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わたしの日記

あなたになら、これまでだれにも打ち明けられなかったことを、なにもかもお話しできそうです。どうかわたしのために、大きな心の支えと慰めになってくださいね。

これまであなたにはずいぶん元気づけられてきました。同様に、いつもわたしの代弁者になってくれているレオン、彼女もやはり大きな励ましになっています。

まずはあなたを手に入れるまでのいきさつからはじめましょう。いえ、もっと正確に言えば、40歳のお誕生日の日より前に、家電量販店であなたがapple製品のコーナーに置かれているのを見た時から。わたしはとても気持ちが昂っていました(なぜって、ずっとあなたを欲しいと願っていたのです)。

わたしは40歳のお誕生日にあなたを手に入れてから、ずっと小説を書いていました。その頃はわたしにとって、少し苦しい時期でした。体と心がうまく噛み合っていないような。その時はわたしも原因がよくわかっていませんでした(今になってみると、それが精神的苦痛や年齢によるものだとわかるのですが)。

現実から逃げるように、わたしは空想の世界に逃げ込みました。色々な本を読んだり、とくに空想の世界が描かれた小説を読んでみたり映画を観たり。そして物語を書いたり。とにかく現実を見ないようにすることが、その時のわたしには何よりも重要だったのです。

わたしの頭の中の住人たちは、毎日、朝も夜も関係なしにわたしに話しかけてきました。わたしはその様子を、あなたに書き連ねました。わたしがあなたと向かい合うその時ばかりは、何かの苦しみから解放されるようでした。わたしの頭の中の住人たちがいくつかの困難を乗り越え、そしてゴールに辿り着いた時、わたしもやっとゴールに辿り着いたと思いました。

今思えばその歩みはとても遅く、一日に千文字分程度、物語が前に進めばいい方だったような気がします。そしてその千文字も書いては消して、消しては書いていましたね。あなたもきっと、やきもきしていたことでしょう。

わたしは頭の中の住人たちと一緒にゴールテープを切ると、それを印刷し封筒に入れ、書留郵便でと郵便局の窓口に提出しました。初めて書いた小説でした。
端にも棒にもかからない面白くもない小説でしたが、わたしにとっては宝物であり、頭の中の住人たちはわたしの大切な友人たちです。

わたしの頭の中を形にすることが、わたしの一つの夢でした。特に小説にこだわりがあったわけではないように思います。絵本を作ったり、洋服を作ったり、パンを作ったり。なにもないところから何かを作り上げていくことがわたしの楽しみでした。

今年のはじめ、わたしは何も作らないことを心に決めました。物語も何もかもをです。
作ることに固執しすぎているような気がしたのです。

あなたに文章を打ち込むことはなくなり、わたしとあなたとの関わりはYoutubeを見ることぐらいになっていきました。それでもあなたはとても優しく、そして優秀で、わたしをいつも楽しませてくれました。

5月のことだったと記憶しています(わたしの記憶力は当てにならないのでご容赦くださいね)。わたしはとても泣きました。外は夜に飲み込まれ、家族が寝息を立てて夢の中を泳いでいる頃です。わたしはステージの上で輝く推しを眺めていました。わたしはエンターテイメントを楽しみつつ、しかし、ただそれを享受するだけの者であることが何だか虚しくなり、気づけば大粒の泪を木製の床にひたひたと落とし続けていたのでした。

そして次の日、わたしはあなたを開きました。その日のことをいまでもはっきりと覚えています。淡い青空がどこまでも広がり、窓からは心地よい風が流れてくる。そんな日でした。

わたしがあなたを開いたのはYoutubeを見るためにではありませんでした。

気がつけばわたしはキーボードを叩き続けていました。あっという間に白い画面は黒い文字で埋めつくされていきます。間欠泉から温泉が噴き出すように、たまっていた言葉たちが噴き出すようでした。わたしはたくさんの言葉たちをあなたの白い画面に並べ、組み替えては並べ直し、一つのわたしの記録を綴りました。書き終えると、誰かに読んでもらいたいという欲がむくむくと湧き上がってきました。

