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守護霊、前世、占いの効用

令和6年1月16日(火)13:45。
私は横断歩道で信号が変わるのを待っていた。

その日の福岡は小春日和で、急ぎ足で横断歩道を渡る私の頬をあたたかい風が撫ぜる。ランチにカレーを食べて火照った体を包むダウンコートの中は、じんわりと汗ばんでいた。

𓏲𓇢𓂅

話は昨年まで遡る。
令和5年12月、私は田中泰延さんの「読みたいことを、書けばいい」を読んだ

そして、田中泰延さんがひろのぶと株式会社という出版社をされていることを知り、そこでコスモ・オナンさんさんというnoterさんの本を出版されていることを知った。

生や性について赤裸々に書かれているnoteと、読みやすい文体、嫌味のない文章に好感を持ち、コスモさんに興味が湧いた。そして、彼女が占い師であること、福岡在住であること、職歴などがさらに私の興味を引いた。


私は占いが好きだ。

好きだと言っても、占いに傾倒するということはない。占いがないと生きていけないということもない。

今日の占いや今週の占いが最下位でも、特に何も気にしない。一位だったら信じるけど、ラッキーアイテムは持たない。ラッキーナンバーは信じるけど、ラッキーカラーも身につけたりはしない。手相を見てもらって覇王線とモテ線があると言われれば、濃くなるようになぞったりするけど、よくわからない線の説明をされても聞いてないことが多い。

占いを信じているかと言われれば、信じているとも言えるし、信じていないとも言える。ただ、占いが好きかと聞かれれば、胸を張って好きだと言える。

私はどんな占いをされる方なのかな? とコスモさんの占いのページを確認した。

コスモさんの占いの説明ページの霊視の二文字が私の目に飛び込んできた。

霊視未体験!興味ある〜!初体験してみたい!
そんなことを考えて占ってもらいたいなぁ、と思ったのは年末のこと。昨年から今年にかけての年末年始、私は興味を持ちつつも特に何かのアクションを起こすことのない日々を送っていた。

すぐに予約をしないのは、端的に言ってめんどくさいからだ。初対面の人に会うのは緊張するし、予定が上手くあわなかったりして残念な思いをするのも悲しい。私の尻は重く、なかなか腰は上がらない。
まあ、気が向いたら予約してみようくらいの気持ちだった。
正直、そういう時の私の気が向いたらは、一生来ないことが多い。私の性格上、占ってもらう機会はこないかもなぁなんて思ったりもした。


1月11日(木)の朝、私は夢を見た。

コスモ・オナンさんに占いをしてもらっている夢だ。そこで私は気づく。めっちゃ占ってもらいたいんやん!気が向いたらじゃなくて、こりゃ予約せんといかん。

その日のうちに私は予約をしたいとLINEをした。思い立ったら即行動である。ケツは熱いうちに打て。自分で自分のSiriを叩いて思い腰を上げた。

𓏲𓂅𓂅

そして、話は冒頭の1月16日へと戻る。

私は待ち合わせのカフェにつくとメニュー表を確認。レジでマキアートを頼んだ。マキアートってなんやったっけと思いながら頼む。おしゃれなカフェに来ると緊張する。私はマキアートがなんたるかもわかっていない。それなのに、なんとなく小洒落た客を装ってみたくなり、気づけば私の口は勝手にマキアートと発声していた。

私の言い慣れない「マキアート」を聞いた店員さんがカップを見せてきた。

「マキアートはワンサイズなんですけど、こちらでよろしいですか?」

私は目を見開いた。
ちっさ。めちゃくちゃちっさい。子どものままごとのカップやんってくらいに小さい。マキアートってそーゆーやつ? ごめんて。小洒落たフリして悪かった。そう思いながら私は慌てて、いや、慌てたふりをひた隠しにして「ラ、ラテで」と、カフェラテをを頼んだ。

