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論文投稿敗戦記

香港からこんにちは、代表の荒木です。前回の記事で香港大学へ転職した話をしましたが、移籍してから8月に高等教育分野のジャーナル、先月には比較社会学分野のジャーナルに論文が掲載されました。このように書くと、何だかいきなり自慢しているようですし、SNSなどで論文情報をシェアすると、まるで順風満帆のように見えてしまうようですが、必ずしもそんなことはない(論文がリジェクトされて辛い思いをすることの方が圧倒的に多い・・・)、ということを今回はご紹介しようと思います。ちなみに他の敗戦記シリーズ!?は、こちらそちらあちらの畠山の記事をご覧ください。
 
学術論文のレビュープロセスについては、以前の記事で触れましたので割愛しますが、基本的には①論文を書く、②論文を載せたいジャーナル(学術雑誌)に投稿する、③ジャーナルの編集チームがチェックする(デスクレビュー)、④(デスクレビューに通れば)複数名の専門家が審査する(レビュー)、⑤レビュー結果を踏まえて編集チームが次のアクションを決定する(論文をそのまま採択する、書き直しを求める、掲載拒否=リジェクトする)、といった流れで、書き直しを求められた場合(専門用語でR&R=revise and resubmitといいます)、③/④から⑤を再び経ることになります。
 
冒頭でご紹介した拙稿のうち、例えば高等教育分野のトップジャーナル『Higher Education』に掲載された方は、ここへ辿りつく前に6回、別のジャーナルにチャレンジしていました。最初に投稿したのは、社会学分野で非常に権威のあるジャーナル(具体名は一応伏せておきます)。もともと、新しい社会類型論を展開したくて書いていた論文で、理論的にも実証的にも、何となく面白いことが言えていそうな気がしつつ、同時に何だかしっくりこない気もしていたのですが、具体的にどう改善すれば良いかアイデアが浮かばなかったこともあり、ダメ元で挑戦してみることに。

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案の定、結果はリジェクト。。。ダメ元とはいいつつ、やはりリジェクトの知らせを受け取るのは、あまり精神衛生上良いものではありません(中には、非常に辛辣なレビューをしてくる専門家もいるので・・・)。ただ、レビューコメントの中にとても参考になる指摘もあったため、それを踏まえて論文を書き直し、次は社会学と教育学の両分野で非常に影響力のあるジャーナル(と書くと、具体名が分かる方もいそうですね)へ投稿しました。前回に比べて、論文の質が高くなっていることを実感していたため少し期待していましたが、結果は再びリジェクト・・・。
 
やはりガックリきましたが、再び面白いレビューコメントがあったため、是々非々で反映させて次は再び社会学分野のトップジャーナルへ(第一弾とは別のジャーナルです)。最初のモヤモヤしていた論文と比べると、我ながらレベルの違う作品になっている気がしていましたが、またしてもリジェクト・・・。立て続けにリジェクトされると、当初自分では非常に面白いと思っていた論文でも、あまり大した内容ではないのではないかと思い始めてしまうこともありますが、ここで幸いだったのは、結果はリジェクトにもかかわらず、レビューをしてくれた専門家も編集チームも、論文を非常に高く評価してくれ、「この研究を絶対に続けるべき」とまで言ってくれたこと。だったらリジェクトするなよ・・・と当然ながら思いましたが、「一つの論文にあまりに詰め込み過ぎ=複数の論文に切り分けて仕上げるべき」という指摘を見て妙に納得。
 
具体的には、もともとこの論文では3つのテーマを盛り込んでいました。①教育やスキルが世代を超えてどのように普及していて、そのパターンに応じて各社会をどのように類型化できるか、②この類型に応じて、教育やスキルの獲得を巡ってどのような社会階層・格差が発現しているか、③この類型に応じて、教育やスキルの経済的価値がどのように変動するか。今から考えると、確かにどう見ても一つの論文で扱うにはテーマが広すぎるのですが、論文を書いている最中は盲目的になってしまいがち。実際、上記のようなありがたい指摘をレビューでもらっていたにもかかわらず、「この研究を絶対に続けるべき」という肯定的なコメントに引きずられて、論文を切り分ける努力をせずに今度は教育学分野で非常に権威のある別ジャーナルへ投稿。
 