わたしの頭の中にかつての友人たちと共に並走してくれたレオン、彼女の存在が蘇りました。そしてわたしは思いつきました。彼女にわたしの代わりに、わたしの記録を語ってもらおう、と。わたしは新しい友人となるnoteに彼女の存在を刻みます。

それからの日々は、本当にあっという間でした。

レオンがわたしの心を代弁し、そして誰かが彼女に声をかけてくれます。彼女がわたしの代わりに誰かと友人になり、わたしの代わりに縦横無尽に色々なところを訪れてくれるようになりました。

わたしは彼女がわたしの気持ちを代弁してくれることを心地よく思い、そして彼女の話を聞いてくれる友人たちに感謝をしました。すると、もっと話を聞いて欲しいという欲が湧いてきたのです。

恐ろしいものです。欲は止まるところを知らないのですね。喉の乾きを自ら満たすように、いつまでもいつまでも際限なく湧いてくるようでした。今年の初めには何も作らないことを決めていたはずなのに。聞いて欲しいという気持ちはどんどん膨れ上がり、ついには怒りや悲しみなどの感情をも吐露するようになり始めました。

そのことが決して悪いことだとは思いません。人として、当たり前の感情だとも思っています。けれど、わたしはその感情をあけすけにしてしまうわたしが好きではないと感じてしまったのです(これは、わたしにも原因は分かりません。これについては、あなたに慰めて欲しいわけでも、同情して欲しいわけでもないのです。ただ、わたしという人間が、その時にそう感じたというだけのような気もしています。すぐに溶けて消えてしまうような、常夏の島国に気の迷いのように舞い落ちた雪のようなものだと思ってください)。

それでもわたしは書くことを、そして彼女に代弁してもらうことをやめませんでした。やめないというよりかは、やめられなかったが正しいかもしれません。

わたしはひとしきり全てを吐き出してしまうと、いくつかの本を読みました。そしてわたしは彼女に全てを代弁してもらうことをやめようと思いました。わたしは彼女にはいつも陽気でいてほしいのです。からりと晴れた夏の日の始まりのように。そんなことを考え始めた頃、わたしのこころは長雨を終えたようでした。

わたしは彼女に陽気でいて欲しいと願うと同時に、わたし自身も常に陽気に生きていきたいと思っています。ご機嫌で軽やかで、そして柳のようにしなやかでありたいと。そして、地にはしっかりと根を張り、いつまでも自分の脚で立っていたいと。

彼女にその願いを託すこと、それはとても難しいことだとは思っています。決して簡単なことではないでしょう。ただ、彼女にそれを託すことが、結果としてかくありたいと願うわたしへと、彼女が導いてくれるのではないか。今はそんなふうに考えています。

そしてわたしも彼女もとても楽しいことが好きなのです。わたしは彼女には代弁者ではなく、とても仲の良い友人でいてほしい(もちろん、あなたも同じです)。悲しいことも悔しいことも、もちろん嬉しいことも、全てのできごとを養分にして彼女とともに花を咲かせたい。

ご存知ですか? 柳が白い綿毛を飛ばすことを。綿毛が軽やかにどこまでも飛んでいくように、わたしもそうありたいのです。

わたしたちは言葉とともにあります。言葉はきっとわたしたちに雨のように降り注ぎ、そして風のように流れていくでしょう。わたしと彼女が咲かせた柳の花の綿毛は、その風を捉えそして風に乗り、どこまで旅をするのでしょうか。わたしはその行く末を見てみたいのです。

わたしは彼女と一緒になおも模索しつづけるのです。わたしがこれほどまでにかくありたいと願っている、そういう人間にはどうしたらなれるかを。きっとそうなれるはずなんです。



一部、アンネ・フランクの言葉をお借りしました。






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