一旦席につき、コスモさんに到着のLINEを入れる。LINEはすぐに既読になった。店員さんに渡された私の番号が呼ばれ、私は普通の大きさのカフェラテを受け取った。店内を見渡し、すでにお店で待っていてくれたコスモさんの席まで移動し挨拶をした。

正直、めっちゃ緊張した。
初対面の方と会うのに緊張しない人がいたら尊敬する。ご尊顔を拝みたい。でも、大丈夫。そんな時は、先手必勝。私は正直に緊張してますと言えばいい。

私はなぜか「緊張してます」と言うと、緊張がほぐれるのだ。相手に緊張していることを知ってもらえると安堵するし、天邪鬼な私は言葉と裏腹に不思議と緊張しなくなったりすることを経験上知っていた。

なので私は「こういうの初めてで、緊張するんですよ〜」と汗ばんだ熱を放出するようにダウンコートを脱いだ。

コスモさんは霊視と易で占いをされるとのことだった。私は霊視に興味があったので、守護霊を見ていただきたいと伝えた。コスモさんは丁寧に守護霊のお話をして下さった。守護霊は複数いて、入れ替わったりするらしい。先祖が守護霊となると言うことで、守護霊を見ていただくと現在のメインの守護霊は母方の先祖だと言うことだった。

◎秋田の男性
◎農家で民芸品(みうらじゅんが持ってそうなやつ)をめっちゃ作ってる
◎明治頃の人

ほほう。お世話になってます。どもども。

守護霊のイラストも描いていただいた。帰って家族で見て盛り上がった。高校一年生の息子が「じゃあ俺は、新潟のおばさんがついててくれるな」とテキトーなことを言い、小学四年生の息子は「俺にも守護霊ついてるかな? 歴史の問題の答えとか教えてもらえるかな?」と言いながら、背後に向かってどうぞよろしくと挨拶をしていた。

そして、前世も見ていただいた。

◎富山出身の男性
◎江戸初期の人
◎囲碁の名人

ほええ。なるほど。ふむふむ。

これが正しいのかどうかは私に答え合わせはできない。

けれど私は、守ってくださっている方がいると言うことに感謝をして、ヒカルの碁を読みながらきりたんぽを食べることを心に誓った。

コスモさんはとても明るくてパワフルで可愛らしい方だった。

お話も面白くて、あっという間に時間は過ぎていった。守護霊を通したアドバイスなんかも色々してくださったり、易による占いもしていただいた。
どんな時に小説のアイデアが浮かんでくるかとか、行き詰まった時のアドバイスなんかもしていただいた。カルト的な話も面白くて、私はたくさん笑った。

カフェじゃなくて立ち飲み屋で酒飲みながらお話ししたら、もっとおもろいやろうな、と思った。酒飲みながらお話もできたりするんですか? と一瞬聞こうかと思ったけど、それじゃただのナンパだなと、出かかった言葉をカフェラテと一緒に飲み込んだ。

守護霊の方によると、お仕事小説とかBLとかがいいんじゃない? という話があったらしいので、囲碁を打ちながらお仕事をする着物男子たちの絡みがある小説もいいかもと思った。なんなんその小説、と思ったけど、なんか三月のライオンっぽくて、意外に好みのものが書けそうな気もする。


私は人からのアドバイスを聞くのが正直難しかったりもする。努力して傾聴しないと、反抗期な私がむくむくと出てきたりするのだ。アドバイスをくださる方が身近であればあるほど、その傾向は強くなる。しかし、占いだったりおみくじに書いてあることだと、私の場合、案外素直に受け入れられるから不思議だ。

不思議ではあるが、当然のことのような気もする。占いやおみくじというのは、私の事情を知らない状況でのアドバイスだからだと思う。

私は事情を知っている人からのアドバイスの場合、どうしても自分の努力や苦労を説明したくなる。わかって欲しいし、わかってくれるよね? と。それを踏まえた上でアドバイスをしてほしいと思ったりする。自分の欲しい答えを言って欲しいだけのような気もしている。そのため、自分の予想に反した回答が返ってくると、「だけどね」と反抗的な言葉が口をついて出そうになったりする。「頑張れ」と言われると「頑張ってないとでも? 頑張ってますけど」と言いたい気持ちが湧いてくる。

