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足を洗い源氏名を捨てる女へ、ささやかな記念で贈った花苗の小鉢に、思いもしない花が咲いた。…
道端で似顔絵を売る男がいた。声をかけられて、予定まで時間を持て余していたから描いてもらっ…
干していたシャツが失くなった。風で飛ばされたのかと思った。 明くる日、同じものを着たひと…
なぜか、目覚ましの前に起き、いつもより一本早い電車で登校した。寝癖はなかった。その朝は、…
小さな花束が流されているのを、河川敷から見た。見つけたそのとき、束ねていた帯がひらと解け…
かつて、淡い紫色の小さな花がぽつんと咲いているのを見た故郷の砂利道が、アスファルトになっている。花の跡形もなく、記憶に鮮明に残るあの美しい生命は、果たして本当にここにあったものかあやしくなりはじめる。どこに咲いた花だったか、もう思い出せない。 知人から聞いた話で、あるペットショップに一羽のオウムが売られていて、ケースの貼り紙には「きたない言葉を覚えさせた場合は買取になります」という注意書きがあったらしい。
朝のニュース、鼠色のマンションから警察に連行される男を見た。切断された少年の死体が二つ発…
別れると決まってからも、三か月ともに暮らす。とはいえ週に一度ほど彼は荷物を取りに帰るだけ…
雪が降った。路上が濡れた。証明写真の撮影ボックスに人がいた。カーテンが閉まっているから姿…
夕飯の支度をしていると電話があった。友人からだった。事故で病院に運ばれ、このまま入院にな…
献血バスに入っていく女の細い背を見送り、カフェのテラス席でビールを飲み帰りを待った。献血…
無言電話がかかってくる。非通知の時もあれば、前とは違う番号を使っていたりもする。同じ人の…
ひとは私と姉の見分けがつかない。姉といっても一卵性双生児で、母とはろくに話をしたことがないから、四歳の冬にじゃんけんをして負けたほうを姉と決めた。いつか二人で母の部屋の引き出しを漁ったことがある。奥に木箱があり、臍の緒が入っていた。微妙に形の違う、白っぽい二つの肉片。どちらが自分のものか私たちはわからなかった。十四歳の春に一人の男を愛した。三人で暮らし始めた。臍の緒の話を、男は夜の深まる境によく聞きたがった。私は男のそういう心情を嫌った。姉は好いているようだった。