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大学教員@香港のつぶやき:長かった論文公表までの道のり

香港からこんにちは、代表の荒木です。先日、私とオックスフォード大学・苅谷剛彦教授との共著論文がEuropean Sociological Review(ESR)という学術雑誌から公表されました。ESRは、社会学分野(特に計量社会学)のトップジャーナルの一つで、今回の共著論文では教育の経済的価値が、社会全体の教育機会拡大に応じてどのように変動するか、という点を検証しました。

この論文の構想は、まだ私が博士課程@オックスフォードの学生だった時に、苅谷教授と議論をしながら生まれたもので、執筆開始から4年ほど経っていることもあり、ようやくジャーナルに掲載されて嬉しく感じているところです(その過程では、京都大学のJeremy Rappleye氏からとても有益なコメントをもらいました)。論文発表後、私の所属大学からは3言語(英語広東語標準中国語)でプレスリリースが出され、各国のメディア(YahooNew Delhi TimesAsia Research News等)にも取り上げてもらえました。

ただしこの間、もちろん全てがスムーズに進んだわけではありません。論文のコンセプトや分析手法は何度も練り直しましたし、他のトップジャーナルに投稿してリジェクト(掲載拒否)される経験もしてきました。さらに、ESRに論文を投稿してからも、今回の論文公表まで非常に長い時間がかかりました。論文が掲載されているESRのウェブページを見てみると、論文タイトルと著者名のすぐ下あたりに「Article history」というタブがあり、これをクリックすると論文が最初に投稿されたのはいつか(Received)、最終稿がいつ提出されたか(Revision received)、最終的に受理されたのはいつか(Accepted)、そして公表されたのはいつか(Published)といった情報が分かるようになっています。

実際、今回の論文を各方面に案内したところ、同僚の一人から「Receivedの日にちが2020年8月12日でAcceptedが2022年1月6日って、時間かかり過ぎじゃね!?」とのコメントがありました・・・。思い返すと、この論文投稿日=2020年8月12日は、私が香港に移動してから間もない頃で、まだ指定ホテルで強制隔離生活を送っている時でした。それから1年半が経ってようやく公表される運びとなったわけですが、一体この期間に何があったのか、そのプロセスを今回の記事では少し紹介したいと思います。

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ステップ1:論文投稿
ESRに限らず、国際ジャーナルは基本的に、オンライン且つローリングベースで論文を受け付けています。つまり、著者はいつでも自分の好きなタイミングで、お目当てのジャーナルの論文投稿サイトを使って、自分の論文を電子ファイルで提出することができます(特集などが組まれる際には、少し勝手が変わることもあります)。論文が投稿されると、ジャーナルの編集チームが諸々チェックし、例えば論文の体裁がジャーナルの規定に合っていなかったりすると、修正指示が著者のところに届きます。

これらの事務的なチェックが終了すると、ジャーナルの担当編集者=研究者が論文の内容をチェックし、あまりにレベルが低かったり論文テーマが当該ジャーナルの領域とかけ離れていたりすると、その時点で掲載拒否(デスク・リジェクト)という判断が下されます。もう少し正確には、Associate Editorと呼ばれる人がこのチェックをしてデスク・リジェクトを提案し、最終的にEditor/Editor-in-Chief(いわゆる編集長)が判断を下す、といったプロセスを辿るジャーナルが多い印象です。

この一次内部審査のようなプロセスをクリアすると、複数の研究者(2~3人がスタンダード)に論文が共有され、当該研究者が査読を行います(いわゆるピア・レビュー)。その際、基本的に査読者は誰が論文の著者か分からず、著者は誰が査読者か分からないような仕組み(ダブル・ブラインド)がとられます(著者については、査読者に開示されるケースもあります)。

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ステップ2:ピア・レビュー
論文のレベルが一定以上で、ジャーナルの領域と合致している場合、すぐにピア・レビューが始まるかというと、必ずしもそのようなことはありません。編集チームにおけるチェックに時間がかかることもありますし、査読をしてくれる研究者(査読者)がすぐに確定しないことも多い・・・。というのも、編集チームが論文を精査し、査読者候補(多くの場合、論文テーマや手法に詳しい研究者)をピックアップしてレビューを依頼したとしても、その査読候補者が忙しくて対応できない、著者の知り合いで利益相反の恐れがあるので辞退せざるを得ない、といったことが頻繁に起こるからです。実際、私も複数のジャーナルから頻繁に査読依頼が届きますが、常に受諾するわけではなく、業務が重なってしまっている時や論文のテーマ・手法が自分の専門からかけ離れていると判断した時などは、お断りしています(時おり、「著者は絶対この人でしょ」という論文が届くことも)。

