見出し画像

花苗


足を洗い源氏名を捨てる女へ、ささやかな記念で贈った花苗の小鉢に、思いもしない花が咲いた。彼女の本名と同じ名の花が咲くはずだった。ふた月かかって、違う花が咲いた。
買う時に間違えたのか、違う苗が誤って植えられていたのか知る由はない。おさまっていた彼女の自傷が再発した。こんなことなら貰いたくなかった、と言った。
毎朝、隣の部屋から水の流れる音がする。洗い物をしているらしかった。花を、買った日にも、彼女の家から持ち帰った日にも、顔も知らぬ隣人の皿を洗う音を聞いた。
名の知れない花は、捨てるのも勿体ない気がしてとりあえず玄関に置いた。目に留めないから、枯れてもしばらく気づかずにいた。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?