でも、占いなどで言われたことだと「やってみようかな」とか「そうだよね」と素直に聞き入れることができたりする。占いで自分に当てはまることを言われると、なおさら耳に入る。それは占いが正しいような気になったりするからかもしれない。なんとなく信用してしまったりするのだろうか。

バーナム効果とは、多くの人に当てはまることを言われているにもかかわらず「これは自分のことを指しているのだ」と感じてしまう心理的効果のことです。

例えば、占い師に「あなたは今悩んでいることがありますね」と言われると、多くの人は「この占い師は私の気持ちをわかってくれた!」と感じます。しかし、占い師のもとを訪れるということは、何らかの悩みがある場合がほとんどでしょうし、世の中には全く悩みがない人のほうが少数派です。このように、誰にでも当てはまる内容にも関わらず「自分のことを言い当てた!」と思い、相手に好感を持ったり信頼を寄せたりする心の動きをバーナム効果といいます。

Sprocket

バーナム効果の一種かもしれない。
でも私は、占いへの信用がバーナム効果によるものでもいいと思っている。

とはいえ、それ利用して、あえてネガティブなことを言ってくる占い師であったり、何か良からぬものを買わせようとするような悪徳商法的な占いはよくないと思うけど。

けれど、コスモさん然りだが、私がこれまで体験してきた占いはそう言う類の占いではなかった。

悩みや私の課題に対して、アドバイスをしてくださったりすることがほとんどだったように思う。

私が初めてちゃんとした占いを受けたのは、もう何年も前のことだ。子育てに仕事にと悩んでいる時期だった。なかなか人に吐露できない胸の内を第三者の方に聞いていただき、勝手に涙がほろりとこぼれ落ちた。大丈夫と言っていただけて、勇気づけられたのを覚えている。

私は占いには相談者の背中を押してもらえるものであって欲しいと願っている。

守護霊にもいて欲しいし、輪廻転生にもロマンがある。今まで興味がなかった番号がラッキーナンバーと言われるだけで、なんだかすごくいい数字に思えたりもする。カレーをこぼしてシミにするのが嫌で黒ばかり着ていたけど、黒がラッキーカラーだと言われると勝手に運命を感じたりする。占いには、誰かの可能性を広げる存在でいてほしい。


そんなことを考えながら、なんだか背中がほわっとあたたかくなったような気持ちで、ガシガシと汗ばみながら自転車を漕いで帰った。なんだかエネルギーをもらったような、いい気分だった。

家に着くと、いつもより早めに家に帰ってきた私に、夫が「今日、早いね」と声をかけた。
「ああ、占いに行ってきた」と答えると、夫はなんでそんなのに金を使ってるんだと言わんばかりの態度を示してきた。けれども、なんだかんだオカルト好きな夫は、私が色々と今日の出来事を話すと守護霊や前世の話を楽しんでくれた。

忘れないうちに今日のことを記事に書こうと私が食器も洗わずにタブレットに向かっていると、キッチンからかちゃかちゃと音がした。

なんの音だろうとキッチンに向かうと、夫が食器を洗っている最中だった。

こんなことは結婚して18年にもなるが初めてのことだ。頼めばやってくれないこともないが、それだって一年に一度あるかないかだ。

「えー! 何事?!」
と私は驚きながら食器を洗う夫に声をかけた。
「ポッキーのお皿を洗うついでに洗いよるだけ」
と、ぶっきらぼうな返事があった。

彼は毎日、愛犬ポッキーのお皿を洗っている。
しかし、これまで他の食器を洗ったことなどない。


私は思った。風向きが変わったと。
明日もきっと、私の背後からいい風が背中を押してくれるに違いない。


秋田のご先祖さま、ありがとうございます。








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