ここで少し厄介なのは、レビューを依頼された査読候補者が、最終的には依頼を断るにもかかわらずなかなか返答しないケース。この場合、ジャーナル側としては次の候補者に依頼するという判断・行動がとりづらいため、レビュー依頼を出してから断られるまでに数週間を要してしまうことになります。また、査読候補者がすぐに依頼拒否の返答をした場合でも、今度はジャーナル側が次の候補者選びに取りかからず、そこで再び長い時間が経過してしまうこともよく聞く話です。

多くのジャーナルでは、論文投稿専用サイトで一連のプロセスを追跡できるようにしており、査読者が決まってレビューが始まると、例えば「Awaiting Review Scores」などのサインが表示されます(実際の表記はジャーナルによって異なりますし、著者がプロセスを追跡できないようにブロックしてしまうジャーナルもあります)。今回のESR共著論文の場合は、なかなかこのステージに入らず、数か月が経過・・・。ただし、ようやくピア・レビューが始まると、査読者は素早く対応してくれた模様で、1-2ヶ月程度でレビュー結果が揃ったようでした。

この後に待っているのは、先ほど触れた担当編集者(Associate Editor=研究者)による評価(査読者のレビュー結果と当該編集者自身のレビュー結果に基づいて、論文を受理するか、修正&再提出を指示するか、掲載拒否するか判断される)で、それを踏まえて編集長が最終的な結果を確定させることになります(繰り返しになりますが、ジャーナルによって実際の運用は異なります)。

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ステップ3:編集チームの評価
上述のように査読者によるレビューが揃うと、担当編集者による評価が行われるわけですが、スムーズな場合だとレビュー結果が揃った直後に担当編集者による評価も終了し、その後の編集長による結果の確定もすぐに為されることがあります。この場合、往々にして結果は掲載拒否(リジェクト)・・・。というのも、査読者全員(or過半数)が低評価を下し、担当編集者も低評価だった場合、あまり迷いが生じないからです。他方、査読者の評価がバラついていたり、査読者と担当編集者の評価が食い違っていたりすると、ここで再び時間が・・・。また、査読者と担当編集者が高評価で修正&再提出(R&Rといいます)を著者に求めたいと一致している場合でも、ジャーナルによっては担当編集者が具体的にR&Rの内容を指定しなければならず、その具体化に時間がかかってしまう、ということもあります。

今回のESR共著論文の場合は、査読者も担当編集者もポジティブだったものの、担当編集者がR&Rの内容を整理するのに時間を要したようで、査読者によるレビューが終了してから担当編集者が評価結果を決めるまでに、2ヶ月ほどかかりました。結果的に、2020年8月に論文を投稿してから約7か月が経った2021年3月、ようやく最初の査読結果が届き、修正&再提出(R&R)の運びとなりました。

ステップ4:修正&再提出(R&R)
「R&R」は「Revise & Resubmit」の略で、この査読結果を受け取ると、著者は担当編集者及び査読者からのコメントを踏まえて、論文を修正して再提出することになります。修正の内容やボリュームは様々なので一概には言えませんが、ESR共著論文の場合は数点ほど「必ず対応するように」という指示があり、それに従って論文を加筆修正するのに加えて、査読者のコメント一つ一つに対してどのように対応したか/していないか、対応していない場合にはその理由は何か、といった点を整理した「修正メモ」を作成・提出しました。

詳細は割愛しますが、今回の私たちの論文では理論的・実証的に少し大掛かりな修正を施し、冒頭でご紹介したJeremyからのアドバイスなども踏まえて修正稿を整え、2021年4月にESRへ再提出しました。

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ステップ5:ピア・レビュー&編集チームの評価(第2弾)
再提出した論文は、再び「ステップ2」でレビューをしてくれた査読者のもとに届けられ、最初のレビューで指摘した事項が適切に反映されているか、別途新たな問題点はないか、といった点が検証されます。ジャーナルや担当編集者によっては、最初の査読者全員ではなく1-2人だけに再依頼をしたり、これまでとは別の研究者を新たに査読者として招待したりすることもあります(実際、私が2020年に発表した別の論文では、R&R後に新たな査読者が加わり、担当編集者や編集長とは別に最終的に5人の研究者がレビューをしてくれました)。