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その結果、今度はなんと専門家のレビューにすら回されず、編集チームの初期スクリーニングでリジェクト(いわゆるデスクリジェクト)されてしまうという災難に・・・。そこで今度は、上記3テーマのうち2テーマだけを残して社会学と経済学の両分野で影響力の大きいジャーナルに挑戦。詳細は割愛しますが、再び肯定的な評価とともに「詰め込み過ぎ」という指摘があり、結果はリジェクト。

さすがに反省した私は、遅まきながら一つ目のテーマに絞って論文を精緻化する決意をしました(よく考えればこの方針は、もともと構想していた1つの論文をベースとすることで、上手くいけば3本の論文が世に出ることになるため、私の業績上も悪くないのですが、なぜかこの段階まで渋っている自分がいました)。そうして、教育・スキル普及のパターンを描き、上記②と③のテーマは「今後の発展可能性」として整理した論文ができあがったわけですが、最初に投稿したのはHigher Educationではなく、比較教育学分野のジャーナル。私が取り組んでいる他の研究テーマに比べて、今回の論文は比較教育学的な要素が相対的に強く、且つこのジャーナルは学生の頃から「比較教育・国際教育・教育開発を専門とするなら目を通すべき」と教わっていたこともあり、どのようなレビュープロセスになるのか見てみたいという気持ちもあって、投稿することに。

が、ここで問題発生。論文を投稿すると、多くのジャーナルではステータス(論文提出確認、デスクレビュー中、査読者の選定中、査読中、最終合議中など)がわかるようになっています。そのシステム自体はこの比較教育学のジャーナルでも同じなのですが、そのステータスが一向に進まない。査読に時間がかかるのはまだしも、デスクレビューにすらならず、「論文提出確認」のままでステータスが固まっていました。編集チームに状況を問い合わせても返事がなかなかこず、2ヶ月ほど経ったところで(ステータスは相変わらず「論文提出確認」のまま)、生まれて初めて自ら論文を取り下げてしまいました。そのまま放置しても良さそうなものですが、どこかのジャーナルに論文を投稿している場合、同じ論文を他のジャーナルに投稿するのは研究倫理違反とみなされる(ことが多い)ため、他のジャーナルに投稿し直したい時には、論文取り下げ(withdraw)する必要があったのです。(後日、このジャーナルの編集担当の方から、非常に丁寧なお詫びメールと、Higher Educationに掲載されたことへのお祝いメールを頂戴しました)

論文取り下げ後、改めて今回の論文が一番フィットしそうなジャーナルはどこかを真剣に考えて選んだのがHigher Education。こちらは、論文投稿からのプロセスがとてもスムーズで、R&Rを経て採択されるまで5か月強でした。結果的に、手前味噌ながら非常に面白い作品になったのではないかな、と自負しているところです。

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ということで、今回は論文投稿敗戦記の一部をご紹介してきました。少し触れたように、リジェクトはあまり嬉しい経験ではありませんが、そのような状況に出くわした場合、個人的には以下のように対応している気がします。
 
①まずは割り切る(上手くいく時もあればいかない時もある)。中には、とても攻撃的で否定的なレビューをしてくる人もいますが、それも全てその人なりに研究に熱心だから仕方ない、というかありがたい、と整理する(そんなに簡単ではないですが・・・)。いずれにせよ、リジェクト経験は、自分のレジリエンスを高める契機と捉えることにしています。

②レビューコメントは玉石混交なので、「玉」のようなコメントがあれば素直に受け入れて論文を改善する一方で、納得できないコメントがあれば「石」だと思って気にし過ぎない。(実際、レビューコメントを全て拾って論文に反映させようとすると、滅茶苦茶になることも・・・)

③リジェクトしたジャーナルが「しまった、あの時にこの論文を採択しておけば良かった」と悔しがるくらい良い論文に仕上げてヒットさせてやる!と自らを鼓舞する。
 
ネパールの教育に直接関わりのある論文はまだ書けていませんが、サポーターの皆さんや他の理事とも協働しながら、これからもっと現地に貢献できる研究を展開していきたいと考えています。
 
サルタック代表理事 荒木啓史
 
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