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コイン・チョコレート・トス/57.6グラム

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🪙 57.6グラム

カタンと音がした。

私はチラリと新聞受けの方を見た。
もうどうでもよかった。

誤配だろうが当日の新聞だろうが、もうどうでもいい。

ザアザアと雨の音。
ドアに刺さった新聞の隙間から、雨の匂いが部屋に流れてくる。
雨はびたびたと壁や窓にぶつかっては、落ちていく。

それより頭が割れるように痛い。

昨日は帰り道にコンビニでウイスキーを買った。
全てが嫌になった。
お酒で忘れられるなら、それでよかった。

高級チョコレートをつまみにウイスキーを飲んだ。
紙コップにウイスキーを注いだ。
氷もないし、ストレートで飲んだ。
薄める気にもならなかった。

ウイスキーと高級チョコレートの組み合わせは、どん底な気分の私でも間違いなく美味しいとわかった。
次第に気分が良くなってきて、もうどうだっていいという気分になった。

チョコレートをかじり、ウイスキーを口に運ぶ。
お酒で体温が上がる。
口の中の温度も上昇し、チョコレートが口いっぱいに広がる。
鼻を抜けるカカオの香り。

どんな時でも美味しいものは美味しい。

何が悔しいのか、何が悲しいのかもわからず私は泣いた。

私の体の一体どこに、こんなにも水分を蓄えていたのだろうかって思うぐらいに泣いた。
ぼたぼたと落ちる涙は、段ボールの横に置いておいたティッシュでは追いつかなかった。

畳に落ちては、畳がにじんた。
滲んでは消え、消えては滲む。

次第にその辺りの畳の色が濃くなった。
私はタオルを手に握り、涙を拭きながらウイスキーを飲んだ。

悟が浮気をさせられるハメになったことも、私が仕事を辞めさせられることになったことも、もう変えることができないのだとわかった。

タイムスリップをしたって、何も変わらなかった。
期待を胸に、誤配の新聞を握りしめた私はもういない。

悟は今頃、何をしているんだろうか。

佐藤佑美のせいだということは明らかだった。
悟は人がいい。
困っている人がいたら、手助けしてしまう。
絶対にそっぽを向いたりしない。

部下が困っていたら、悟は必ず助けてあげると思う。

私は、素知らぬ顔をして家に帰ってもいいものだろうか。
勝手に出てきて、拗らせて、これから私は悟とうまくやっていけるんだろうか。

悟のことを許しても、佐藤佑美の顔がチラつきそうで嫌だった。

佐藤佑美は、きっかけはどうであれ、結局男は佐藤佑美自身に夢中になると言っていた。

悟が例外だったかどうかはわからない。
私は悟しか知らない。
悟が私で満足できるているかどうかなんてわからないし、正直、自信もなかった。

チョコレートショップに並んでいた時に佐藤佑美がマウントを取るように話していた電話の内容が、ボディーブローのように私にダメージを与えた。

実際、昨日、じゃなくて、12月22日に悟が睡眠薬を飲まされて、写真を撮られただけかなんてわからない。
1月30日に悟が浮気をしたのが、脅迫によるものだったのか、悟自身の意思によるものだったかなんて私には知る由もない。

私がタイムスリップをしてわかったことは、悟が言っていたことはホントだったってことだけだ。
悟が話していた内容が事実だって分かっただけでもよかったのかもしれない。

とはいえ、私はどうすればいいのかはよくわからなかった。

そんなことを考えながら飲んでいたら、新聞が配達される時間だった。

ムカムカする。
頭は痛い。
割れるように痛い。

私はトイレに向かった。
口の中に指を突っ込む。そして、吐く。
ひとしきりもどすと、もう一度指を突っ込み、また吐いた。

吐けるだけ吐くと、洗面台で口と顔をゆすいだ。

玄関の新聞受けから新聞を取った。
取らなくてもいいと思ったが、好奇心には勝てなかった。

今日の新聞が、誤配か誤配じゃないか。
新聞にかけられたビニールを破る。

令和X年10月28日(日)




