


帰り際、再び雨脚が強まった。「水信玄餅」から感じる切なさを体現するかのように。

それでも、私の記憶には深く刻み込まれている。これは刹那にとどまらず、長い間心の片隅にそっと残り続けてくれるだろう。

夏にしか出会えない和菓子、「水信玄餅」。こういう刹那の思い出をこれからも大切に。記憶に留めておきたい。そう思った旅だった。

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