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風で飛ばされた


干していたシャツが失くなった。風で飛ばされたのかと思った。
明くる日、同じものを着たひとが、信号を待つ横断歩道の向こう側に立っているのを見た。私のものを拾ったのだろうか。それとも偶然に同じものを買ったのか。そういえば私もどこで買ったか覚えていない。いつか拾ったのかもしれない。
そのひとは歩道に乗り上げたバスに轢かれて亡くなったのだった。バスの車体には、葬儀業者の樹木葬の広告があった。テレビで見たことがあった。樹木の周りに骨を撒くらしい。昔から墓なんていらないと言う母に教えてあげたいと思ったが、そういえばまだ話していない。ひとつの樹の、散り敷く花びらのもと、墓はなく、名も知らぬひとたちと眠る母なら、私は初めて愛せるかもしれない。
トマトを切る時に、指を少し切った。前に買った絆創膏を探して貼り、一人暮らしのこの家には薬箱がないと思った。トマトスープは、煮足りなかったのか酸っぱすぎる気がした。作り直さなかった。


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