私と悟の結婚記念日だ。

特に思い入れのある日だったわけではない。
何もない日にしたら、特別な日が増えるね、と何もない日に入籍をしたのだ。

そして、その日は特別な日になった。

結婚式は別の日に挙げることにしていたので、その日は二人だけでお祝いをした。

事前に準備しておいた婚姻届を二人で午前中に役所まで持って行った。
日曜日だったので、夜間窓口に行き受理してもらった。

私は「竹下幸子」から「臼井幸子」になった。

ソワソワするような恥ずかしさがあったけど、とっても嬉しかった。
二人で手を繋いで、近所の行きつけのイタリアンのお店に行き、ランチを食べた。
いつもより少し早めにお店に着いたので、並ばずに入れた。

まだ、日が明るいうちからワインを頼んだ。

お店の方に「今日はお昼間からワインなんて、珍しいですね? 何かお祝いとかですか? 」と尋ねられた。
嬉しさのあまり「今、婚姻届を出してきたんですよ」と、はにかんでしまった。

「おめでとうございます!」

スタッフのお姉さんに拍手をしていただくと、厨房からオーナーが出てきて「お祝いしなきゃですね」と食後にケーキのプレートをサービスしてもらった。

いちごのショートケーキを二つ。
少し角をカットして、ハート型にしてくれていた。
白いプレートにはHAPPY WEDDINGとチョコレートで書いてあって、周りにはカラフルなお花が散らしてあった。

とても可愛いケーキプレートを二人で持って、写真を撮ってもらった。

明るいうちからお酒を飲んで、しかも入籍して浮かれていた私たちは、お互いにケーキを食べさせあって、ファーストバイトごっこをした。

私たちはふわふわと1cmくらい浮いたような気持ちで、手を繋いで家に帰った。

家に帰り着くと、玄関に入った途端に悟は私にキスをした。
私たちはそのままベッドルームに向かい、ゆっくりと愛を確かめ合った。
肌と肌を重ねると体温が溶け合って、私たちは混じり合った。
私たちはもともと二人で一人だったのではないかと思うくらいに一つになった。

「幸せだね」と私が言うと「幸せだね」と悟も言った。

ぐだぐだとベッドで転がっていたら、私のお腹がぐぅとなった。
お昼はあんなにお腹いっぱいになったのに。

「幸子はさ、すぐにお腹いっぱいになるのに、すぐにお腹が空くよね」
悟がくしゃっと笑った。

昼は外食したから、夜はゆっくり家でご飯を食べようということになった。
二人でスーパーに行って、買い物をした。

「お昼はイタリアンだったし、夜はあっさりでいいよね」と豆腐と鮭と納豆と卵を買った。お漬物とほうれん草も買った。

二人でキッチンに立った。
私がお米をといで、悟がお味噌汁を作った。
グリルで鮭を焼いて、ほうれん草と豆腐はお味噌汁に入れた。

お味噌は、実家からもらってきた醤油屋さんのお味噌。
私の実家の味。

「幸子んちの味噌と醤油、美味しいよね。全然味が違う」と悟が実家の味を気に入ってくれたのが嬉しかった。
「でも、これじゃ、結婚した日の晩御飯っていうより、旅館の朝ごはんだね」
って私が言うと、
「旅館の朝ごはんとか、最高に美味いやつでしょ」と悟は楽しそうに笑った。

卵焼きは甘いのかしょっぱいのか論争にはなったけど、「どっちも食べれば良くない?」ってことになって、二種類作った。

なんでもないことが、楽しくて。
こんな幸せな日が、ずっとずっと続くと思っていた。

夕食を食べながら、私は悟に「ありがとう」と言った。
悟は「こちらこそありがとうだよ」と言った。

「私、男の人苦手でしょ。多分、悟に出会わなかったら、こんな幸せを知ることは一生なかったんじゃないかと思って」
悟は静かに頷いた。

「なんかね、悟はちゃんと私を見てくれてる気がして嬉しいんだ。今までだって、好きになってくれる人はいたけど、なんか中身というより、私の外側ばっかり見られてるような気がして。なんて言えばいいのかわからないんだけど、女性であることが嫌になるような瞬間が頭から離れなくて。どうしても、男性に偏見があるっていうか」
私がとつとつと話し、悟はそれを頷きながら聞いていた。