今回、再提出論文のピア・レビューは迅速で、6月には査読者のレビュー結果が揃ったようでした。この後は、「ステップ3」と同様に担当編集者が評価をまとめて編集長が承認するプロセスに入りますが、担当編集者が再び長考モードに入ったようで更に3か月が経過し、R&Rに対する査読結果が届いたのは2021年9月。この時点で最初の投稿(2020年8月)から1年以上経ってしまっていたため、この段階で論文が受理されることを切に願っていましたが、結果はさらなる修正&再提出(R&R)。。。

ステップ6:修正&再提出(R&R)(第2弾)
最初のR&Rで査読者からのコメントには一通り対応していたつもりでしたが、「ステップ5」でこれまでとは違う視点での指摘が入ってしまい、再修正をすることに。正直なところ、納得できないコメントもあったため、担当編集者に直接メールを送ってコミュニケーションをとりました。その結果、対応すべきことがクリアになり、またこれまでのプロセスで、ESRのレビューは非常に時間がかかってしまうことを身に染みて感じていたため、1日で必要な作業をして修正&再提出したのが2021年9月末。

ステップ7:ピア・レビュー&編集チームの評価(第3弾)
再々提出の論文は、再びピア・レビューへと回されました。査読者の評価は12月上旬には揃ったようだったため、年内で結果が出ることを期待していましたが、クリスマス休暇はしっかりと休むのが欧州勢の良いところ・・・。ということで、年を越すまで音沙汰ありませんでした。

が、2022年を迎えて私の誕生日まであと数日に迫った1月6日、ESRから「ステップ6」で提出したバージョンで受理(Accept)するとの連絡が入りました。そのため、「Article history」で示されている「Revision received」は2021年9月22日、「Accepted」は2022年1月6日となっています。これまで私が他のジャーナルで論文を発表した際には、R&RとAcceptの間に「Conditional Acceptance」(細かな修正をすればピア・レビューに回さず編集チームだけでチェックして受理する)というステップが入ることが多かったため今回もそれを予期していましたが、幸運にもストレートで受理される運びとなりました。

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ステップ8:編集&掲載
ESRのようなトップジャーナルでは、論文がAcceptされた後にもしっかりと編集作業が入ります。専門スタッフが、誤字脱字や文法などのネガティブチェックをするだけでなく、より読みやすい文章にするため、場合によっては文章表現や使用単語の修正提案などをしてくれます(先ほど紹介した2020年発表の論文では、アメリカ社会学会が威信をかけて発行しているジャーナルということもあり、この最終編集プロセスで専門スタッフが素晴らしい仕事をしてくださり、論文の質が高まったのはもちろん、個人的にも大きな学びがありました)。今回の共著論文では、ESRを発行しているオックスフォード大学出版局(Oxford University Press: OUP)の編集方針か、単語によっては英国綴り、他の単語では米国綴り、という不思議なルールがあるようで、そのあたりの修正がいくつか入りました。

こうして最終チェック用のゲラがESR/OUPから上がってきたのが2月1日、それを同日中にチェックして確定し、それから約1週間後の2月7日にESRのウェブページで論文が公開されることとなりました。ちなみに、これは論文掲載のプロセスとして最終段階ではありません。というのも、現在公開されているのはあくまでオンライン上だけで、まだ紙媒体に印刷されていないからです。同様に、オンライン上で先行して公開されている論文は少なからずあり、これらが紙媒体へと順次反映されていく(巻号・ページ数が最終的に付与される)ことになります。私たちの論文が、紙媒体でどの巻号に掲載されることになるのか分かりませんが、その日が来るのはまだしばらく先になりそうです。

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以上、ESRでのレビュープロセスを振り返ってみました。私のようにまだまだ駆け出しの研究者にとって、論文業績がキャリア構築の最重要課題となるため、今回のような長期戦はなかなか苦しいところですが、お陰で非常に学び多いプロセスでもありました。次回以降の記事では、また別のジャーナル体験談などもご紹介したいと思います。

サルタック代表理事 荒木啓史

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