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shino
2018年3月6日 23:04
「糠漬け食べたい」「……え?」「糠漬け食べたら、寝られる気がする」 絡まった足を引っこ抜き、奥でオレンジ色に照らされた玉簾をくぐった。ワンルームにしてはちょっと大きめのキッチン。料理なんて、全くしないはずなのに、いつだって綺麗に整頓されている。 シンク横の冷蔵庫を開けた。ひやっとした冷気がよれよれのTシャツの中に滑り込む。首のところをパタパタと仰ぐと、下顎から胸元へ玉の汗が滴り落ち
2018年3月3日 08:58
高校三年生の夏休みのことだ。その日は角笛のように先のとがった月がやけに朱く、雨上がりの空気がまとわりつくような蒸し暑さだった。 コンビニを出て、すぐにパイナップルの入った缶詰のプルタブを引っ張った。平たい上蓋が面白いように丸まって、黄色い輪っかが顔を覗かせた。甘酸っぱい匂いが空っぽのお腹を刺激する。親指と人差し指で黄色い果実を潰さないようにそっと摘んで、シロップにたっぷり吸ってくたくたになっ
2018年3月1日 00:25
ユキと出会ったのは、大学一年の春休みだった。小柄な身体に不釣り合いのやけに大きなリュックを背負った彼女は、嫌味じゃない笑みを浮かべて真っ黒な瞳でじっと見上げていた。「ご注文はお決まりでしょうか?」 僕もまた、目を細めて微笑み返した。印象はそれほど悪くなかっただろう。昼はカフェ、夜はバーになるメニューの入れ替えが毎度面倒なコーヒーチェーンで働くようになって約十ヵ月。面接時から店長や同僚に笑顔