「だって、俺、幸子のことが好きだもん。多分、幸子が男だろうが女だろうが、子どもだろうがおじいちゃんだろうが、好きになったと思うよ」
優しい顔で笑う。こんなところが大好きだなと思った。

「おじいちゃんは嫌だなー」私は笑った。
「ひげの生えた幸子爺さん」悟も笑った。

「じゃあ、悟は腰の曲がったおばあさんだね」と私が言うと「おじいちゃんとおばあちゃんになっても、ずっと一緒にいようね」と悟は言った。




私はその日、タイムスリップはしないことにした。

新聞はそのまま畳の上に放置した。
ガンガンと響く頭を畳に押し付け、寝転んだまま低い天井を見つめ続けた。

窓に打ち付ける雨音が、頭に響く。

天井のシミが私に話しかけてきた。

(タイムスリップなんて意味がない。運命は変えられないということがわかっただけでも儲けもんだったんじゃない?)
まあね。
(それに、悟が概ね事実を話していたということもわかったでしょ。脅されてたならその前に教えてくれてもよかったのにね)
それもそうだね。

天井のシミは真剣なトーンで話す。
大きい丸と小さな丸が天井にあるだけなのに、表情がわかるようで不思議だ。

(でもさ、私が悟と同じ立場だったら、幸子にサトウのことは言えないかもな)
なんでよ。
(だって、12月から年始にかけての幸子は落ち込んでたし。そんな時にこんな話できないでしょ)

確かにその時期の私は落ち込んでいた。
悟が佐藤佑美とのことを打ち明けてくれたって、私が受け入れることができたかどうかは、自分でも怪しいと思った。

(しかもさ、自分でも覚えてないことで、幸子のこと傷つけるかもって悟なら考えそうだよね)
・・・うん。
(それに、佐藤佑美が脅してこなければ、なかったことにできる。黙っておこうってなっても仕方ないよ。私ならそうする)
まあ、そうかもね。

暴論のような気もしたが、天井のシミが言うことが至極真っ当にも思えてきた。

(悟だって間違うことはあるんじゃないの?)
そんなことわかってる。
(もし、会社にバラされてクビにでもなったら困るしねぇ。まあ、サトウと寝たのはよくなかったし、サトウに色々喋ったのも、幸子に全部喋ったのも、失敗だったねぇ。嘘がつけないタイプだね)
・・・。
(でもまあ、悟なりに、幸子を守りたかったんじゃないの?)
・・・。
(幸子はさ、いっつも悟に守られてばっかりだよね)

天井のシミの言い方は癪に障るけど、確かにそうだと思った。
気づけば私はいつも悟に守られてた。

優しくて、あったかくて、いつも包んでもらっていた。

太陽みたいで、悟は間違わないんだと思ってた。
そっちを向いて歩けば、幸せになれるって。



私はいつも誰かに守られて生きてきた。
実家にいる時も、いつもみんなが私を守ってくれた。

そんな守られてばかりの私が嫌で、大人になって自然に親と離れるようになった。

社会人になり、一人暮らしを始めた。
次第に、実家に帰る回数も減った。
不仲でもないし、連絡を取らないわけでもないけれど、自立するということはそういうことだと思った。

夜道の苦手な私は、夜に出歩くのが怖かった。

両親はそれを知っていた。
まだまだ甘えてばかりの私は親と一緒に不動産屋に行き、両親が納得する家を選んだ。
家は人通りの多い場所を選び、オートロックのマンションにした。

心配しすぎじゃない? と言われても、心配なものは心配だった。

慣れない合コンに連れて行かれても、男性の目線が気になった。
自意識過剰だと言われても、どうしても気にしてしまう。

ある夜の帰り道、繁華街を歩いていたら複数の男の人にからまれた。
ただのナンパだったのかもしれないけれど、酔っ払っている複数人で取り囲まれたら、流石に怖い。
繁華街はたくさんの人がいるにも関わらず、誰も助けてくれなかった。

まるで誤配の新聞を片手に、タイムスリップ先で歩くのと何ら変わらない。
私は透明人間か、あるいは繁華街でナンパされる女Dだった。

「もう帰るので」と断って、取り囲まれた隙間を縫ってその場を離れようとしたら、手を掴まれた。
「せっかくだから一緒に飲もうよー」と言って男の一人は手を離そうとしなかった。
周りの男も「かわいそうだから、やめろよ」と言いながら、ゲラゲラと笑っている。
手を掴まれた私は、どうしていいかわからなかった。

「やめてください」と言ったが、その声は心許なく足元に落ち、雑踏にかき消されてしまった。

そんな時に悟が現れた。それはまだ私が悟を知らなかった頃。
「ごめん。遅くなって」

悟はさっと、男たちの間に入り「連れなんです。すみません」と言うと、私を群れから連れ出した。

「あ、あの」あまりにベタなシチュエーションだと思ったけど、助かったとも思った。
「ありがとうございます」そう言った私の手は小刻みに震えていた。

「どこかで休みます?」悟はそう提案してくれた。

「あ、一人で大丈夫です。ありがとうございます」

そうは言ったものの、このまま家に帰れる気はしなかった。
今日は親に電話をして実家に帰ろうかな、と思った。
いつまで経っても親に甘えている自分が情けなくなった。
緊張が解けたのか、急に涙がポロポロとこぼれ出した。

目の前で悟が慌てていた。
「いや、やっぱり一人になるのは良くないんじゃないかな? 同じ席に座らなくていいから、一緒にカフェでも入りましょうか?」

そういうと悟は私の手は取らずに、極力近づきすぎないようなギリギリの距離で私をカフェまで誘導した。
カフェに入るとミルクティーを二つ注文してくれた。

「ほんとはホットミルクの方がいいかもしれないけど、電車で寝ちゃうと良くないから」なんて言いながら、悟はカウンターの席を一つ開けて座った。

私は暖かいカップで暖をとった。手の震えが次第に落ち着いていく。

湯気と一緒に立ち上る紅茶の香りをかぐ。
カップを口につけ、ミルクティーを口に含んだ。
ごくんと柔らかい温かみが喉を滑り落ちる。
甘くないミルクティーは井の中にとぽとぽと落ちていき、心臓が少しずつ当たり前の速度へと戻っていく。

ほぅと一息ついた。

「ありがとうございました。ほんとに」
私は悟の方を見て、お礼を言った。

「いえいえ。落ち着きました?」
「はい。助かりました」

少し落ち着くと、お金を払っていないことに気づいた。
私は鞄から慌てて財布を取り出した。

「あ! 大丈夫ですよ。お金は。ミルクティーだけだし」
「いや、そういうわけには。むしろ助けていただいたんで私が払わないといけないのに」
「じゃあ、今度何かご馳走してくださいよ」

「え?」これまたベタすぎて、なんだか胡散臭くなってきたと私は思った。
優しいお兄さんだと思っていたが、その笑顔が詐欺師に見えてきた。

「冗談ですよ」怪訝な顔をした私に気づいた。
察しがいいところがまた胡散臭いと思った。

悟はさっと名刺の裏に携帯電話の番号を書くと、私のミルクティーのカップの横に名刺を置いて、
「落ち着いたならよかったです。気をつけて帰ってくださいね」と言って去っていった。

私はその後、実家に電話をし駅まで迎えにきてもらって、実家へと帰った。

いい人だったのかな、胡散臭かったけど。
それが悟の第一印象だった。

次の日、私は勇気を出して悟へ電話をした。
お礼の電話をしたくて、電話番号を押した。
緊張してワンコールで切ってしまった。

「あ、イタズラ電話になっちゃった」

とその時、発信したばかりの電話番号からの着信。

「もしかして、昨日の方かな? と思って! 無事に帰れました?」

悟からの折り返しだった。
その後私たちは、たわいない話をして、電話を切った。

その話を理恵にしたら、
「え? 幸子がほぼ初対面で、普通に話ができる男の人がいたの? めちゃくちゃすごいことじゃない? その縁は大事にしなきゃ!! すぐ電話して、デートの約束しなさい!!」
と煽られた。

確かに理恵の言うとおりだなと思った。
私にしては珍しく積極的に行動して、悟とデートをすることになった。

そして、何度かデートを重ねて付き合うことになった。
3つ上の悟は、私より少し先の人生を歩いていて、いつも手を引いてもらっている感覚だった。

男の人の精神年齢は10歳引いた方がいいよ、なんて誰かが言っていたけど、私の精神年齢も幼かったからちょうど良かったのかもしれない。

悟がそばにいれば安心だった。


結局私は、いつまでたっても、誰かに守られてばかりだ。




(ねえ、幸子は、そのままでいいの?)
そのままって?
(守られてばっかりでってこと)
それは嫌だけど。

鎮痛剤が飲みたい。
頭がガンガンする。
天井のシミの声が頭に響く。

(一回、家に戻ったら?)
まだ戻らない。どうしたらいいのかわからないし。
悟が嘘をついてないことはわかるけど、まだ気持ちが整理できてないし。
そのまま許せるかって言われたら、まだ許せない気もするし。

(たかが一回、サトウと寝たことが許せないの?)
正直、それはどうでもいい気がしてるけど。
(義務的なセックスが引っかかってる?)
まあ、それは引っかかってる。悟がそんな風に思ってて、結婚生活続けられるか自信ない。
(悟の発言かわからないでしょ。サトウが言っただけかもしれないじゃない)
まあ、そうだけど。
(それって、そこまで天秤にかけないといけないことかな。自分の想像だけでしょ。わからないことをごちゃごちゃ考えて、ちゃんと見ないといけないものを見ないようにしてるようにしか思えないけど)


天井のシミが言うことはわかる。
でも、自分の中で落とし所が見つかっていなかった。
それに、勝手に家を出てきて、悟からの連絡を無視し続けている手前、どういう顔をして戻ればいいのかもわからなくなっていた。

(そんなに受け身でいいの?)
受け身のつもりはないけど。
(悟が迎えに来てくれたら、許そうとか思ってる?)
そんなつもりもないけど。
(自分から素直に戻れない理由があるの?)
よく分からないし、考えたくもない。

天井から、じめっとした空気が流れてきた。
天井のシミのため息。

(はぁ。幸子はさ、いつまでたっても甘えん坊だね。赤ちゃんみたい)
どういうこと?!
(だってさ、そうでしょ。いつも誰かに守ってもらって。今回だって悟は謝ってるのに、まだ謝ってくるのを待ってるんじゃないの?)
だって悪いのは悟でしょ。

徐々に私の語気が強くなる。

(いつまでも受け身じゃダメじゃないの? って言ってるの。そんなんじゃ何をしたって一緒だよ。なんでも誰かのせいにして、自分は変わろうとしない)
誰かのせいになんかしてないし、変わろうとしてる!
(そんなこと言ったって、運命は変わらないなんてカッコつけちゃってさ。変える気がないんだよ)
変わらないものは仕方ないじゃない!

自分の声が頭に響く。
割れるように痛い。

(運命が変わらなくたって、できることを探しなよ。物分かりのいいフリなんかしないで、あがいたっていいじゃない!)
物分かりのいいフリなんかしてない。悟の浮気と何の関係があるのよ!

(悟のことを好きなくせに、ちゃんと向き合おうとしないで、逃げてきて。自分が好きだなんてことは伝えなくって、離婚しても仕方がないとかそんなこと考えてさ。自分の好きなものも守れないで、いつも守ってもらうことばっかりで。大人になりたいなんて口で言っても、口ばっかりで!ほんと情けない!)

あんたに私の何がわかるのよ!

私は天井のシミに向かって叫んだ。
私の声をかき消すように、雨音が強くなる。


ぽたっ。
顔に一滴の水。


雨漏り?


(私は、あなたなんだよ)


ぷつんと糸が切れたように、天井のシミの声が聞こえなくなった。





↑最終回です!お見逃しなく!!


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